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shinnjiteru77 77.
命あるものがせっせと冬支度に励む最中、俺達は結婚式を迎えた。
永遠の愛を公約し、牧野つくしを生涯の伴侶にする。
まずは、天気は快晴、秋晴れだ。
淡い青空に浮かぶいくつもの鰯雲を見上げ、あの頃を回想してみる。
学園を牛耳る飛ぶ鳥も落とす勢いの司を、当時、俺達さえも見て見ぬ振りしていたというのに、その司の顔に、しかも、学園内でキックを入れたブッ飛び女、牧野つくしとの出会いから。
それはかなり衝撃的で、ぬるい学園生活には格好の話題だった。
女を感じさせない言動を遠慮なくからかっていたのに、その女とこうした日を迎えるとは、人生わからないものだ。
喜怒哀楽、どれをとっても太いスジが透けて見えた、どんな逆境においても私利私欲を持ち合わせない者のような選択を見せ、驚かせる。
縁故も金もない高校生のくせ、頼もしい生き方していたやつ・・・羨ましく眺めていた。
あんなに細い身体してるくせに、折れそうで折れないのが不思議でハラハラさせられて、いつの間にか守ってやりたい存在になった。
見慣れた秋の雲でさえ、今日は最高に個性的な一筆書きに見えてくる。
緑色から焦げ茶色へ変移する広葉樹木一帯、既に一枚の葉も残さない樹も見え、頬に当たる乾燥した風が秋気(しゅうき)を振りまき、“秋めいた気分”を誘う。
実りの秋。
西門家に縁ある神社で、日本古来から伝わるやり方で神前結婚式を行う。俺は着付け専任の手によって平安貴族か?というような束帯を身につけ、最後の仕上げの冠を載せてもらうため、ほんの少し身体を屈めた。
ふと、視界に周が見える。
「おう、来てたのか?」
「ちょうど今ね・・・けど、さすがの総兄も束帯姿は初めてだろうし、窮屈でしょ?大丈夫なの?」
「まあな・・・周、今回は色々手数かけて悪かったな。」
軽く首を左右に振る我が弟に、今日はある計画の仕込みを頼んだ。
「後ろの裾は短くしてもらって、帯も簡略だし、平気だろ。
心配なのは、あいつの方だ。」
「ククッ、牧野さん、今頃、逃げ出したくなってるんじゃない?」
「根性だけは人一倍だからなっ、やると言った以上、意地でも脱がないって・・・ッフ。」
「総兄・・・あのさ、牧野さんのこと泣かせたら、マジでもう知らないからね。」
「おう、わかってる・・・周、お前にも誓っとくわ。心配するな。」
安心したような笑顔を見せる周三朗。
こいつには、家元という重責まで背負い込ませた引け目もある。
茶道家元継承者として、決意の前に払わなければならなかった犠牲、研究の断念、また、つくしへの真剣な恋心を知ってるが故、俺は真摯にならざるえない。
人懐っこい笑顔を残し、立ち去る後姿に俺からもエールを送りたい。親族控え室へ行くと、西門側の親族と牧野側の親族、それに旧友達の顔ぶれが揃っていて、パっと全員の視線が集まった。
「うわ~、ニッシー、似合ってるよ!似合ってる!ほら、あの几帳の前で昼寝したら、平安貴族になれるよ。」
――― 昼寝かよ?
「ホントですね、源氏物語に出てきそう・・・稀代な色男、光源氏の君って感じですね。」
まあ、自分でも良く似合うとは思ってる。
つくしにも、俺を見て惚れ直すから覚悟しておくように冗談半分言ってある。
「総二郎、お札に出てきそう・・・・牧野が喜ぶんじゃない?縁起がいいって。」
「類、それは一昔前の一万円札だろ?今はな、諭吉さんだろ。」
――― そりゃないだろ、聖徳太子の親父かよ?
「うんうんうん・・・類くん、いいとこ付くね。ついでに、付け髭してみてよ?」
「アホか、コスプレじゃないっつうの。」
「総二郎がその格好ということは、牧野もそういうやつ、着るんだろ?
いきなりガチガチに格式ばって、窮屈なんじゃねえのか?」
牧野に関して、いまだに過保護な思いやりを見せる元カレの司に、とりあえず笑みをくっつけ、受け答える。
「まあ、確かに古い婚礼儀式は西門に伝わるやり方ではあるけども、最後はつくしが決めたから。
親父のいう事聞かず、普通の教会式でも、好きなようにしていいって言ったんだぜ。
跡継ぐわけでもねえし。」
「フンッ・・・まあ、そう言うだろうな、あいつなら。」そこへ、案内の召集が来たので、ノロノロ廊下に進み出て待機してると、ふいに曲がり角から現れたつくし。
その姿に一同、いっせいに息を飲む。
午前の緩い日差しを受けながら、いわゆる十二単衣を身に纏い、シャナリシャナリと介添えされつつ歩いてくる。
神社の社殿をバックに廻廊を亀のようにゆっくり歩く様子は、遥か悠久の姫君の再来か、楚々とした風情から、美しい藤壺中宮(=光源氏が憧れ続けた想い人)もこんな風だったのか?と思わせる気品さえ香り立つ。
衣装マジックなのだろうが、文句のつけよう無いほど様になっていて、もともと華奢で色白なつくしはいいモデルだった。
「おお~、あれだ・・・雛人形みたいだな。」
「司、それを言うなら、女雛でしょ。」
「おう・・・どっちでも同じだろ。」
「つくし、綺麗~。」
「ホント、お人形さんみたい~。」
親族達からも溜息がもれる。
ようやく1メートル先まで近づいた所で、介添人から止まるように声をかけられ、つくしはようやくホッとしたように顔を上げた。
視線が交差するやいなや、柳・練・桃・萌葱・・・・美しい十二色の袷に包まれたつくしに目を見張る。
淡い陽光が当たり、絵本のかぐや姫のように、自ら光を放ち輝いている。
俺は胸に小鞠をぶつけられた様な衝撃を受けながら、どうにか声を絞り出した。
「・・・!・・・つくし・・驚いた。綺麗だ。」
「///・・・ありがと。」
あわせ部分が開いて、縦に目立っていたのは浅葱色の若々しい青(=緑)の布。
一番上の羽織は、炎のような紅蓮(ぐれん)の着物で鳳凰の柄。
漆黒に光る黒髪は鬘(かつら)だろうが、実につくしに似合っており、その艶かしい映り栄えに、冷や水をぶっ掛けられたように心臓がドキリと音と立てた。
俺を見つめる眼(まなこ)は、白目部分が空に浮かぶ水晶のごとく、青白く透けるように清らかで、大きく見開かれた瞳は、まさに蒼黒(そうこく)色を帯びたガラス玉のよう・・・。
美しい物を眺め鑑賞したいと思うのは、本能であり無意識の衝動で、時間が止まったかのように立ちすくみ、我を忘れ見入っていた。
清浄な気配を破るのは、女達の嬌声で、俺を押しのける勢いでつくしに近づき声をかけるT3達、プラス、つくしの母親。
浮き足立ち、カメラを手にする気持ちもわかるが、厳粛な儀式直前だぞと我に返る。
すると、介添え人が慣れた風にお辞儀しながら、先をせかすように声をかけてきた。
「新婦様がお疲れになりませんよう、進めさせていただきます。」式次第の通り、進められる婚礼の儀。
雅楽の調べが厳かに始まると、斎主によって身を清められ、朗々と読み上げられる俺達のバックボーンに先祖との繋がりを想い、結びの縁に感じるものがあった。
誓詞、いわゆる、誓いの言葉を読み上げた後、御神酒を交わすが、つくしは三度とも最小限の動きで、ゆっくりと口に運んだ。
箸より重いものを持ったこと無い深窓のご令嬢のようにも見える。
衣装が重いのだろう。
20kgもの不慣れな衣装を着るのは重労働、指輪の交換も手助けをしてはめてやった。
顔を一度上げたきり、後はずっと俯き気味のつくし。
鬘が重いのか?まさか、もうバテ気味なのか?・・・最後までもつか?
