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77.
命あるものがせっせと冬支度に励む最中、俺達は結婚式を迎えた。
永遠の愛を公約し、牧野つくしを生涯の伴侶にする。
まずは、天気は快晴、秋晴れだ。
淡い青空に浮かぶいくつもの鰯雲を見上げ、あの頃を回想してみる。
学園を牛耳る飛ぶ鳥も落とす勢いの司を、当時、俺達さえも見て見ぬ振りしていたというのに、その司の顔に、しかも、学園内でキックを入れたブッ飛び女、牧野つくしとの出会いから。
それはかなり衝撃的で、ぬるい学園生活には格好の話題だった。
女を感じさせない言動を遠慮なくからかっていたのに、その女とこうした日を迎えるとは、人生わからないものだ。
喜怒哀楽、どれをとっても太いスジが透けて見えた、どんな逆境においても私利私欲を持ち合わせない者のような選択を見せ、驚かせる。
縁故も金もない高校生のくせ、頼もしい生き方していたやつ・・・羨ましく眺めていた。
あんなに細い身体してるくせに、折れそうで折れないのが不思議でハラハラさせられて、いつの間にか守ってやりたい存在になった。
見慣れた秋の雲でさえ、今日は最高に個性的な一筆書きに見えてくる。
緑色から焦げ茶色へ変移する広葉樹木一帯、既に一枚の葉も残さない樹も見え、頬に当たる乾燥した風が秋気(しゅうき)を振りまき、“秋めいた気分”を誘う。
実りの秋。
西門家に縁ある神社で、日本古来から伝わるやり方で神前結婚式を行う。
俺は着付け専任の手によって平安貴族か?というような束帯を身につけ、最後の仕上げの冠を載せてもらうため、ほんの少し身体を屈めた。
ふと、視界に周が見える。
「おう、来てたのか?」
「ちょうど今ね・・・けど、さすがの総兄も束帯姿は初めてだろうし、窮屈でしょ?大丈夫なの?」
「まあな・・・周、今回は色々手数かけて悪かったな。」
軽く首を左右に振る我が弟に、今日はある計画の仕込みを頼んだ。
「後ろの裾は短くしてもらって、帯も簡略だし、平気だろ。
心配なのは、あいつの方だ。」
「ククッ、牧野さん、今頃、逃げ出したくなってるんじゃない?」
「根性だけは人一倍だからなっ、やると言った以上、意地でも脱がないって・・・ッフ。」
「総兄・・・あのさ、牧野さんのこと泣かせたら、マジでもう知らないからね。」
「おう、わかってる・・・周、お前にも誓っとくわ。心配するな。」
安心したような笑顔を見せる周三朗。
こいつには、家元という重責まで背負い込ませた引け目もある。
茶道家元継承者として、決意の前に払わなければならなかった犠牲、研究の断念、また、つくしへの真剣な恋心を知ってるが故、俺は真摯にならざるえない。
人懐っこい笑顔を残し、立ち去る後姿に俺からもエールを送りたい。
親族控え室へ行くと、西門側の親族と牧野側の親族、それに旧友達の顔ぶれが揃っていて、パっと全員の視線が集まった。
「うわ~、ニッシー、似合ってるよ!似合ってる!ほら、あの几帳の前で昼寝したら、平安貴族になれるよ。」
――― 昼寝かよ?
「ホントですね、源氏物語に出てきそう・・・稀代な色男、光源氏の君って感じですね。」
まあ、自分でも良く似合うとは思ってる。
つくしにも、俺を見て惚れ直すから覚悟しておくように冗談半分言ってある。
「総二郎、お札に出てきそう・・・・牧野が喜ぶんじゃない?縁起がいいって。」
「類、それは一昔前の一万円札だろ?今はな、諭吉さんだろ。」
――― そりゃないだろ、聖徳太子の親父かよ?
「うんうんうん・・・類くん、いいとこ付くね。ついでに、付け髭してみてよ?」
「アホか、コスプレじゃないっつうの。」
「総二郎がその格好ということは、牧野もそういうやつ、着るんだろ?
