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62.
翌日の午前中は、予定通り準備に追われ、あっという間に皆を迎える時刻となる。
ピンポーン♪
「よお、総二郎、元気そうじゃないか。
お前なぁ、たまには連絡くらいしろよな。」
「おう、悪かったな。」
ハイタッチし合う西門さんと真っ白なTシャツに黒いジーンズ姿の美作さん。
胸元にはシルバーの男性用チェーン・ネックレスがキマッている。
二人とも白い歯を見せ、こぼれるような笑顔が贅沢に狭い玄関を満たす。
そして、合うなり抱きついてきた滋さんにバトラーを連れてきた桜子。
ますます大人っぽくなった優紀。
続いて、ダンボール箱を抱えた道明寺と類が顔を出し、二人とも西門さんの顔を見るなり口元を緩め、馴染みの挨拶を派手に交わす。
誰もが屈託無い笑顔全開で、肩に手を置き久しぶりだと言い合う様子は、まるで時計の針を巻き戻し、英徳のカフェにでもいるような光景で、懐かしさで胸が熱くなる。
見たかった光景を目の当たりにし、もう嬉しくて気を抜いたら大泣きしそうだった。
大きな男が4人もいて、ワンちゃんと派手な顔ぶれが揃うと一気にリビングが狭くなり、華やかでにぎやかな声があふれ出す。
優紀がダンボールを開けて、中から次々と名店のお料理を取り出し始め、感動しながら早速テーブルに並べた。
「じゃ、皆、座って!
すごく忙しい人達ばっかりなのに、ホント今日は集まってくれてありがとう。
皆が元気にこうやって集まれることに乾杯しよ!」
「牧野、総二郎に乾杯の音頭譲れよ。」
「道明寺・・・。」
まだそんな事させられない気がしていた私は心配で、西門さんを窺い見る。
水滴で曇り始めたシャンパン・クーペを手に取り、西門さんが静かに口を開いた。
「皆には心配かけて・・・それに長く連絡もしないで悪かったと思ってる。
でも、この通り、なんとか歩けるようになったし、もう大丈夫だから。
残念ながら、家元は弟の周三朗に任せることになったんで、今後、何かあった時はあいつの力になってやって欲しい。
俺は、お陰で放免され、今や自由の身。
もうしばらく、ここ金沢で静養生活を続けるかな。
兎に角、今日は再会を祝って飲もうぜ。」
それぞれ何を感じたのか、幼少の頃より一緒に過ごしていた男達は押し黙り、すぐグラスに口を付ける者は居なかった。
そこにこの人有り!と、パッと電気が付いたように滋さんの明るい声でパーティーの序奏が鳴り始める。
「はいはい、じゃあ、乾杯ね~。
つくし、今日はジェラートも持ってきてるんだよ!
それに、このプロシュートは絶品だから、こうやってクラッカーと一緒に食べる!」
大きな口を開け、アペタイザーを口に放り込む滋さんは、あいかわらずの食いしん坊で、底抜けの明るさでもって盛り上げる才能は天からの贈り物だよね。
「私、金沢って初めてなんですけど、東京のあのギトギトした暑さが無くていいですね。
西門さんがこんな避暑地に居てくれてラッキーですよ。
よかったですね、先輩。」
何だか意味ありげに言う桜子。
「そうだね、とてもきれいな所だよ。
滋さんも優紀も、明日は一緒に観光できるんでしょ?」
口をモグモグ動かしながら頷く滋さん。
「バトラーもお腹すいたよね~。出してあげましょうね~。」
キャリーから出てきたミニチュアダックスフンドは、その黒く光った鼻先を忙しくクンクンしながらテーブルに向かって短い脚を掻いている。
「そいつ、また大きくなったんじゃないか?