心配で顔を覗きこむと、あいつの瞳は潤んでいて、頬は薄ピンク色に上気している、その上、おっとりした仕草はこれまた可愛くて・・・喉が鳴る。
おいしそうなのをぶら下げられると、いつものように顎を持ち上げ、その瞳を思い切り独占したい衝動に駆られるだろ。
だが、それをグッとこらえ身を切られるように手を離した。
これから、たっぷり時間があるわけだし、急ぐこともない。
能舞の祝言が披露され、緊張が解け、祝いムードにかわる頃、無事に儀式が終了した。それから、写真撮影のために移動した先は、廊下が広く庭園にせり出した板敷き10畳くらいの縁で、まずは夕焼け色に美しく染まる紅葉が目に飛び込む。
花を落とした椿、その下には灯篭と大きな庭石が二つ並んで、そこから先は、精霊が住んでいそうな鎮守の森が始まっており、薄暗くぼやけた静寂の音が聞こえてきそうだ。
その景色をバックに、俺達二人は見つめあったり、手を取り合ったり、いくつかのポーズをさっさとこなしていく。
手際の良いスタッフのお陰で、スピーディに進められる撮影。
すると、何か特別なツアーだろうか、作務衣を着た神社関係者に説明を受けながら庭園を横切ろうとする外国人グループが現れた。
「Oh, my god, how beautiful ・・・・ is that an wedding or something like that ? 」
はしゃぐ声が聞こえる。
その中でカメラを向けようとした男性が作務衣服のスタッフに片手で制されたため、ひどく大仰に残念そうに唸る声も続いた。
すると、横にいた婦人が私たちに大声で直談判か。
「Excuse us, could you please give us permission to take pictures of two of you?」
5本指で俺達を差しながら、下手くそなお辞儀をしている。
つくしを見遣ると、微笑み、同意していたので、快く撮らせてやることにした。
「・・・quickly.」
すると、婦人は歩み寄り、まるで女王陛下に謁見するように、恭しく頭を下げ、膝を一度屈伸させる仕草を見せる。
まあ、俺らの格好は昔で言うなら、貴族の装いなので間違ってはいないが・・・。
つくしは、何か言おうと口を開きかけるが、すぐに口を閉じた。
「ふん? 何か言うつもりだった?」
「いいの。今日だけ、役に徹するから。」
「・・・そうだな、そうやって構えとけ。どうみても、今日のお前は麗しの姫君だから。」
「西門さんこそ・・・似合い過ぎだよ。
こっちが緊張してくるってば。」
「えっ?だから、俯きっぱなしだったわけ?」
また、頬を紅潮させ俯くつくし。
このまま抱き寄せ接吻するのも、サービスという事で許されるのでは?とよぎる。
「なっ?やっぱし、惚れ直しただろ?」
「・・・っもう・・///。」
「う~ん、結婚式っていいもんだな、なあっ?この後も楽しもうぜ。」
「えっ?この後、何かあったっけ?」
「上手い茶を点ててやるから。
久々だろ?・・・俺が点てるとこ見るの。」
「嘘っ!?西門さんが?」ずっと、跡目を継ぐ事を当たり前に受け止めていた昔の俺。
だのに、人生に航路なし、大きな挫折を思い知る。
真っ逆さまに真っ暗な穴へ落とされ、もうどうしようもない苦悩のどん底でもがいた。
狂ってしまった人生をどうやって再建していいのか途方にくれるばかり。
長く、一人で闇の住人に成り下がり、腐りきっていた。
そこへ、牧野つくしがやってきて、時間を重ねるごとに気力が湧き出るのが不思議だった。
いつの日か、目の前の幸せが物凄く大きいことに気付いてから、急速に浮上したように思う。
今日は心配かけたメンツが勢揃いする。
けじめをつけるのに格好の日なわけで、お礼やら感謝やら今後の決意を込めて、茶を振舞おうと決めた。
そのため、あらかじめ、周に準備を頼み、庭園に即席の野点会場を用意させた。
客の椅子はパイプ椅子だ。
つくしだけは、社殿の広間の縁側寄りに座らせ、扉を全開させて、まさに高みの見物をしてもらう。
挨拶をした後、早速、茶を点て始める。
一服目は、これまでつくしを育ててくれた牧野家の義父に感謝を込めて。
二服目は、我が父への感謝、謝罪も込めて。
続いて、集まっていた全てに心をこめて茶を点てた。
深いお辞儀を何度も繰り返す義父。
ひいき目に見ても、満足そうな家元。
涙を流していた義母。
茶腕を離さなかった母。
他のメンバーも、俺の気持ちを受け止めてくれたと思う。
それぞれのリアクションは生涯忘れられないだろう。