いきなりガチガチに格式ばって、窮屈なんじゃねえのか?」
牧野に関して、いまだに過保護な思いやりを見せる元カレの司に、とりあえず笑みをくっつけ、受け答える。
「まあ、確かに古い婚礼儀式は西門に伝わるやり方ではあるけども、最後はつくしが決めたから。
親父のいう事聞かず、普通の教会式でも、好きなようにしていいって言ったんだぜ。
跡継ぐわけでもねえし。」
「フンッ・・・まあ、そう言うだろうな、あいつなら。」
そこへ、案内の召集が来たので、ノロノロ廊下に進み出て待機してると、ふいに曲がり角から現れたつくし。
その姿に一同、いっせいに息を飲む。
午前の緩い日差しを受けながら、いわゆる十二単衣を身に纏い、シャナリシャナリと介添えされつつ歩いてくる。
神社の社殿をバックに廻廊を亀のようにゆっくり歩く様子は、遥か悠久の姫君の再来か、楚々とした風情から、美しい藤壺中宮(=光源氏が憧れ続けた想い人)もこんな風だったのか?と思わせる気品さえ香り立つ。
衣装マジックなのだろうが、文句のつけよう無いほど様になっていて、もともと華奢で色白なつくしはいいモデルだった。
「おお~、あれだ・・・雛人形みたいだな。」
「司、それを言うなら、女雛でしょ。」
「おう・・・どっちでも同じだろ。」
「つくし、綺麗~。」
「ホント、お人形さんみたい~。」
親族達からも溜息がもれる。
ようやく1メートル先まで近づいた所で、介添人から止まるように声をかけられ、つくしはようやくホッとしたように顔を上げた。
視線が交差するやいなや、柳・練・桃・萌葱・・・・美しい十二色の袷に包まれたつくしに目を見張る。
淡い陽光が当たり、絵本のかぐや姫のように、自ら光を放ち輝いている。
俺は胸に小鞠をぶつけられた様な衝撃を受けながら、どうにか声を絞り出した。
「・・・!・・・つくし・・驚いた。綺麗だ。」
「///・・・ありがと。」
あわせ部分が開いて、縦に目立っていたのは浅葱色の若々しい青(=緑)の布。
一番上の羽織は、炎のような紅蓮(ぐれん)の着物で鳳凰の柄。
漆黒に光る黒髪は鬘(かつら)だろうが、実につくしに似合っており、その艶かしい映り栄えに、冷や水をぶっ掛けられたように心臓がドキリと音と立てた。
俺を見つめる眼(まなこ)は、白目部分が空に浮かぶ水晶のごとく、青白く透けるように清らかで、大きく見開かれた瞳は、まさに蒼黒(そうこく)色を帯びたガラス玉のよう・・・。
美しい物を眺め鑑賞したいと思うのは、本能であり無意識の衝動で、時間が止まったかのように立ちすくみ、我を忘れ見入っていた。
清浄な気配を破るのは、女達の嬌声で、俺を押しのける勢いでつくしに近づき声をかけるT3達、プラス、つくしの母親。
浮き足立ち、カメラを手にする気持ちもわかるが、厳粛な儀式直前だぞと我に返る。
すると、介添え人が慣れた風にお辞儀しながら、先をせかすように声をかけてきた。
「新婦様がお疲れになりませんよう、進めさせていただきます。」
式次第の通り、進められる婚礼の儀。
雅楽の調べが厳かに始まると、斎主によって身を清められ、朗々と読み上げられる俺達のバックボーンに先祖との繋がりを想い、結びの縁に感じるものがあった。
誓詞、いわゆる、誓いの言葉を読み上げた後、御神酒を交わすが、つくしは三度とも最小限の動きで、ゆっくりと口に運んだ。
箸より重いものを持ったこと無い深窓のご令嬢のようにも見える。
衣装が重いのだろう。
20kgもの不慣れな衣装を着るのは重労働、指輪の交換も手助けをしてはめてやった。
顔を一度上げたきり、後はずっと俯き気味のつくし。
鬘が重いのか?まさか、もうバテ気味なのか?・・・最後までもつか?
