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79. 最終回
― 3年後 -
白く霞がかった空の下、淡い桜色に染まる吉野山。
吉野駅から程近い西門家別邸に来る度、この場所がどんどん好きになっていく。
廊下からの眺めは、茶会行事が開催されるだけあり、見事な吉野山を見渡せる。
谷底から尾根へ、例年通り、見頃の桜で染まる大きなキャンバス。
その豪華絢爛なダイナミックさに初めて感動したのが一昨年(おととし)。
「約束の場所に連れてってやるから。」と誘われたあの日、ちゃんと覚えてくれてたことに、胸がキュンとした。
以来、京都-奈良間は近いから、ドライブがてら来るようになり、とりわけ、桜の季節は楽しみで、五感が気持ちよく刺激されるのがとてもいい。
霞の向こう、山に咲いたカリフラワーみたいにボコボコした外形を、目を細め、その桃色のシルエットがよりよく見えないか眺めていると、馴染んだ香りが鼻先を掠めた。
右隣に立ち止まる気配を感じ、知らずに頬が緩む。
振り返らず、空に向かって笑みをこぼすのは、その主がわかってるから。
漂う香りが誰のものなのか。
廊下に二人並び、山を眺める、隣は何を想い眺めてるのだろう?
私は話しかけるのを放棄し、口を噤むことにする。
二人静かに鑑賞する時間(とき)、一人で観るより豊かに感動が胸中に広がってく。
その涼し気な瞳には、きっと満開の桜が映っていて、頭の中では、過去の茶会を投影してるか、もしかすると、俳句を練ってるかもしれない。
コンピューターが作動するように、脳内で複雑にシナプスを繋ぎ、記憶力と創造力を働かせていることだろう。
うららかな春の日光に照らされ、遠くを見遣り・・・音のない静けさに包まれながら、そっと寄り添うように、溶け込むように眺めていた。
なにせ、あの夥しい数。
あのボコボコの一株が一本の桜の木なら、一体あそこには何本の桜が植わっているのだろう?
桜木の途切れは不明瞭かつ不揃いで、無遠慮に咲き乱れてるくせ、山全体に秩序に似た上品さが漂い、人をぐいぐい惹きつける。
胸の中が爽やかな感動で満たされ、溜息と共に感嘆するしか言い表せない
その感動を言葉に閉じ込めるのは困難な作業だ。
近くで見れば、繊細で、ほんのり淡くピンクに色づく花弁の競演が、山脈を登るような威勢で幾重にも重なり、薄桃色が大きく膨らむと、伝説の桃源郷か?と美を誇らんばかりの盛観な風景に変わる。
思わず、瞬きも忘れる。
何があっても、この花盛りが色あせて見えることなんてないと思う。
日本人が惹きつけられずに止まない、大好きなJapanese Cherry。
私は『桜花爛漫』の雄姿を愛でるのに時間を忘れていた。
「上千本の方、満開だな。」
「うん・・・すっごいね。」
「そろそろ、あいつら来る頃じゃねえか?」
「えっ、もうそんな時間?」
茶道西門宗家が生家、何不自由なく育った優男は現在、私の旦那様。
超美形、スマートな振る舞いを振りかざし、眉根一つで女の子を夢中にさせてきた。
それが、夜遊びもせず品行方正な夫に変わり、そのギャップが目立って不思議に思う瞬間がまだ消えない。
運命のいたずらだったのか・・・にしても、人は、逆風を追い風に変え、切り開く力を持っていると教えてくれたのも、この男。
天職だと思えた茶道界から離れ、歴史文化を教える日々を充実させているのだから。
事故当時、F4の悲劇はビッグ・ニュースで、人々の記憶に深く刻まれたらしい。
不幸から再起をつかんだサクセス・ストーリーは世代を超え関心を呼び、大手教育機関に限らず、民間レベルの講演依頼も多い。
バレンタインには、自宅宛に数え切れない数のチョコが届く。
誕生日には、手作りの思いを込めたバースデー・カードやら届く。
手渡しでは受取らないので、そうするしか他になく送って来るのだろうけど。
そんな事は、ニュースの一つとしてさらりと流し、書斎にこもり、仕事の続きや本を開く総。
物凄い努力家なんだと、惹かれ始めた頃から気付いていた。
切磋琢磨が趣味のように、前へ進む姿勢を崩さないのは、今に始まったことじゃなく、一生、受験勉強が続くみたいで、息苦しくない?