最後に社殿を見上げ、つくしに口パクで「 の・む? 」と聞くと、目を見開き、嬉しそうに頷き返される。
最後の茶碗にはたくさんの気持ちを込めたつもりだ。
でも一番大きいのは、「こんな俺をこれからヨロシク。」というお願いかもしれない。
点てた茶碗は俺が自分で運ぶ。
5段の階段を上がり、不細工ながらも正座して、つくしの前に置いた。
「どうぞ。」
「頂戴いたします。」
最後の一滴まですすり上げたつくしは、茶碗を返しながら、満面の笑顔で言う。
「結構なお点前でした!」色々あったけど、やっぱり、こいつが側にいてくれれば何もいらない。
いつもそうやって笑っていて欲しい。
真新しいお揃いのリングが光り、守るモノの重みに責任を感じるが、それがこんなに嬉しいことならいくらでも来い。
俺達の第二の人生が始まる。
どこからかモズの高鳴きが聞こえ、一段と空気が澄み渡った気がした。
返された茶腕を手に、再び不細工に立ち上がり、階段を下りる。
とにかく、一歩・一歩、歩いていこう。
この焦茶に磨き上げられた階段に誓って。
つづく -
shinnjiteru78 78. Florianopolis, Brazil
「な?折角だし、どうよ?」
「英語ならまだしも、ポルトガル語でしょ?マリンスポーツなら沖縄でもいいじゃん。」
「日本の裏側だぞ、なかなか行くこともないだろ。
ちょうど、新婚旅行にピッタシじぇねえ?」
「お友達の別荘って・・・そこ、治安とか大丈夫なの?」
「悪いようには言ってなかったぜ、むしろ、世界中で一番お勧めの場所だってさ。
気が進まねえか?」
新婚旅行の行き先候補として出てきたのが、聞いたこともないブラジルのどこか。
南米ではかなり有名な観光地らしいけど、だからと言って行きたくなるもんでもなく、「なんでそんな所へ?」って感じが拭えない。
ハワイでさえ行ったことないんだから・・・私。
なんでも、ブラジル国籍の教授から、「別荘を使ってくれ。」と何度も誘われているらしい。
「日本人はブラジルを知らなすぎて、悲しいんだってさ。
マリンスポーツあり、おいしいフードあり、きれいな水と空気、大自然もありで、ハワイなんぞ比べ物にならないから行ってこいって。
あんだけ言うんだから嘘でもねえだろ。」
「で、鵜呑みにして西門さんは乗り気なんだ?」
「行ったことねえし、面白そうじゃん。
まだ身軽だし・・・今のうちに、なっ。」
「でもさ、パンフレットは無い、ガイドさんもいないんでしょ?
下調べはどうすんのよ?“地球の歩き方“とかも無さそうじゃん。」
「泊まる所があれば、何とかなるもんだって。」
「はぁ~。」てなわけで、日本から丸一日かけてやって来たのがここ、florianopolisという島と大陸の一部からなる都市で、州都だけあって、文明もしっかりとした立派な場所だった。
私の頭の中では、もうちょっとジャングルっぽいイメージだったから、想像と実像のギャップに目をみはる。
国際空港を抱える観光都市。
教育・経済とも発展した、“ブラジルで住みたい都市No.1”に挙がるらしい。
さすが、南半球、2月だというのにTシャツ一枚で過ごせて快適。
そして、サン・パウロなどの大都市と違い、治安はすこぶる良く、海外にいる緊張感はどこかへ消えた。
有名なサーフィンのチャンピョンシップ・ツアー・トーナメントが行われる程、波に定評あるビーチがたくさんあり、若いサーファー達がウヨウヨいて、ヨーロッパやアメリカからの白人男がボード片手に歩く姿はめずらしくもない。
日本人はすごく少ないけれども、バカンス中の若い観光客の多さにビックリした。
ジェット・スキー、ウィンド・サーフィン、パラセール、ダイビング等なんでもござれ。
ツアーデスク案内は至る所にあり、心の赴くまま、身体一つで申し込める気軽さが、この都市の観光天国度合いを物語っている。
こんなに整備された観光島だと思わなかったし、気付けば早くも4日目を迎えていて、時間が経つのがあまりに早く、驚いてしまう。「西門さん、結構、焼けたね。」
西門さんは全身日焼けして、特に鼻の頭と肩は少し赤らんでいる。
「初日から日差し、きつかったもんなあ・・・ったく、やっべえよな。
アフターローション、肩に塗ってくれるか?」
「もちろん、べったり塗ったげるよ。」
私は口元を緩ませながら、カバンの中から男性用ローションを取り出し、ブチュリと中身を押し出して、熱を持ったその大きな肩に優しく触れた。
「うわっ、もう皮がめくれてる~、痛そ。」
「っ・・・冷て~。」
「ゴメン。ゴメン。
西門さん、気持ちはわかるけど、歳も考えなよ。
シミになるよ!シ・ミ!