心配で顔を覗きこむと、あいつの瞳は潤んでいて、頬は薄ピンク色に上気している、その上、おっとりした仕草はこれまた可愛くて・・・喉が鳴る。
おいしそうなのをぶら下げられると、いつものように顎を持ち上げ、その瞳を思い切り独占したい衝動に駆られるだろ。
だが、それをグッとこらえ身を切られるように手を離した。
これから、たっぷり時間があるわけだし、急ぐこともない。
能舞の祝言が披露され、緊張が解け、祝いムードにかわる頃、無事に儀式が終了した。
それから、写真撮影のために移動した先は、廊下が広く庭園にせり出した板敷き10畳くらいの縁で、まずは夕焼け色に美しく染まる紅葉が目に飛び込む。
花を落とした椿、その下には灯篭と大きな庭石が二つ並んで、そこから先は、精霊が住んでいそうな鎮守の森が始まっており、薄暗くぼやけた静寂の音が聞こえてきそうだ。
その景色をバックに、俺達二人は見つめあったり、手を取り合ったり、いくつかのポーズをさっさとこなしていく。
手際の良いスタッフのお陰で、スピーディに進められる撮影。
すると、何か特別なツアーだろうか、作務衣を着た神社関係者に説明を受けながら庭園を横切ろうとする外国人グループが現れた。
「Oh, my god, how beautiful ・・・・ is that an wedding or something like that ? 」
はしゃぐ声が聞こえる。
その中でカメラを向けようとした男性が作務衣服のスタッフに片手で制されたため、ひどく大仰に残念そうに唸る声も続いた。
すると、横にいた婦人が私たちに大声で直談判か。
「Excuse us, could you please give us permission to take pictures of two of you?」
5本指で俺達を差しながら、下手くそなお辞儀をしている。
つくしを見遣ると、微笑み、同意していたので、快く撮らせてやることにした。
「・・・quickly.」
すると、婦人は歩み寄り、まるで女王陛下に謁見するように、恭しく頭を下げ、膝を一度屈伸させる仕草を見せる。
まあ、俺らの格好は昔で言うなら、貴族の装いなので間違ってはいないが・・・。
つくしは、何か言おうと口を開きかけるが、すぐに口を閉じた。
「ふん? 何か言うつもりだった?」
「いいの。今日だけ、役に徹するから。」
「・・・そうだな、そうやって構えとけ。どうみても、今日のお前は麗しの姫君だから。」
「西門さんこそ・・・似合い過ぎだよ。
こっちが緊張してくるってば。」
「えっ?だから、俯きっぱなしだったわけ?」
また、頬を紅潮させ俯くつくし。
このまま抱き寄せ接吻するのも、サービスという事で許されるのでは?とよぎる。
「なっ?やっぱし、惚れ直しただろ?」
「・・・っもう・・///。」
「う~ん、結婚式っていいもんだな、なあっ?この後も楽しもうぜ。」
「えっ?この後、何かあったっけ?」
「上手い茶を点ててやるから。
久々だろ?・・・俺が点てるとこ見るの。」
「嘘っ!?西門さんが?」
ずっと、跡目を継ぐ事を当たり前に受け止めていた昔の俺。
だのに、人生に航路なし、大きな挫折を思い知る。
真っ逆さまに真っ暗な穴へ落とされ、もうどうしようもない苦悩のどん底でもがいた。
狂ってしまった人生をどうやって再建していいのか途方にくれるばかり。
長く、一人で闇の住人に成り下がり、腐りきっていた。
そこへ、牧野つくしがやってきて、時間を重ねるごとに気力が湧き出るのが不思議だった。
いつの日か、目の前の幸せが物凄く大きいことに気付いてから、急速に浮上したように思う。
今日は心配かけたメンツが勢揃いする。
けじめをつけるのに格好の日なわけで、お礼やら感謝やら今後の決意を込めて、茶を振舞おうと決めた。
そのため、あらかじめ、周に準備を頼み、庭園に即席の野点会場を用意させた。
客の椅子はパイプ椅子だ。
つくしだけは、社殿の広間の縁側寄りに座らせ、扉を全開させて、まさに高みの見物をしてもらう。
挨拶をした後、早速、茶を点て始める。
一服目は、これまでつくしを育ててくれた牧野家の義父に感謝を込めて。
二服目は、我が父への感謝、謝罪も込めて。
続いて、集まっていた全てに心をこめて茶を点てた。
深いお辞儀を何度も繰り返す義父。
ひいき目に見ても、満足そうな家元。
涙を流していた義母。
茶腕を離さなかった母。
他のメンバーも、俺の気持ちを受け止めてくれたと思う。
それぞれのリアクションは生涯忘れられないだろう。
最後に社殿を見上げ、つくしに口パクで「 の・む? 」と聞くと、目を見開き、嬉しそうに頷き返される。
最後の茶碗にはたくさんの気持ちを込めたつもりだ。
でも一番大きいのは、「こんな俺をこれからヨロシク。」というお願いかもしれない。
点てた茶碗は俺が自分で運ぶ。
5段の階段を上がり、不細工ながらも正座して、つくしの前に置いた。
「どうぞ。」
「頂戴いたします。」
最後の一滴まですすり上げたつくしは、茶碗を返しながら、満面の笑顔で言う。
「結構なお点前でした!」
色々あったけど、やっぱり、こいつが側にいてくれれば何もいらない。
いつもそうやって笑っていて欲しい。
真新しいお揃いのリングが光り、守るモノの重みに責任を感じるが、それがこんなに嬉しいことならいくらでも来い。
俺達の第二の人生が始まる。
どこからかモズの高鳴きが聞こえ、一段と空気が澄み渡った気がした。
返された茶腕を手に、再び不細工に立ち上がり、階段を下りる。
とにかく、一歩・一歩、歩いていこう。
この焦茶に磨き上げられた階段に誓って。
つづく
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