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74.
日差しが夏色を帯び始めた頃、仕事にメドが付き、まあまあな幕引きを描けたのを区切りに、生活の拠点を京都に移すことにした。
長く一人で暮らしたアパートがすっからかんになるとしんみりもする、けれども、待ち人を思うとたちまち嬉しくなり、作業する手も軽やかにやる気が湧いた。
そして、京都でスタートさせた同棲生活。
それは転がり込むというよりも、二人で仲良く巣作りを始めたという風で、失業保険をもらいながら、残りの独身生活をノンビリ過ごすつもりだったのに、そうは転んでくれないのが私の人生?
結婚となると口を出す大人も増えるわけで、想定外の事も起こるのね。
待っていたのは、新居に入れる電化製品や家具選び、それに加え、マンション内装がセミオーダー式の為、浴槽やらドアノブやらキッチンユニットまで、好みを伝えて決める作業だった。
西門さんが住む外国人用2LDKへ引越し、片付けるのと同時進行で、日中はお店やショウルームを歩き回り、カタログと実物を見比べ、帰宅後、ゆっくり検討する。
だから、部屋の中にはそんなブツが山積みだ。
せっかくだから、人任せにしたくなかった。
そう・・・新居、出来たばかりのマンション角部屋、5LDK、大きなベランダ付き。
結婚式後、そちらで生活を始める予定になっている。
二人へのプレゼントとしてそれをポンと差し出したのは、家元・・・西門さんのお父様。
「総二郎の男臭い部屋ではあまりに可哀想すぎる。」と鶴の一声だったらしい。
そんなお気遣いには感謝していますが、それって無駄遣いじゃありません?って何度口から出そうになった事か。
そんなこんなでバタバタと同棲がスタートしたある夏の暁、西門さんが運転する車で京都府丹後半島の美しいビーチへ繰り出すこととなる。
実はそこで、優紀の家族と合流する計画で、独身時代と違う形でゆっくり過ごせるのも楽しみだ。
のんびりした時間を過ごすのは、実に久しぶり。
それに、同棲して初めてとなるデートに二人とも結構な気合がはいってる。
テーブルに置かれた観光ガイド『夏だ!お奨めビーチスポット 関西編』は、「近所の本屋さんで買ってきた。」と西門さんはソファーに座り込み、しばらく目を通していたみたい。
何気にマニュアル男だったの?
西門さんの行動パターンを一つづつ、日捲りカレンダーのように分かっていくのが、新鮮・新鮮。
シーズンが終わると大部分の洋服を処分し、次のシーズンにほとんど新調するのがパターンだと知った時にはあきれ果て、新聞のニュース面を豪快に開いては、途上国関連記事を手当たり次第バンバンッ!叩きながら厳重注意したものだ。
資源の無駄遣い!もったいない!って。
見直す所もある。
趣味のいい西門さんだから、物にこだわって、うるさいのかと思っていたら、実は鷹揚で寛大。
家事は全部、自分の身の回りのことさえも、私の好きなようにさせてくれた。
それがものすごく嬉しかったりする。
「西門さんの水着、見つけたよぉ!!
寝室に出しておいたから、後で見ておいてね。」
「おう、サンキュー。」
昨夜は台所でそんな会話しながら、西門さんとお揃いの夫婦茶腕を乾いた布巾で拭いて棚にしまい、長いお箸と少し短いお箸も同じ布巾の中で絡ませ合い、カラカラ音を立て乾かした。
二人分の食器だから、食洗機は使わずに、おままごとみたいに一品ごと丁寧に扱って好きなようにしまう、そうしてだんだん自分のカラーに染めているのかもしれない。
今朝は早起きするつもりだったのに、あろう事かすっかり寝坊してしまった。
子供のいる優紀達と比べ、まだ身軽な私達は軽装のはずなのに、朝からバッタバタで、もう既に汗だく。
理由は、勿論、この同居人のせい。
昨夜、タフな男は惜しみなく愛の言葉を囁きながら、その手で私を転がすように翻弄し、なかなか寝かせてくれなかったからだ。
「なんだ?その大荷物。」
「え?お弁当とお菓子とお茶と・・・それから、トランプとか帽子とか・・・大事な日焼け止めでしょ。」
「これも、持って行くつもり?」
その長い指で転がっている物を指差す西門さんの頭上には、?マークが浮かんでる。
「うん!ナイロンのシートより気持ちいいし。
イグサの茣蓙(ござ)・・・知らないのぉ?」
「えっ?ビーチにゴザ?知らないと言っちゃ、知らないな。」
「っふふ、じゃあ、丁度いいじゃん、西門さんの初体験なんて貴重だよ。
これさ、中学の時から使ってるんだけど、まだどこも傷んでないんだよね。」
「中坊の時から?マジ~~?ビックリのエコライフだな。」
「だって、傷んでないから捨てるのもったいないじゃん?」
「・・・わかった、わかった、リョーカイ、積めばいいんだろ?!」
西門さんは、私が洗濯し、畳んでおいたポロシャツを着ていた。
濃紺x白のストライプの、若者向けアメリカ・カジュアルブランドものをさらりと着こなし、腕にはホワイトゴールドのデイトナが光る、どんなカジュアルでも匂い立つような色男振りに遜色はない。
荷物を車へ運ぶ何気ない姿が格好良くて、思わず見とれてた。
ふうー、この先が思いやられる。
彼氏であり未来の旦那様だと思うと、狐につままれた不思議な気分で、今さらだけどありえない!って思ったよ。
現実は、彼とこれからデート!