ちゃんと日焼け止め塗れば良かったよね、西門さんも。」
本人も後悔してるらしく、苦々しそうに口を一文字にしている。
角張った肩に茶色がかった液体を塗りこむと、キャラメルみたいに甘い匂いが広がって、こういう香りは旅行の醍醐味だと思う。
「はい、完了!」
カバンに手を伸ばしかけた所で、右手首を掴まれて、その指を西門さんの鼻先へもって行かれた。
「ここにも、ついでに・・・優しくね~。」
指先に残るローションを自分の鼻のテッペンにこすりつける西門さんは、ねだるように甘えた声色と瞳で楽しんでる様子。
「つくし、美味しそうな匂いさせて。」
「私じゃなくて、ローションの。」
西門さんは手を離し、今度は両手を私の背中へ回して、軽く抱きしめてきた。
「サンキュー・・・。」
すっぽりと腕の中に包まれると、じんわり胸に広がってくる“幸せ”。
そう呼べるひと時を、ここflorianopolisにきてから、屋内・屋外に関係なく、何度も感じさせてもらえてる。
日本から遠く離れた開放的な空気のお陰かな。
目の前には西門さんの鎖骨があって、すぐにも触れることができる距離。
包まれる“幸せ”、そして、特別に、私だけに許された、彼に触れることが出来る自由を“幸せ”と呼ばず、なんて表現したらいいのか。
キャラメルとコロンが体温で混ざり合い、なんとも甘く魅惑的な香りにラップされ、逃げる思考も動きも封じられる。
さらに、優しく頭のてっぺんにキスを落とされ、もう一度、ギュット抱きしめられたら、もう、コロリと催眠術にかかる兎かひよこになってしまう。
背中に置かれた掌が上下にさすり始め、腰へ、お尻へ伸びていき、さする力が意味を持ち始める。
西門さんがまたその気になっているのに気付いた。
「こんなことばっかして、キリねえな。
いっそ、ここに別荘でも買っちまおうか?」
「・・・もう、冗談よして。」
頬から首筋にキスを始める西門さん。
「いいじゃん、1回だけなら・・・carnivalは逃げねえよ。」
「お腹もすいてるし・・・お化粧も、取れちゃう。」
「そんなの直さなくていいって。」到着の次の日に、一日中、日差しを浴びて、既に皮がめくれ、ホントご愁傷様の西門さん。
まず出かけたのは、小さな島へのボート・トリップだった。
朝から夕暮れまでそこで過ごした。
白いビーチと透明な海水。
どこからか聞こえてくるサンバのリズムと気持ちよいそよ風。
片手をあげるだけで、飲み物は何でも運んでもらえ、余計な干渉はない。
それだけで、きれいに気持ちが入れ替わり、バカンス気分になるもんだ。
お腹がすけば、コテージで軽食を食べ、シュノーケリングを少し楽しんだ後、木陰のハンモックに揺られ眠った。
結婚式から新婚旅行をずらした理由は、西門さんが忙しかったせいでもあり、ようやく、はるばるやって来て、まずはスイッチが必要だと早速現地でツアーを申し込み、目論見どおり、上着を脱ぎ捨て、とたんに日本を忘れた。
その結果がこの日焼け。その次の日も私達は出かけた。
砂丘でサーフィンみたいに遊ぶサンド・ボード体験だ。
Florianopolisは海・川・森林・砂丘があり、自然を生かしたいろんなアクティビティーがいっぱいの巨大アミューズメント・パークみたいで、西門さんと私は、子供のように目を輝かせツアーを選んだ。
「サンド・ボードってやったことある?」
「無いけど、それでもいいぜ。」
「脚、平気かな?」
「体験程度なら、テキトーにやるから・・・つっても、つくしより上手く滑れるだろうし、心配無用。」
日焼けした西門さんがニヤリと口角を上げると、白い歯がこぼれ出る。
一瞬、ガムのCMのように爽やかな余韻を残すから、いまだにドキドキさせられ、照れ隠しに、あわててツアーのアクティビティー・リストを覗き込んだ。
「///・・ねえ、西門さん・・・サンド・ボードって・・・“雪の代わりに砂を、スキー・ウエアの代わりにビキニを、スノウ・ボードに代わるレジャー”って書いてるよ。
それなら、多少出来ると思うんだけど。」
「じゃあ、決まり。申し込も。」
白いポロにモス・グリーンの短パン姿の西門さんは、鼻歌でも出そうな調子で、私の肩に手を回し、早速、デスクに座るスマイル・ビューティーな女の人に声をかけた。シャトル・ジープが砂丘に差し掛かると、景色は砂色の世界。
視界の中、ショッキング・グリーンの派手なボードが、シャープなラインを描きながら、サーッと滑り落ちていくのが目に入る。
バランス感覚バッチシ上手で、思わず目で追った・・・あんなに滑れたら、気持ち良いだろうな。
スキー場でも気持ちよく滑る人がたくさんいた・・・スノボ感覚なら、何とかなるか。
到着すると、小学生くらいの子供からおばあちゃんまで、ボードに乗って練習する人がいっぱいでワクワクし始めた。
簡単なレクチャーの後、ボードを借り、滑り始める。
西門さんはサーフィンさえご無沙汰なのに、すぐに乗りこなしていて、かつて致命的な重傷を負った人かと目が点になったよ。
滑れるようになると、楽しくなってくるもの。
けれど、滑り落ちると、また上まで歩いて戻らなければならず、それが体力を奪っていくのが難点だった。
「・・っふー、よいしょっ・・・」
「ほい、つくし、ボード貸せ。」
一歩前から振り返り、手を差し出してくれる西門さん。
「え?これくらい、持てるよ。」
「いいから!」
「いいってば!」
「奥さん孝行させろよ!・・・今のうちに、恩売っとく。」
真面目な表情から、一気に顔をニンマリさせて、奪うようにボードを取り上げた。
それから、振り返って、ニヤリと口角をあげる西門さん。
「・・っ!・・・じゃあ、甘えさせてもらっとくよ。」
お陰で、思っていた以上に身軽になって、自然と元気も回復する。
ボードを小脇に抱えた西門さんが前を歩き、私は離れないように背中を見つめて歩いた。
格好よくて、その上、さりげなく優しい。
ふと、そんな人と結ばれた自分の幸運に感謝せずにいられなかった。ワンピの肩紐をずらそうとする手を掴んで止めた。
「ねえ、今日こそ、この旅行の最大イベントでしょ?なら、行かなきゃね?」
「っちぇ・・・じゃ、帰ってから続きな。疲れて眠りこけるなよ!」
