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75.
『天高く馬肥ゆる秋』かぁ・・・・・・確かに・・・そういう感じ。
見上げれば、澄み切った青空、塵も少なそうで透明度は・・・すっごく高い。
それに、ここ最近、食欲は増して食後のデザート量も増えてるし。
わたし、馬と一緒じゃん?
スカッと爽やかな秋晴れだというのに、ふーっ、なんかヤダ。
また一つ溜息、なんで消えてくれない?この悶々とした気持ち。
結婚式まで一ヶ月をきったある日、帰宅したばかりの西門さんから漂ってきたマンゴと蜂蜜を足したみたいな女の子の香り・・・それも、きつい。
いくら鈍感な私でもそれに気付かないなら、完全に病気だ。
夕食時、ムスッとしている私の様子に気付いた西門さんに、その理由を吐かされた。
「ああ・・・それで、妬いてくれてるってわけ?」
「妬いてるってほどじゃないわよ。
ただ・・・何で?女の子の匂いが強烈に?って思っただけ。」
「妬いてんだろ?素直じゃねえなぁ~ったく。」
「・・・・。」
ビールグラスをテーブルに置いた西門さんは、飄々とした様子で料理に箸を伸ばす。
素直に言えない自分が可愛くないって、よ~く分かっております。
でもさ、勝手に思ってれば?みたいな西門さんもどうよ。
私の事は全部わかってるから大丈夫って、豪語してたのは誰?わかってんなら何とか納得させてみなさいよ!
一人勝手に苛立って、ジーッと睨みつけていた。
「ん?」
「で?」
「は?」
「なんで?」
「何?匂いのこと、聞きたいわけ?
それはなあ・・・たまたま、そいつが付け過ぎたんだろ。」
「普通、そこまで移らないと思うけど。」
「俺は潔白だぜ。」
「誰?」
「は?」
「そいつって、どいつ?」
初めて顔を上げて、マジマジ私を見つめた西門さんはフッと表情を緩めると、その女子学生について話し始めた。
「切羽詰ったように抱きついてきて口を開けば、“好きです。私を先生の愛人にして下さい!オモチャにでも、何でもいいから抱いて!”だぜ。
抱きついて離さねえ勢いで、俺だって面食らったってば。
香水をいろんな所に振り掛けて来たんだろうけど、やり過ぎだっつうの。
生徒から、“オモチャにでも“って言われても、そんな気ないしお断り!
もちろん、即答。」
「オ・オモチャ・・・????」
「ふん?」
言うべき事を言い終えたとスッキリ顔で、酢の物の小鉢を覗き込んだ西門さん。
こっちは、あいた口が塞がらない状態だった。
オモチャ・・・って、そこまで西門さんが好きってこと?
捨て身で、体当たりでやって来る女学生っているもんだ、神風特攻隊バリの?
恋人がいようと、嫁がいようと、関係なしって凄い思い切りというか信じらんない。
若気の至り、恋は盲目、無我夢中・・・そんな風にガムシャラに突き進んで来られたら、西門さんだって正常な男、気の迷いとか出てくるかもしれないんじゃないの?
再会してからこの4ヶ月、私達は時間も距離も乗り越えて、空白を埋めるように手を取り合い、愛し、愛されたい欲求、相互愛を深めていると思う。
世界が一段と輝きを増し、綺麗に見える、共に過ごす時間が愛しくて、毎日が楽しくて。
怖いほどに幸せだから、そんな幸せばかりじゃおかしいって、どこかに落とし穴があるんじゃないかって力んでいた気もするけれど。
はあ~、これって幸せボケが過ぎた代償なのかな?・・・なんだか、こんな小さな事件に傷ついてしまう弱い自分にも呆れるし、はあ~、なんかヤダ・ヤダ。
もう、西門さんみたいにやり過ごせない。
私って、やっぱり100%の幸せに浸れない運命なのかって落ち込みもする。
一生、ずっと苦労するように生まれてしまったとか。
西門さんと付き合い始めて、毎日ドキドキの連続だったけど、こんな嫌なドキリって心臓と関係ないところで鳴るもんだね。
陰湿な女のいじめに屈っしない雑草女、そんな所がF4には強烈で関心を買った、西門さんだって、そんな私が目新しく映ってたんでしょう?