まだまだ二人の時間は新鮮でドキドキ。
なんだか物凄くテンションが上がる!
「一人でニヤケテル牧野、近所の人に見られてるぜ。」
「///えっ、嘘???」
「うっそ、すぐ信じるやつがバカを見る。」
「もう~西門さん。
今日は初デートだもん!嬉しいの!天気もいいし、最高じゃない。」
西門さんは口角を少しあげ、ニヤリと微笑んだ。
「これから時間があったら、色んな所、行こうなっ。」
「うん。//」
西門さんが運転する赤いBMWの四輪駆動はスイスイ高速を走りぬけ、灰色の道路を真っ直ぐ切り裂くように、差し込む光と競争しながら、ジェット・コースターのような音をたてゴーッと駆けていく。
気分は高揚し、鉄腕アトムの歌でも飛び出しそうな心境だ。
さながら、魔法の赤い絨毯に幸せなカップルを乗せ、青い空を軽々と飛ぶ。
太陽は笑い、白い雲は綿菓子のように甘く誘い、七色のキャンディー・レイが手招きして、どうぞ中をくぐれと私たちを待っている。
横にいる西門さんは、人間に化けてるけれども、本当は魔法使いで。
だから、そんな仕業は御茶の子さいさいの簡単な出し物、どんな女の子もたちまち恋をしてしまう。
とびきり器用で男前の魔法使いなんだ。
「あッ、海が見えてきたよ!」
「・・・そろそろだもんな。」
四輪駆動は砂浜へそのまま乗り込んで、ギュルルルンと鳴いてエンジンを止めた。
目の前には青い空と蒼い海、そして久しぶりに嗅ぐ・・・潮の香り。
波打ち際に、よせては引く一定の波のリズムは子宮の記憶のように耳に響き、安らいでくる。
砂浜は長くて広くて白い。
その分、照り返しがきつく目が眩む程ゴージャスだ。
今日は一日、サングラスをはずせそうもないと思った。
東京じゃあ見れない綺麗な海岸・・・白砂青松を具現化した日本の風景だ。
砂浜の白と対照的に群生する松の青々しさ、茶色い岩肌も絵に描いたよう。
ふと、葛飾北斎の富嶽三十六景が浮かんで、原稿やら出版物が山積みのデスクが懐かしく思えた。
既にビーチにはたくさんの人がシートの上で思い思いに過ごしていた。
早速、着替えて、優紀たちと合流する。
優紀の娘:銘ちゃんはもうじき3歳、おしゃべりが上手で、足元で「ママも一緒に入ろう!」とグズッていて、再会を懐かしむと早々に、私達は優紀達の荷物番をかってでた。
西門さんは優紀家族の1m横に持参の茣蓙を広げ、レンタルパラソルを差し込むと横になる。
私も、よっこらしょっと隣に座った。
「西門さん、砂の音、聞こえなかった?キュッキュッって。」
「ああ、鳴き砂っていうらしいぜ。」
「例のガイドブック?」
「おう、学んだ。」
「クスッ。」
私は日焼け止めのキャップを開けながら、無意識にニヤケていたと思う。
「何?」
「別に、何でもないよ。」
遠くではしゃぐ親子三人を眺める。
「牧野、何考えてる?」
「何にも・・・。」
「当ててやろうか?」
「どうぞ。」
「お弁当喰いてえ、だろ?」
「ち・ちがうよ!そんなんじゃない!大ハズレ!」
「ふ~ん、別にいいけど・・・牧野が楽しそうだし。」
「うん・・・楽しい・・・本当にそう。」
ポツリと・・・素のまま、素直に答える私は相当幸せボケだ。
今日のこと、楽しみに考えてくれていた西門さんはこれからも、何か事あるごとにああやって調べてくれたりするんだろうか。
優紀たちを見ながら、未来を投影する私、早合点もいい所なのに・・・でも、ワクワクする気持ちはどうにもこうにも止まらない。
横たわる西門さんを振り返り、見下ろしながら笑顔でお願いした。
「ねえ、背中に日焼け止めローション、塗ってくれる?」
「おう。」
起き上がり、ココナッツの香りいっぱいの白いローションを私の肩から背中へ塗りつけてくれる西門さんの手。
私はもう、その手に掴まってピクリとも動けないし、逃げるつもりもない。
ビキニトップの肩紐を持ち上げ、上から下へと優しく撫でる様に、そして、背中の布も持ち上げ、端から端まで余すところなく丁寧に塗る。