新婚旅行をこの時期にした別の理由が、ここで開かれるcarnivalのことを耳にしたから。
この底抜けに明るいラテンの人々が集い、外からの観光客と相まって、煌びやかなパレードに酔い、食べて・飲んで・歌い・踊り・戯れるcarnivalは“生の喜び”であふれ、最高にエネルギッシュで、ゾクゾクするくらい楽しいらしい。
まだ外は夕暮れにもなっていない。
けれども、パレードの見物客で既に人が通りいっぱい溢れていた。
レストラン、ビーチ、ホール、レゲエ・バー、ストリート、至る場所で開かれるらしいパーティー。
流れで良さそうなパーティーに潜りこもうと西門さんは言っている。
まずは、腹ごしらえとブラジル料理レストランへ入った。
頼んだのは名物のシュラスコ(churrasco)で、鉄の串に肉を突き刺し、それをテーブルで好きなだけ削いでくれるというもの。
それも、色んな種類があるらしく、次々持ってこられて愛想よくしてると、すぐにお腹いっぱいになってきた。
「つくし、今日はよく食うな。」
「ううん、お腹いっぱいなのよ、もう限界。」
すると、また新たな串刺しがテーブルにやってきた。
「Nao Obrigado」
西門さんが言うと、ニコリと微笑みその店の人は立ち去った。
「・・・No thank you って言った?」
「そう・・・メイン・イベントの日に具合悪くなるのは避けたいだろ?」
「うん。ありがと。」
外に出ると、空は暗くなり、ビーチの方にも明かりが灯されていた。
パレードの一行が見える。
大音響を響かせながら、テレビで見たことあるリオのカーニバルのように、華やかでセクシーな衣装の女性が踊り歩いて行く。
大きなフロートは、チームごとにデザインされて、垣間見るだけでも楽しく、さすがサッカー大国、巨大なサッカー・ボールとゴールを乗せたのもあった。
熱気のせいか、ほろ酔いのせいか、気のせいかも知れないけれど、ちらちら男の人の視線を感じる。
なんだか怖くて、西門さんの腕にしがみつきながら歩いた。
ビーチに向かって歩いて行くと、通りにはアルゼンチン・タンゴを踊る美しいカップルのパフォーマーがいたり、全身真っ白に塗りたくり、ビクとも動かない大道芸人がいたり、刺激的な光景が続く。
私達は、立ち止まり、輪の中に加わり鑑賞を楽しんだ。
すっかり、祭りの楽しいムードに溶け込んでいる。
歩き出すと、向こうからマッチョなタンクトップ姿の男の人が、熱い眼差しでこちらを見ているのに気付いて、西門さんの腕に頬をピタリとくっつけてみた。
なのに、そいつからすれ違いざまにウインクされて、ビックリ。
「ちょっと、あれ、見た?」
「ああ・・・俺にくっついとけ。」
案外、平気そうな西門さんの横顔を見つめながら、私はしがみつく手に力をこめる。
ビーチが近づくと、アップビートな音楽が大きく聞こえ、それと共に、露骨に男の人の視線を感じ出す。
それも、7人・9人・10人くらい・・・たくさんだ。
それだけじゃなかった。
「Hi・・・chu !」
「Como vai ?」
掌をチラチラさせ、投げキスしてくる男の人もあらわれて、初めて、ヤバイ場所かもと不安がよぎる。
パーティー会場と思われる場所で、その光景が目に飛び込むなり、思わずへたり込みそうになった。
どこもかしこも上半身裸の男がたくさん、裸祭りのように異様な興奮状態でひしめき合っており、湯気でも上がりそうに会場は熱気ムンムン。
みんな、男・・・男ばっかり。
色目を送っていたのは、私ではなく西門さん目当てだったんだ。
ここはゲイ・カーニバルなんだ。
背の高い三人組みの白人男が現れ、西門さんに親しげに話しかけ、しきりに誘っている様子。
充満しているタバコか何かの燃える匂いとお酒の匂い、陽気な笑顔と掛け声、足元から突き上げてくるベースの音に飲み込まれそう。
そのうち、私の腕がするりと解かれ、間に潜り込んできた男達に西門さんが拉致されるように連れて行かれる。
西門さんの言う言葉なんか、聞く耳持たない男達は獲物を前に、ハイ・テンションのまま、どんどん中央集団へ入っていく。
「ちょっと待ってよ!!ちょっと!!!待ちなさいよ!!!」
私は日本語でつっかかった。
つかつかと歩み寄り、見上げるような男の人の腕を引く。
「返して、私の大事な人を!」
すると、「もう遅いから、ホテルに帰りなさい、子猫ちゃん」みたいな英語が聞こえ、むかついた。
まるで、子供扱いされてるじゃん?
私は西門さんの腕を引きむしり取ると、その隙間に割り込む。
「私達は結婚してるんですから、愛を誓い合った夫婦なの!
西門さんはあんた達なんかになびかないの!私にラブラブなんだからねっ!!
汚らしい手を離しなさいよ!
もう、西門さんから離れてって言ってるでしょ!
どブス野朗!」
そして、私は背伸びをし、力強く西門さんの両頬をつかみ、唇へとキスをした。
唇から離れるやいなや、腕を引っつかんだまま猛ダッシュ。
西門さんの様子を見る暇も無く、思い切り走った。
聞こえてくる音楽が小さくなった所で、走るのを止めると、ゼーゼー息が苦しい。
お酒を飲んだ後だし、結構、息がきれる。
「アッハハハ・・ククっーー、面白れ~。
日本語だからって、すごいこと言ってなかった?つくしちゃん。」
「はあ?////もう~、必死だったんだから。」
「ふっ・・・どブス野朗ね~ハハハッ。」
「もう~、笑うな。」
笑いながら私を抱き寄せて、耳元で囁く西門さん。
「マジでラブラブ中だし。」
顔を離し、上から見下ろす西門さんの瞳とぶつかる。
黒いサラ髪の奥から、涼し気に見つめる瞳の奥に、誰もが虜にされる妖艶な色が浮かび、私はそれを逃さぬように、一身に受け止める。
不意に角度がかわると、外灯に照らされて、その瞳から銀色の星屑がこぼれたような錯覚を覚え、思わず目が眩んだ。
「つくし・・・愛してる。」
「うん。」
そっと唇を乗せられる。
柔らかい唇の感触に神経を研ぎ澄ませながら、目を瞑った。
遠くから聞こえる絶え間ない、ドン・ドン・ドンというリズム。
まるで、耳元に打ち寄せているみたいな波の音。
そして、オレンジ色にロマンチックにライトアップされたビーチ。
「踊ろうか?」
自然と体が左右に揺れて、わずかばかりのステップを踏み出した。