時に理解を超え、痛々しく映る時もあった。
その後姿を支えてあげることしかできず、役に立ちたい、力になりたいっていつも思ってる。
けど、ちゃんと良い奥さんできてるかな。
総はマイナスをチャラにして、どんどん磨きがかかってるのに。
年々、憂いを帯びて格好よくなる気がするのは、夫バカなのだろうか?
着物だって、めったに着ないのに、正絹の衣擦れの音にヤキモチ妬きたくなるくらい似合ってる。
「・・・願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃。」
ボソリつぶやく総。
その意味にギョッとするや、肩に置かれた大きな掌から温かい体温が伝わり、勢いよく振り返った。
「そんな歌・・・。」
「ん?西行の有名な歌。
聞いたことあるだろ?」
「うん・・・けどぉ。」
「一雨でパッと散ってしまう儚さ。
それと、仏教の無常の教えが合わさってる。
“散る“不可抗力が痛いよなぁ、見事に咲く桜ほど。
でも、散るからこそ、狂ったように人が集まってくるわけで。」
「もうっ・・・・詠むんなら、死ぬとかじゃなくて、楽しいのが続くようなのを詠んでよ。」
「俺は死んだりしねえから、心配すんなって。」
悪かったという風に、ふっと口元を緩め、微笑んでくれる。
“西門さん”から“総”と呼び方が変わったのはいつ頃だったろうか・・・多分、“パパ”と呼び始めたのと同時期くらいだったと思う。
「明後日は雨らしいぞ、後、もって数日。」
「今は考えないよ。」
「そりゃ、賢明。」
総は肩に置いた手を下ろし、一歩後ろに下がると、私を下から上へあからさま眺めた。
「その着物、やっぱし似合うじゃん。」
「ありがと。」
「明るくなるわ。」
「花見客に暗い人なんていないよ・・・クスっ。」
そういうリアクションは想定内。
以前、「西門流花見の会」でお義母からお借りし、そのまま譲って下さったピンク色の付下げを着ると、皆から褒められる。
今日は、F3とT2を招いて、吉野の春望を楽しもうと企画しており、旧友達もわざわざ来てくれる。
ずっと思い描き、念願叶った特別な日。
『一座建立(いちざこんりゅう)』
以前、総がよく口にしていた言葉がある。
亭主と招かれた客の心が通じ合い、気持ちの良い状態になることを言うらしい。
吉野の桜を見ながら、心を通わせあえたらどんなに素敵だか想像しただけでワクワクする。
私の我侭を総は聞いてくれた。
もてなすことが好きなのを知ってるから、リフレッシュになると思ったから、ここは一つ、どうしても!と総に亭主を頼んだ。
お手伝いの人が旧友達の訪問を告げに来て、揃って皆を歓迎した。
「おうっ、来たか。」
「いらっしゃい~。」
「うっす!」
「つくしぃ~来たよ~!」
「お邪魔しま~す。」
「おうっ。」
「(ニコリ)。」
美作さんは3歳の息子を抱きかかえながらの登場で、後ろには可愛い奥さんも連れて居た。
道明寺も類も、滋さんも桜子も、いまだ独身貴族。
パッと見、それぞれが第一線で頑張る人の煌きを放ち、吸引力を感じる。
ノッてる人は、華々しい。
そんな友人を見るのは、とっても安堵し、嬉しいことだ。
まずは大広間へ通し、部屋の障子を全て開け放ち、見事な吉野山を堪能してもらうことにした。
「ま~きの、これお土産。」
穏やかで静かに響く声は、類。
手には、スミレ色のリボンがかかったベイビー・ブルーの小箱を乗せ、にこやかに私に差し出している。
「何?開けていい?」
蓋を開けると、パステル系クレヨンセットのような、愛らしい果物の砂糖漬けが並んでいた。
「可愛い~、これ、お菓子よね?
フランス語だね・・・行ってきたの?」
微笑みながら、軽く頷く懐かしい仕草。
すると、ふいに英徳の非常階段で和んだ場面が浮かんで、胸の中に、爽やかな風が吹き込んだ。
でも、類は年齢にあった貫禄をつけ、私の大好きな微笑をそのまま、大人と青年が同居するセクシーな男になっている。
綺麗な微笑み・・・きっとモテモテで仕方ないだろうな。
「可愛いお店だったから、入ってみた。」
「ありがとう~、類。」
「うん。」
嬉しそうな類を見ると、こっちまで嬉しくなるから、とびきりの笑顔を作ってみた。
「おい、亭主の前で、じゃれるな!」
「いいじゃん、牧野が嬉しそうにしてるんだから。」
「牧野じゃない、とっくに西門だ。
神様の前で俺らが誓ってるとこ、お前、見ただろうがー。」
「総二郎・・・薬の副作用出てる?怒りっぽくなった。」
「・・・ップ、もう薬なぞ、飲むか。
普通の注意だ、これは~。」
類は別にしても、総は類相手にいつもエラソーだ。
気が許せる相手だとしても、類だって花沢商事の次期社長だよ、後で注意しておかないと。
「つくし、滋ちゃんも持ってきたよ!