大きな手は数回動かせば足りるだろうに、またローションを掌にたっぷり出したようだ。
「この辺、真っ白。焼けたら腫れ上がるぜ。」
脇から潰れた胸へと続くサイドライン、敏感で最も白く柔らかい部分を覗き込むように腰を曲げ、丁寧に塗ってくれている。
「ずっと触っていてえ。
牧野はどこもちっこくて、すっべすべ・・・これ、俺の特権だよな?」
「まあね、他に頼む人もいないし。」
「誰にも譲るつもりねえし。」
「/////・・・。」
幸せな気分のまま、目をつぶっていると、そんな時にも魅惑的な睡魔がやってくる。
『西門さん、ゴメン、このまま少し眠る・・・。』心の中で謝る私って義理固い?
鼻先を掠める生ぬるい風は潮の香りいっぱい心をすり抜け、窓をサッと開け放つような解放を誘うから。
子供達の歓声や近くを横切る女の子の会話は、優しく包んでくれる真綿のように、それはそれは柔らかくて、こそばすように眠りを誘うから。
どこか遠くの風景を眺めているようで、どんな風かちっとも描けない。
緩んで溶けていく意識は至福だった。
どのくらい時間が経ったのだろう?
ふと、優紀の声がBGMの音の中から、飛び出してきた。
私はうつ伏せのまま、いくらか眠っていたのかな?
「・・・本当に辛抱強いんですから、昔から・・・・ふふっ。
あの・・スピーチ・・・で、泣いてしまって。
つくし、本当に幸せそうで・・・。
西門さん、つくしのこと、よろしくお願いしますね。」
「優紀ちゃんも幸せそうに見えるよ。
良い人と出会ったんだな。」
「ええ、幸せですよ。
西門さんにも感謝してますから。」
優紀・・・。
優紀にとって、西門さんはずっと覚めない夢をみせてくれるファンタジスタだった。
夢を見せてくれる人。
あの時はそんな風に思わなかったけど、今なら少し分かる気がする。
私も西門さんといるとワクワクが止まらないもん・・・。
「主人は穏やかでおもしろくて、それにとっても子煩悩なんですよ。
ほら、銘と上手に遊んでるでしょう?
もし急に彼が消えちゃったら、どうするだろ。
つくしみたいに、長い間、待ってられるかな?」
「優紀ちゃん・・・?」
「ふふっ・・・冗談です。
多分、髪振り乱して探しまくってる・・・もう母親ですから。
彼はそんな事できる人じゃないですけど。」
「へえ~、あの優紀ちゃんがね~。」
「クスっ、つくしももっと強くなるかもですよ。」
「こいつが?もう十分・・・ハハ。」
「西門さん、つくしには大事な事はちゃんと言ってあげてくださいね。
不安にさせないであげてくださいね。」
「!・・・。」
「老婆心で・・・きっと心配無用でしょうけど。
じゃあ、私、旦那さんと交代してきますね。」
ニコリと笑って立ち上がる優紀が見えるようだった。
「あっ、優紀ちゃん・・・・・・、アドバイスをサンキュー。」
優紀の老婆心・・・ホントに昔の話まで持ち出して、昔過ぎるってば!・・・でも、ありがとう、優紀。
「お前、目、覚めてんだろ?」
「えっ?ばれてた?」
ふと、西門さんに手をつながれた。
強く握られた手から伝わる西門さんの気持ちが、こそばくなるくらい響いてくる。
『私達の幸せを守ろうと、何があっても守ろう』と固い決心が伝わってくるよ、西門さん。
旦那さんが戻ってくると、入れ替わりに私たちも海へ入ることにする。
キュッキュッキュッ・・・裸足が砂に食い込むたびに聞こえる音。
西門さんの手に引っ張られ、ズンズン海の中へ入っていくけれど、遠浅の海はファミリー向けに丁度良く、私のお臍の高さで安心だと思った。
優紀に両手を握られ、バタ足練習をしている銘ちゃんに近づいた。
「凄い、銘ちゃん、まだ3歳になってないのに、バタ足できるんだ。」
「うん、赤ちゃんの時からスイミングスクールに通わせていて、水が大好きな子なのよ。」
「へえ~大したもんだ。」
「銘、ここからあのお兄さんのところまでバタ足で行ける?」
えええっ?泳げるの?優紀!こんな子供に、そりゃ無茶でしょ??!