砂がサンダルの中に入ってくる。
けれども、不快さは無かった。
「つくし、明日は何して過ごしたい?」
「う~んとね、お土産かな。」
「買い物かよ。」
「“FLORIPA”って書いてるTシャツ、いっぱい買って帰ろうよ。」
小さく微笑み返す西門さん。
「それに、まだ、アクティビティーも残ってるし。」
私は笑顔で見上げた。
「ここが気に入ったみたいだな。」
「うん、意外だったけど・・・別荘貸してくれた教授さんに感謝しなきゃ。」
「おう、良かった。一生、文句言われずに済むと思うと、俺も一安心だわ。」
「こうやって、静かな二人だけのカーニバルも素敵・・・思い出になるね。」
「このままエンドレスに続くかもな、つくしと一緒なら。」
西門さんはステップを止めて、私の肩を抱いた。
「バーでも行くか?喉乾いたろ?」
「うん。」
スーッ・スーッ・スーッ・・・二人同時に砂の上を歩き始める。
すると、今度はビーチ・バーから流れてくるボサノバの音が大きく聞こえ始めた。
どうやら、ノーマルなcarnival partyみたい。
サヤサヤと囁くような優しい音色。
エキゾチックで魅力的な音楽がバーの中から漏れでていた。
西門さんといると、何もかもが楽しいし、ワクワクする。
次から次へと、向こうから“幸せ”が訪れてくれるような気分だ。
“幸せ”真っ只中、地上のパラダイスといわれる場所で濃密な時が流れている。
『何を飲もうかな。』
手をギュっと繋いでそんな事を考えた。
どうせ、何を飲んでも美味しいに決まってる・・・天国みたいな場所だもん。
つづく
(次回は最終回)
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shinnjiteru79 79. 最終回
― 3年後 -
白く霞がかった空の下、淡い桜色に染まる吉野山。
吉野駅から程近い西門家別邸に来る度、この場所がどんどん好きになっていく。
廊下からの眺めは、茶会行事が開催されるだけあり、見事な吉野山を見渡せる。
谷底から尾根へ、例年通り、見頃の桜で染まる大きなキャンバス。
その豪華絢爛なダイナミックさに初めて感動したのが一昨年(おととし)。
「約束の場所に連れてってやるから。」と誘われたあの日、ちゃんと覚えてくれてたことに、胸がキュンとした。
以来、京都-奈良間は近いから、ドライブがてら来るようになり、とりわけ、桜の季節は楽しみで、五感が気持ちよく刺激されるのがとてもいい。
霞の向こう、山に咲いたカリフラワーみたいにボコボコした外形を、目を細め、その桃色のシルエットがよりよく見えないか眺めていると、馴染んだ香りが鼻先を掠めた。
右隣に立ち止まる気配を感じ、知らずに頬が緩む。
振り返らず、空に向かって笑みをこぼすのは、その主がわかってるから。
漂う香りが誰のものなのか。
廊下に二人並び、山を眺める、隣は何を想い眺めてるのだろう?
私は話しかけるのを放棄し、口を噤むことにする。
二人静かに鑑賞する時間(とき)、一人で観るより豊かに感動が胸中に広がってく。
その涼し気な瞳には、きっと満開の桜が映っていて、頭の中では、過去の茶会を投影してるか、もしかすると、俳句を練ってるかもしれない。
コンピューターが作動するように、脳内で複雑にシナプスを繋ぎ、記憶力と創造力を働かせていることだろう。
うららかな春の日光に照らされ、遠くを見遣り・・・音のない静けさに包まれながら、そっと寄り添うように、溶け込むように眺めていた。
なにせ、あの夥しい数。
あのボコボコの一株が一本の桜の木なら、一体あそこには何本の桜が植わっているのだろう?
桜木の途切れは不明瞭かつ不揃いで、無遠慮に咲き乱れてるくせ、山全体に秩序に似た上品さが漂い、人をぐいぐい惹きつける。
胸の中が爽やかな感動で満たされ、溜息と共に感嘆するしか言い表せない
その感動を言葉に閉じ込めるのは困難な作業だ。
近くで見れば、繊細で、ほんのり淡くピンクに色づく花弁の競演が、山脈を登るような威勢で幾重にも重なり、薄桃色が大きく膨らむと、伝説の桃源郷か?と美を誇らんばかりの盛観な風景に変わる。
思わず、瞬きも忘れる。
何があっても、この花盛りが色あせて見えることなんてないと思う。
日本人が惹きつけられずに止まない、大好きなJapanese Cherry。
私は『桜花爛漫』の雄姿を愛でるのに時間を忘れていた。「上千本の方、満開だな。」
「うん・・・すっごいね。」
「そろそろ、あいつら来る頃じゃねえか?」
「えっ、もうそんな時間?」
茶道西門宗家が生家、何不自由なく育った優男は現在、私の旦那様。
超美形、スマートな振る舞いを振りかざし、眉根一つで女の子を夢中にさせてきた。
それが、夜遊びもせず品行方正な夫に変わり、そのギャップが目立って不思議に思う瞬間がまだ消えない。
運命のいたずらだったのか・・・にしても、人は、逆風を追い風に変え、切り開く力を持っていると教えてくれたのも、この男。
天職だと思えた茶道界から離れ、歴史文化を教える日々を充実させているのだから。
事故当時、F4の悲劇はビッグ・ニュースで、人々の記憶に深く刻まれたらしい。
不幸から再起をつかんだサクセス・ストーリーは世代を超え関心を呼び、大手教育機関に限らず、民間レベルの講演依頼も多い。
バレンタインには、自宅宛に数え切れない数のチョコが届く。
誕生日には、手作りの思いを込めたバースデー・カードやら届く。
手渡しでは受取らないので、そうするしか他になく送って来るのだろうけど。
そんな事は、ニュースの一つとしてさらりと流し、書斎にこもり、仕事の続きや本を開く総。
物凄い努力家なんだと、惹かれ始めた頃から気付いていた。
切磋琢磨が趣味のように、前へ進む姿勢を崩さないのは、今に始まったことじゃなく、一生、受験勉強が続くみたいで、息苦しくない?
時に理解を超え、痛々しく映る時もあった。
その後姿を支えてあげることしかできず、役に立ちたい、力になりたいっていつも思ってる。
けど、ちゃんと良い奥さんできてるかな。
総はマイナスをチャラにして、どんどん磨きがかかってるのに。
年々、憂いを帯びて格好よくなる気がするのは、夫バカなのだろうか?