なのに、今の私って女々しくて弱々しい。
幸せすぎて、立ち向かう力を無くしたなんて、この先どうすりゃいいんだか。
雑草が萎れたら、見れたものじゃなくなるのは知っている。
ふいに落とされた小石は、30過ぎて春に目覚めた奥手の胸に波紋を起こし、いつまでも消えてくれなかった。
そんな折、突然、京都に遊びに行くから宜しく!と電話を寄越してきた滋さんと桜子。
実際、本当にやって来た二人。
それはいいけれど、有無を言わせず、昨夜は飲み会に突入で、久しぶりに女三人で酒盛りだった。
その夜、西門さんが戻ってきたのは遅く、私たちが寝入る頃だ。
「つくし、それって、マリッジブルーじゃないの?
幸せだけど、漠然と憂鬱って、まさしく症状だよ。
大好きな人と結婚できるのに、贅沢病!あ~あ、何があったか知らないけど、あわてて損したよ、ねえ、桜子!」
「そうですよ、ガラリと生活環境が変わって、少し疲れもあったんじゃあないですか?
女心は複雑ですからね。」
「は?あわてた?」
「ああ・・・いやいや、その~つくしの声が元気ないな~っと思ったから~。」
「まあまあ、先輩・・・花の独身生活にバイバイってことで、乾杯!」
「花の独身生活ねえ。
そうよね、西門さんが浮気したら、私も独身気分に戻ればいいんだ。
いちいち心配してたら、キリないし、身体がもたないし、目には目を!」
「浮気で返す?言うねぇ・・・つくし。
それだけ、元気ありゃあ、大丈夫だわ。」
「先輩に出来ます?浮気なんて。」
「う~ん、無理だったら、桜子!ホストクラブに連れて行ってよ。
西門さんが女の子に囲まれて、だから、私はその逆でいく!」
酔っぱらって、気が大きくなっていたようだ。
「ねえねえ・・・だったら、フィアンセの存在をアピールすればいいんじゃない?
ニッシーの授業に出席してみない?」
「えええーっ?!」
それが昨夜の話。
滋さんと桜子と三人、女子大の門をくぐりぬけ、西門さんの講義が行われる部屋へと向かう道々、なんだか話しの流れでこうなったけど、のこのこやって来たのを後悔し始めていた。
私達って浮いてるんじゃない?
正体がばれて、嫉妬深い浅はかな奥さんだと噂が広まって、西門さんの名誉に傷でも付けたらどうする?ってハラハラ・ドキドキだ。
それでも、半分残っている好奇心が足を進ませる。
そこは200人くらい入れそうな階段教室で、前から5列ほどはギッシリと女学生が埋め尽くしていた。
前の扉が開き、西門さんが姿を現すと、学生達から歓声こそ上がらぬものの、息を詰める声が和音となって波のように前方からあがってきた。
スカイブルーのYシャツに黒皮ライダース・ジャケット、そして濃紺の細身スラックス姿。
朝のいでたちと変わらない西門さんだけど、ここから見ると遠く感じる。
挨拶もそこそこに、部屋の明かりが少し落とされ、大きなプロジェクタに家屋や店舗の様子が浮かびあがる。
今日のテーマは『京風について』のようで、間口が狭く、奥行きのある、いわゆる「うなぎの寝床」的な建物が次々と映し出され、その構造を他地域と比較するためにレーザーポインタを使って、部所の説明やら構造背景を淡々と説明していく西門さん。
その声はマイクを通して聞こえてくる。
口調は滑らかで淀みなく、意外なほど真面目にやっていた。
そこには、必殺スマイルやリップサービスは一切なくて、文字通り、教鞭を振るっていた。
本来備わった秀麗な容姿は、無表情故、それはそれで返って際立ってくるもので、レーザーポインタが魅惑的な魔法の杖に見えてくるからしょうがない。
そりゃあ、釘付けになる女学生が前列を占領するのも頷ける。
ポーッと見ているうちに、内容はさらに深く掘り下げられて、かつて日本の都、朝廷が置かれた京都に根付く精神性・・・プライドがどうのこうのと話が進んでいる。
滋さんが声のトーンを落として話しかけてきた。
「ねえ、つくし、ニッシー、ちゃんと先生してるじゃん。惚れ直した?」
「もう~からかわない!