すると、心配を他所に、銘ちゃんは返事もせずに5メートル離れて立つ西門さんに向かってバタバタと泳ぎ出した。
自分がこんくらいの時は、砂浜で遊ぶのがせいぜいだったと思う。
それを思うと、この小さなスイマーが驚異的に思えるし、西門さんもビックリしたようで、咄嗟に腕を広げ、心配そうに見守っている。
1メートル・80センチ・50センチと近づいて、西門さんが根負けしたように銘ちゃんを掬い上げた。
「すげえ~、銘ちゃん、良くできました!未来のオリンピック選手だ!ご褒美に、ホラ。」
そう言って、高い高いをする西門さんは白い歯を見せ、楽しそうに笑っていた。
銘ちゃんもキャッキャッと嬉しそうで、まるで若いパパとその娘のよう。
コアラのように小脇に抱えたかと思うと、もう一回とねだられて、高い高いを何度か繰り返す。
ふと周りを見ると、オバサンから若い女の子まで、無邪気にはしゃぐ嘘親子に視線が注がれている気がした。
その腕にはデイトナを光らせ、濡れた黒髪はオールバックに、わずかに前へ落ちる髪の束からその超端正な顔に雫が落ちて光る、パパにしては格好良すぎ、確かに目立ってる。
いや、浮いてるよ!!
「銘、そろそろ、こっちに戻ってらっしゃい。」
すると、また来た時と同じようにバタバタと、あっぱれな泳ぎっぷりだった。
「牧野、もっと深いところ行こうぜ。」
「ヤダ!」
「大丈夫だって。」
抵抗むなしく、引っ張られて歩き出す。
ズンズン行くと、足下の水温が急に下がり、水面が顎まできていた。
「ストップ!ここでストップ!にしかど~!!」
気付くと、つま先立ちでマジ焦った。
あわてて、大木にしがみつくように、西門さんの身体につかまるのは条件反射。
腕を背中に回し、両脚まで絡ませて、溺れる者、藁をも掴むの心境か。
「ちょっと力抜け。ちゃんと、銘ちゃんみたいに抱っこしてやるから。」
「ええっ?恥ずかしいでしょ。」
「いいじゃん、そんくらい。もう誰もいねえし。」
ニヤリと笑う西門さんの白い歯が、ジョーズのように光って見えるよ。
「そうそう、それでいい。」
私の腕を西門さんの首の後ろで交差させ、胸の間に少し距離を置き、お腹とお腹は密着させて、目の前には水に濡れた西門さんの顔が来る。
「な?平気だろ?」
「うん・・まあ、平気だけど・・・近すぎる。」
西門さんは私の瞳を覗き込み、微かに微笑んだ。
視線を私の瞳から下へとずらす、そして、唇に焦点を当てじっと眺めるように見つめている。
その物欲しげな表情・・・そんなのを目の前にすると、胸がギューッと押される感じがして、何か言わなきゃって思った。
すると、聞こえてきた辛そうに甘えた声。
「牧野、キスしたい。」
「・・・」
思わず、ゴクリと唾を飲み込んで見つめ返す。
西門さんは、私の返事を待たずにゆっくりとキスを落としてきた。
ちょっびり塩辛いキス。
二人の間で、チャプリと波が立つ。
唇を割り進入してきたのは温かいいつもの西門さんの舌で、私の口腔内をなぞるように絡め始め、だんだん深いキスへと進んでいく。
冷えた足元は、西門さんのキスでほんわか温かくなる。
胸の中も温かくなって満たされる、憎らしいほど気持ちいいキスだった。
西門さんに掴まって、このままずっと波間で漂っているのもいいと思う。
子供達の歓声がBGMのように聞こえてくる。
海水はブランケットのように私たち二人を優しく包んで、日常の世界を視界から消してくれた。
つづく
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