マカロンとバームクーヘン!!」
「嬉しい~、ありがとう~。」
美作さんの奥さんも、ホームメイドの焼き菓子詰め合わせを持ってきてくれて、今日はお菓子三昧になりそう。
美作さんの膝に乗っていた長男は、一人で正座しなおし、目の前に置かれたオレンジジュースのストローを口にくわえた。
小さな肩幅、小さな口元・・・だけれど、焦茶色の瞳を受け継ぎ、なんとなく美作さんジュニアになってる。
「司、お前、見合いしたんだろ?」
総が道明寺に尋ねた。
「おう。」
「んで?」
「んで?って?・・・まだ、1回会っただけだし、先はわかんねえ。」
「道明寺さん、それって、また会うってことですか???」
桜子が身を乗り出した。
「脈ありってか?」
今度は美作さんも。
道明寺は廊下とお部屋の境目で、鴨居に両手を置き、伸びをしながら、重そうな口ぶりで答える。
「わっかんねえ・・・まあ、面倒くさくなけりゃ、会うことになるだろ。」
「見合いは、結婚した後、堂々と恋愛できるのが良い所。
特に、恋愛経験の浅い奴にはお勧めだぜ。
なあっ?」
横に座る奥さんに、微笑みながら目配せする美作さん。
奥さんと仲良いのが伝わってくる。
「うっせー、誰が恋愛経験薄いだとぉ?!
黙って、飯食ってるだけだぞ。
エスパーでもなけりゃ、何考えてるかわかんねえだろが。
だからだよ。
救済される立場でもねえし、焦ってもねえし、時間無けりゃ、縁が無かったってことになる。」
「へ?牧野以外の女を人と思わず、礼儀知らずだった司がねえ~。」
「司、敷かれたレールって、毛嫌いするもんでもないぞ。
俺みたいに、フェンスの外側からのぞく立場になると、羨ましい限りだ。」
「・・・・・んなもん、とっくにわかってる。
道明寺に生まれたからこそ、このポジションだ、だがな、このレールをもっと太く強固にしてやる、お袋をひっくり返らせてやるよ。」
「司、カッコイイ!!」
本当に格好いいと思うよ、道明寺・・・思わず、滋さんにつられそうになる。
巻き毛はあいかわらずクルクルしてて、触ると意外に柔らかいのを知ってる。
精悍な表情から、野獣の頃のような強さも感じるし、円滑に仕事を回す緻密さも感じ取れて、立派で、男らしくて、本当にホレボレするよ。
「ッツ・・・ところで、類、お前は見合いしないのかよ?」
「結婚の?
話は来てるみたいだけど、興味ない。
今は仕事が楽しいしね。」
「へえ~、あんた達、大人になったもんだねえ・・・クスッ。
“未来は墓場~“みたいな顔して、アレルギー反応バリに反発してたのにぃ。」
「本当ですよ、変わるもんですよね。
道明寺さんは、大暴れしてたし、花沢さんは、ずっと寝てたし、西門さんや美作さんは女遊びし放題で。」
桜子が溜息まじりに言う。
「兎に角、俺は現状に満足・・・だな。」
「おう、悪くない。」
「まあね。」
その時、襖がスーッと開いて、皆の視線が下のほうに集まった。
小さな男の子が、その円らな目に涙をいっぱい溜めて立っていた。
自分の背丈より高い位置の引き手に手を置いたまま、口を一文字にじっと前を見据えてる。
「あら?起きた?」
私と目が合うと、人の多さに戸惑いつつ、タタタっと小走りでこちらにやって来た。
抱き上げ、涙を拭いてあげる。
「信一郎、こっちおいで。」
総が両手を差し出す。
「ほら、ママのお気に入りの着物、涙で濡らしたら怒られるぞ。」
パパが大好きな信一郎は、寝起きでも、パパOKですんなり身を預ける。
だから、お願いして、その長い腕に託した。
「結局、F4全員、敷かれたレールが歓迎だったんじゃないの?