もう成犬だろ?やりすぎたら、太るぞ。」
「美作さんに言われなくても、わかってます。」
「そのタンクトップみたいの、パッツンパッツンじゃねえか。」
「こういうデザインなんですってば。」
突然、バトラーは桜子の腕をくぐりぬけ、テーブルの上に両足を載せたかと思うと、素早い速さで目の前のテリーヌをペロリと食べてしまう。
あわてて、テーブルのグラスや食べ物を避難させる私達を尻目に、長い胴体を翻し、テーブルの反対側へ移動するバトラー。
「こら、バトラー、ダメでしょ!!」
「ちょっと~、桜子、早く捕まえて!」
「おい、何とかしろよ!」
長い脚を揃えソファーに上げて避難する美作さんと道明寺。
「おいで。」
混乱の中、場内のざわめきを知らぬかのような穏やかな低音が一声響いた。
「ほら、おいで。」
手にローストビーフのスライスを持って、腕を伸ばす類の声だ。
生成り色の麻のシンプルなシャツが、日焼けして精悍になった類によく似合っていて、ガラス玉のような薄茶の瞳は健在、ますます透明度を増しているみたいだ。
確かUAEから戻って、一週間もたってないはず。
時差ボケは治ったのだろうか・・・いつもマイペースな類が居ると何だか安心する。
「おいで・・・よしよし。」
バトラーは素直に類の手に捕まって、腕に抱きかかえられた。
「また、そういうカロリーの高いやつ喰わしていいのかよ?」
「ダメなの?」
「まあ、今回ばかりは仕方ないからいいです。
でも、デザートを抜きにしますから。」
シャンパンに続き、ワインがドシドシあいていき、男達は自然に近況報告をし始め、私は道明寺が現在、道明寺グループ本社の副社長に就任し、メープル東京の代表取締社長を兼任していることを知った。
「もう社長かよ、司はすげえな。
俺はイタリア修業がまだまだ続きそうだな。」
「でも、あきらだってミラノのあの大きなイタリア支社の長やってるでしょ?」
「ああ、肩書きだけはな・・・下働きばっかだといってもいいくらい、企画から営業と幅広くこき使われてるぜ。」
「類、お前はいつまでドバイに行ってんだ?」
「う~ん、まだわかんないけど、もう落ち着いてきたから、あとは様子見て任せるつもり。
だってあっちは暑くてひどい渋滞だからね。」
「・・・ったく、お前はあいかわらずそんな暢気な事言ってるのか?
日本に帰っても、次のステップが待ってるだけだろうが。」
「うん、そうかもね。」
類はどこ吹く風のように、道明寺の言葉をさらりと受け流し、バトラーとにらめっこしてまるで子供みたい。
それにしても、あの日本語知らずの道明寺が、今は一歩先から振り返り、皆を心配してるなんて想像もしなかった事で、皆より少し大人に見えるよ。
道明寺の身体にピタリと張り付いたVネックの黒いTシャツ。
程よく締まった大胸筋と上腕筋はどうしても目に入る、女性なら誰でもその無駄の無いシャープなルックスに目を奪われるだろう。
クルクルとツヤのある天然の巻き毛の下には、はっきりとした目鼻立ち、血色のいい薄い唇は天下の道明寺グループを引っぱる厳しさと勢いを感じさせ颯爽とすら見えるのは、現在の肩書きを聞いたせいで、単なる思い過ごしかな?
昔、東の角部屋で優しい言葉を吐き、私に甘い口づけをくれた唇があれだったなんて、にわかに信じ難くて、思わずじっと見入っていた。
「な・な・なんだよ、牧野、俺の顔に何かついてるか?」
「ううん、別に///。」
「ふふっ、道明寺さん、貫禄ついてきましたもんね・・・、先輩じゃなくても見ちゃいますよ。」
「そうそう、滋ちゃんも司のこと惚れ直しちゃいそう♪」
「お前ら、今頃、俺様の魅力に参ったか・・・ふっ。」
「もう、私はそういうんじゃないってば!」
「牧野、総二郎が嫌になったらいつでも言え、なっ?」
冗談交じりにそう言う道明寺は、西門さんにも視線を向ける。
「いいな~つくしは。
もとカレからそんな風に言ってもらえるなんて、女冥利に尽きるってもんでしょ。」
「つくし、幸せそう。」
小さく微笑む優紀。
「そうかな・・・優紀も順調でよかったね。」
優紀は彼氏ができて、もう4年になる。
面白いジョークを飛ばす彼は、優紀のことをとても大事にしていて、そんな二人を見ているだけで幸せな気持ちをお裾分けしてもらえた。
「なあ、総二郎、これからどうするか考えてるのか?」
「まあな。」
「お前、まあなって。
NYで何度か茶会に出たが、椅子に座って茶を点ててたぞ。
あれなら、正座じゃないし、十分出来るんじゃねえか?