着物だって、めったに着ないのに、正絹の衣擦れの音にヤキモチ妬きたくなるくらい似合ってる。「・・・願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃。」
ボソリつぶやく総。
その意味にギョッとするや、肩に置かれた大きな掌から温かい体温が伝わり、勢いよく振り返った。
「そんな歌・・・。」
「ん?西行の有名な歌。
聞いたことあるだろ?」
「うん・・・けどぉ。」
「一雨でパッと散ってしまう儚さ。
それと、仏教の無常の教えが合わさってる。
“散る“不可抗力が痛いよなぁ、見事に咲く桜ほど。
でも、散るからこそ、狂ったように人が集まってくるわけで。」
「もうっ・・・・詠むんなら、死ぬとかじゃなくて、楽しいのが続くようなのを詠んでよ。」
「俺は死んだりしねえから、心配すんなって。」
悪かったという風に、ふっと口元を緩め、微笑んでくれる。
“西門さん”から“総”と呼び方が変わったのはいつ頃だったろうか・・・多分、“パパ”と呼び始めたのと同時期くらいだったと思う。
「明後日は雨らしいぞ、後、もって数日。」
「今は考えないよ。」
「そりゃ、賢明。」
総は肩に置いた手を下ろし、一歩後ろに下がると、私を下から上へあからさま眺めた。
「その着物、やっぱし似合うじゃん。」
「ありがと。」
「明るくなるわ。」
「花見客に暗い人なんていないよ・・・クスっ。」
そういうリアクションは想定内。
以前、「西門流花見の会」でお義母からお借りし、そのまま譲って下さったピンク色の付下げを着ると、皆から褒められる。
今日は、F3とT2を招いて、吉野の春望を楽しもうと企画しており、旧友達もわざわざ来てくれる。
ずっと思い描き、念願叶った特別な日。
『一座建立(いちざこんりゅう)』
以前、総がよく口にしていた言葉がある。
亭主と招かれた客の心が通じ合い、気持ちの良い状態になることを言うらしい。
吉野の桜を見ながら、心を通わせあえたらどんなに素敵だか想像しただけでワクワクする。
私の我侭を総は聞いてくれた。
もてなすことが好きなのを知ってるから、リフレッシュになると思ったから、ここは一つ、どうしても!と総に亭主を頼んだ。お手伝いの人が旧友達の訪問を告げに来て、揃って皆を歓迎した。
「おうっ、来たか。」
「いらっしゃい~。」
「うっす!」
「つくしぃ~来たよ~!」
「お邪魔しま~す。」
「おうっ。」
「(ニコリ)。」
美作さんは3歳の息子を抱きかかえながらの登場で、後ろには可愛い奥さんも連れて居た。
道明寺も類も、滋さんも桜子も、いまだ独身貴族。
パッと見、それぞれが第一線で頑張る人の煌きを放ち、吸引力を感じる。
ノッてる人は、華々しい。
そんな友人を見るのは、とっても安堵し、嬉しいことだ。
まずは大広間へ通し、部屋の障子を全て開け放ち、見事な吉野山を堪能してもらうことにした。
「ま~きの、これお土産。」
穏やかで静かに響く声は、類。
手には、スミレ色のリボンがかかったベイビー・ブルーの小箱を乗せ、にこやかに私に差し出している。
「何?開けていい?」
蓋を開けると、パステル系クレヨンセットのような、愛らしい果物の砂糖漬けが並んでいた。
「可愛い~、これ、お菓子よね?
フランス語だね・・・行ってきたの?」
微笑みながら、軽く頷く懐かしい仕草。
すると、ふいに英徳の非常階段で和んだ場面が浮かんで、胸の中に、爽やかな風が吹き込んだ。
でも、類は年齢にあった貫禄をつけ、私の大好きな微笑をそのまま、大人と青年が同居するセクシーな男になっている。
綺麗な微笑み・・・きっとモテモテで仕方ないだろうな。
「可愛いお店だったから、入ってみた。」
「ありがとう~、類。」
「うん。」
嬉しそうな類を見ると、こっちまで嬉しくなるから、とびきりの笑顔を作ってみた。「おい、亭主の前で、じゃれるな!」
「いいじゃん、牧野が嬉しそうにしてるんだから。」
「牧野じゃない、とっくに西門だ。
神様の前で俺らが誓ってるとこ、お前、見ただろうがー。」
「総二郎・・・薬の副作用出てる?怒りっぽくなった。」
「・・・ップ、もう薬なぞ、飲むか。
普通の注意だ、これは~。」
類は別にしても、総は類相手にいつもエラソーだ。
気が許せる相手だとしても、類だって花沢商事の次期社長だよ、後で注意しておかないと。
「つくし、滋ちゃんも持ってきたよ!
マカロンとバームクーヘン!!」
「嬉しい~、ありがとう~。」
美作さんの奥さんも、ホームメイドの焼き菓子詰め合わせを持ってきてくれて、今日はお菓子三昧になりそう。
美作さんの膝に乗っていた長男は、一人で正座しなおし、目の前に置かれたオレンジジュースのストローを口にくわえた。
小さな肩幅、小さな口元・・・だけれど、焦茶色の瞳を受け継ぎ、なんとなく美作さんジュニアになってる。「司、お前、見合いしたんだろ?」
総が道明寺に尋ねた。
「おう。」
「んで?」
「んで?って?・・・まだ、1回会っただけだし、先はわかんねえ。」
「道明寺さん、それって、また会うってことですか???」
桜子が身を乗り出した。
「脈ありってか?」
今度は美作さんも。
道明寺は廊下とお部屋の境目で、鴨居に両手を置き、伸びをしながら、重そうな口ぶりで答える。
「わっかんねえ・・・まあ、面倒くさくなけりゃ、会うことになるだろ。」
「見合いは、結婚した後、堂々と恋愛できるのが良い所。
特に、恋愛経験の浅い奴にはお勧めだぜ。
なあっ?」
横に座る奥さんに、微笑みながら目配せする美作さん。
奥さんと仲良いのが伝わってくる。
「うっせー、誰が恋愛経験薄いだとぉ?!