そういえば、総もレール嫌じゃないみたいだし・・・ね?」
「俺がか?」
「うん。」
「総二郎は、せいせいしてるんじゃねえのかよ?最近の良い噂は耳に入ってくるぜ。」
「・・・まあ・・・そうなのかもな。」
「クスッ、この人ね、信一郎にお茶を教えてるんだよ。
自分が小さい頃されたように、くり返し、教えてるの。」
「あれは、おままごと、遊びな、遊び。」
「おっ、将来は第17代目の家元にする気か?」
「あんなぁ~、そんなつもりあるわけないだろ。
でも、万が一、茶に携わることになれば、役に立つかもと思ってな。
茶道が世襲制なのには意味があって、無意味な内紛を排除するだけでなく、世界観を身につける時間をそれだけ持てるって事だから、小さい頃から始めるにこした事ないわけ。」
「総二郎、素直に認めれば?息子には継いで欲しいんでしょ?」
「息子に託す!か、その手があったな?!総二郎!」
類と美作さんに突っ込まれ、突っ慳貪に言い返す総。
「こいつを、俺の人形にさせるつもりはねえから・・・。」
「でもさ、総・・・いいよ、私。
信一郎が、お茶を好きな子なら、それでも。」
「先輩も、レールに乗せるのに賛成ってことですか。」
「・・んん~、本人次第よ!周くんだっているんだし!」
「・・・お前ら、親バカか。」
「ちょっとぉ!」
道明寺をにらみつけると、予想外に優しい眼で見下ろされていて、思わず、じっと見つめ返していた。
親戚の叔父さんみたいに、ちょっぴり遠くに見えた道明寺。
今までの位置から少しだけズレて、なんだか寂しいような変な気持ち。
けれども、それがこれからの新しい関係であり、きっと長く続いていくのだと感じた。
「さあ、そろそろ、始めるか~。」
「うん、始めよう!」
総の表情は、すがすがしく、嬉しそうだ。
子供達をお手伝いさんにお願いし、皆でゾロゾロ、廊下を移動する。
私の前には総、後ろには道明寺。
総は私の手をとり、固く握りながら前を歩いて行く。
私はその後姿を見つめながら、必死でついていく。
ふと外を見れば、庭にも桜の木が数本あって、それらは花びらが大方散った老木だった。
真黒焦げの幹からは、黄緑色の新たな生命が生まれ、老いてなお、なんて瑞々しい色を作り出せるのか感心する。
目に鮮やかに映る自然の摂理は、本当にすごい。
もう、すぐそこに初夏が待っている。
そしたら、蝉が地上に這い出て、ここもにぎやかな景色に変わるだろう。
一陣の風が吹き、残った花びらがパラパラと風に舞い散った。
これから、桜木は日に日に緑を濃くし、奥の方では来春の準備が始まる、それは回転車のように命ある限り続いてく。
私と総の未来が、この先、どう回っていくのか誰もわからない。
けれども、ずっと側に居て、こうして手をつないで歩こう。
幸せの形があるのなら、きっとこうした気持ちの一瞬だ。
総のリードでずっとダンスを踊っていたい。
総の歩みにピッタリ合った自分の歩み。
二人三脚みたいに、ステップを間違えないよう、呼吸を合わせるのがいいのかも。
試行錯誤しながら、上手くなっていけばいい。
「お前、何、ニヤケてるんだよ。気持ちわる~。」
「はあっ!?///。」
ケラケラ笑いながら、また前に向きなおる笑い声が消えぬうち、手を離し、もう一度握りなおす。
急に空気に晒された総の指は、思いを察知してくれるはず。
リングが光る左手薬指。
特別の一本だけを、5本の指ですっぽり包み込む。
強く、しっかりと・・・自分の爪まで巻き込んで。
思いの丈をぎゅっーと閉じ込めて、そして、ステップを前へ踏み出した。
完
***
総xつく長編、お付き合いありがとうございました。
一年半に及ぶ長い連載でしたが、ついに書き終わってしまいました。
いかがでしたか?少しでも、楽しんでいただけましたでしょうか?
リアクションをいただければ嬉しいです。
Boaの感想はblogに書いておこうと思いますので、ご興味ある方はお越しください。
なお、真面目に書いたお話ですので、面白半分・不快なコメントは躊躇無く削除させていただきます。
Boa
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