滋さん、最後まで大人しく、絶対に目立たないようにしていてくださいよ。」
「ちょっとくらい、ウインクくらいいいじゃない?」
「ダメ・ダメ!!約束したでしょう?」
滋さんは怒られた子供みたいに肩をすぼめる仕草を見せる。
なんとなく想像はついていたけど、西門さんはどうやっても、やっぱり目立って格好いいわけで、女の子がうっとりするのは想定内だし、いちいち浮気を心配する自分の方に問題があるのは明らか。
それは分かっているくせ、ノリでココへ来てしまい、見せ付けられた感じがする。
良かったのは、全てを飲み込まないといけないって、視覚的に感じられたことかな。
西門さんは私たち三人に気付いているのかどうかわからない。
そのくらい、真剣に講義を進めて、熱く語っている。
好きな仕事、西門さんの選んだ仕事を理解し、応援してこそ良い嫁なのに・・・私は、既に反省すら感じていた。
やがて、講義の時間が終了し、室内が明るくなった。
レポートを提出する指示を受けた生徒達は、ここぞとばかり西門さん目掛けて集まって、まるでセール初日のような熱気だ。
「桜子、滋さん・・・行こ。」
「えっ?いいんですか?」
「うん。家でも会えるし。」
そーっと席を立ち、横にずれて出ようとした。
キーン・・・
「つくし!」
マイクを通して私の名を呼ぶ男の声が響く。
「つくし、ちょっと待て!」
そういえば、聞きなれた声。
振り向くと、女の子に囲まれた西門さんとバチリと目が合い、片手を上げてニコリと、それはそれは爽やかな笑みを送ってきた。
すると、まるで赤い絵の具が水中に広がるように、面白いように女の子の固まりに戸惑いと異様なヤキモチが広がって、私は思わず目を反らした。
反らした訳はビビッたからじゃなくて、面食らい恥ずかしかったからだ。
つくし!って、堂々と、初めて名前を呼ばれて、本当はとっても嬉しかったからだ。
トントントンと階段を一段飛ばしで駆け上がってきた西門さんは、当たり前のように私の肩に手を載せた。
「昼飯、食ったか?」
同時に首を横に振る女三人。
「じゃあ、一緒に行こうぜ。」
大きく頷く私達は首振り人形と化していた。
その大きな手は、私の腰に回され、肩が触れ合っている。
ホッと安心する形と重さ、難しいパズルが瞬時に完成したようにスッキリした感じで、そのまま離れないで欲しいと強く思った。
ごめんね、西門さん。
私一人でイライラしてたのバカみたい。
教室を抜けると、長い廊下にはたくさんの学生達が行き交って、今こそ青春の時ぞと謳歌している風に見える。
中には私たちに注目する女の子もいたけれど、それならそれでも気にならない。
校舎の外に出ると、どことなく陽気が漂い、小枝にくっつく3枚の黄色い葉っぱに明るい陽があたっていて、『枯れ木も山の賑わい』・・・いやいや、これが本当に綺麗に見えてくるから不思議。
「ねえ、何をご馳走してくれるの?」
「私はね、お寿司がいい!」
「京都の上賀茂ですよ、湯豆腐ですって。」
「牧野は?」
「え?・・・京野菜のお店なんかいいんじゃないの?」
「OK、了解!決まり。」
「ニッシー、ひど!お客様のリクエストを無視してる。」
「お前ら、客じゃねえだろうが?」
「あれ~?西門さん、私達の前でも、“つくし”って呼んでもいいんですよ~。」
「は?うっさいな!」
横を歩く西門さんは、なんだか照れて可愛い。
「先輩だって、いつもは“総二郎”って呼び捨てにしてるんですか?“総くん”?“総ちゃん”?それとも・・・何て?」
ギョッギョッ・・・。
真っ赤になったところを口達者な二人にからかわれ、自然と小走りになる私達。
顔を見合わせ、手を握り、息を合わせて逃げるように駐車場へと急ぐ足元がとても軽く感じた。
つづく
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