黙って、飯食ってるだけだぞ。
エスパーでもなけりゃ、何考えてるかわかんねえだろが。
だからだよ。
救済される立場でもねえし、焦ってもねえし、時間無けりゃ、縁が無かったってことになる。」
「へ?牧野以外の女を人と思わず、礼儀知らずだった司がねえ~。」
「司、敷かれたレールって、毛嫌いするもんでもないぞ。
俺みたいに、フェンスの外側からのぞく立場になると、羨ましい限りだ。」
「・・・・・んなもん、とっくにわかってる。
道明寺に生まれたからこそ、このポジションだ、だがな、このレールをもっと太く強固にしてやる、お袋をひっくり返らせてやるよ。」
「司、カッコイイ!!」
本当に格好いいと思うよ、道明寺・・・思わず、滋さんにつられそうになる。
巻き毛はあいかわらずクルクルしてて、触ると意外に柔らかいのを知ってる。
精悍な表情から、野獣の頃のような強さも感じるし、円滑に仕事を回す緻密さも感じ取れて、立派で、男らしくて、本当にホレボレするよ。
「ッツ・・・ところで、類、お前は見合いしないのかよ?」
「結婚の?
話は来てるみたいだけど、興味ない。
今は仕事が楽しいしね。」
「へえ~、あんた達、大人になったもんだねえ・・・クスッ。
“未来は墓場~“みたいな顔して、アレルギー反応バリに反発してたのにぃ。」
「本当ですよ、変わるもんですよね。
道明寺さんは、大暴れしてたし、花沢さんは、ずっと寝てたし、西門さんや美作さんは女遊びし放題で。」
桜子が溜息まじりに言う。
「兎に角、俺は現状に満足・・・だな。」
「おう、悪くない。」
「まあね。」その時、襖がスーッと開いて、皆の視線が下のほうに集まった。
小さな男の子が、その円らな目に涙をいっぱい溜めて立っていた。
自分の背丈より高い位置の引き手に手を置いたまま、口を一文字にじっと前を見据えてる。
「あら?起きた?」
私と目が合うと、人の多さに戸惑いつつ、タタタっと小走りでこちらにやって来た。
抱き上げ、涙を拭いてあげる。
「信一郎、こっちおいで。」
総が両手を差し出す。
「ほら、ママのお気に入りの着物、涙で濡らしたら怒られるぞ。」
パパが大好きな信一郎は、寝起きでも、パパOKですんなり身を預ける。
だから、お願いして、その長い腕に託した。
「結局、F4全員、敷かれたレールが歓迎だったんじゃないの?
そういえば、総もレール嫌じゃないみたいだし・・・ね?」
「俺がか?」
「うん。」
「総二郎は、せいせいしてるんじゃねえのかよ?最近の良い噂は耳に入ってくるぜ。」
「・・・まあ・・・そうなのかもな。」
「クスッ、この人ね、信一郎にお茶を教えてるんだよ。
自分が小さい頃されたように、くり返し、教えてるの。」
「あれは、おままごと、遊びな、遊び。」
「おっ、将来は第17代目の家元にする気か?」
「あんなぁ~、そんなつもりあるわけないだろ。
でも、万が一、茶に携わることになれば、役に立つかもと思ってな。
茶道が世襲制なのには意味があって、無意味な内紛を排除するだけでなく、世界観を身につける時間をそれだけ持てるって事だから、小さい頃から始めるにこした事ないわけ。」
「総二郎、素直に認めれば?息子には継いで欲しいんでしょ?」
「息子に託す!か、その手があったな?!総二郎!」
類と美作さんに突っ込まれ、突っ慳貪に言い返す総。
「こいつを、俺の人形にさせるつもりはねえから・・・。」
「でもさ、総・・・いいよ、私。
信一郎が、お茶を好きな子なら、それでも。」
「先輩も、レールに乗せるのに賛成ってことですか。」
「・・んん~、本人次第よ!周くんだっているんだし!」
「・・・お前ら、親バカか。」
「ちょっとぉ!」
道明寺をにらみつけると、予想外に優しい眼で見下ろされていて、思わず、じっと見つめ返していた。
親戚の叔父さんみたいに、ちょっぴり遠くに見えた道明寺。
今までの位置から少しだけズレて、なんだか寂しいような変な気持ち。
けれども、それがこれからの新しい関係であり、きっと長く続いていくのだと感じた。「さあ、そろそろ、始めるか~。」
「うん、始めよう!」
総の表情は、すがすがしく、嬉しそうだ。
子供達をお手伝いさんにお願いし、皆でゾロゾロ、廊下を移動する。
私の前には総、後ろには道明寺。
総は私の手をとり、固く握りながら前を歩いて行く。
私はその後姿を見つめながら、必死でついていく。
ふと外を見れば、庭にも桜の木が数本あって、それらは花びらが大方散った老木だった。
真黒焦げの幹からは、黄緑色の新たな生命が生まれ、老いてなお、なんて瑞々しい色を作り出せるのか感心する。
目に鮮やかに映る自然の摂理は、本当にすごい。
もう、すぐそこに初夏が待っている。
そしたら、蝉が地上に這い出て、ここもにぎやかな景色に変わるだろう。
一陣の風が吹き、残った花びらがパラパラと風に舞い散った。
これから、桜木は日に日に緑を濃くし、奥の方では来春の準備が始まる、それは回転車のように命ある限り続いてく。
私と総の未来が、この先、どう回っていくのか誰もわからない。
けれども、ずっと側に居て、こうして手をつないで歩こう。
幸せの形があるのなら、きっとこうした気持ちの一瞬だ。
総のリードでずっとダンスを踊っていたい。
総の歩みにピッタリ合った自分の歩み。
二人三脚みたいに、ステップを間違えないよう、呼吸を合わせるのがいいのかも。
試行錯誤しながら、上手くなっていけばいい。
「お前、何、ニヤケてるんだよ。気持ちわる~。」
「はあっ!?///。」
ケラケラ笑いながら、また前に向きなおる笑い声が消えぬうち、手を離し、もう一度握りなおす。
急に空気に晒された総の指は、思いを察知してくれるはず。
リングが光る左手薬指。
特別の一本だけを、5本の指ですっぽり包み込む。
強く、しっかりと・・・自分の爪まで巻き込んで。
思いの丈をぎゅっーと閉じ込めて、そして、ステップを前へ踏み出した。
完
***
総xつく長編、お付き合いありがとうございました。
一年半に及ぶ長い連載でしたが、ついに書き終わってしまいました。
いかがでしたか?少しでも、楽しんでいただけましたでしょうか?
リアクションをいただければ嬉しいです。
Boaの感想はblogに書いておこうと思いますので、ご興味ある方はお越しください。
なお、真面目に書いたお話ですので、面白半分・不快なコメントは躊躇無く削除させていただきます。
Boa