今まで茶道バカみたいにやってきたのに、もったいないだろ。」
「おう、それなら、俺も出たことあるぜ。
大使館の関係者を招いて、オール立礼式の茶会だったな。」
「・・・。」
俯き押し黙る西門さん。
すると、類が立ち上がり、西門さんへバトラーを「はいっ。」って押し付けた。
「こいつ、牧野の匂いがするよ。」
西門さんの黒い半袖コットンシャツの胸元に茶色いミニチュアダックスフンドが納まる。
真に受けたのか、西門さんは恐る恐る鼻を近づけた後、不可解そうに首を傾げた。
「ちょっと!私は犬の匂いなのぉ?西門さんも類に合わせて匂わないでくれる?!」
「バトラーには最高級のシャンプーを使ってるんですよ!」
「牧野、こいつと同じの使ってるのかな・・・クスッ。」
滋さんと優紀まで、バトラーに近づき鼻を寄せようとする。
「え~、わかんない。ちょっと、先につくしのを匂わせて。」
「ヤダ、止めて、こそばいから、滋さん。
もう~、類が変なこと言うから~。」
今度はポケットから携帯電話を取り出して、細長い指で触り出した類。
ブラブラとぶら下がるストラップに目が行き、それがバレンタインのプレゼントだとすぐ気が付いた。
ちゃんと使ってくれてるんだ・・・心がちょっと跳ね上がる。
類には銀製の音符やら、西門さんには本やら月のデザイン違いを、どちらにもマカライトが末端に付いた新進気鋭のアーティストさんの作品が気に入って決めたんだ。
西門さんもそれに気付いたようで、じっとそのストラップを見つめていた。
「総二郎、これいいでしょ、俺のお気に入り。」
類は機嫌よく面白そうにストラップを触りながら、独り言のように言う。
「おい、桜子、この犬。」
西門さんは不機嫌そうに桜子の腕にバトラーを押し返し、新しいワインボトルを手に取った。
突然、パンパーンっと花火の音。
近所の若者が、終わりゆく夏を惜しみながら、残りの花火を始末しているのだろうか。
リビングのカーテンを開け、外をのぞき見た。
「あっ、あそこだ。
ねえ、皆、来て!花火やってる・・・よく見えるよ!」
「ホントだ。」
「どこどこ??」
「きれいね~。」
いくつかのシルエットがお地蔵さんのように並び、仲良く去り行く夏の風情を楽しむ。
思いがけない御興に、小さな歓声を上げながら喜ぶT4。
その時、私の腰に触れるものがあった。
横を見ると、ワインを一口啜り、その赤い液体が喉を流れ落ちていく様が見えるよう、上下にはっきり動く喉仏がすぐ目の前にある。
そして、ゆっくりこちらを向く西門さんの瞳とぶつかった。
温かい手はしっかり私を包むように添えられて、少し上滑りに背中へ上がり、瞳がだんだん近づいて、そのまま私の髪の中へキスを落としてきた。
へ?
西門さんの香りでむせ返りそうな状態の中、耳元で囁かれる。
「牧野の匂いの方がいいよな。」
言葉の魔力か、香りの魅惑か、それとも、お酒の酔い心地のせいなのか、一瞬、足の裏が痺れるような感覚で、立っているのも大変、痺れは腰まで駆け上がり、砕けそうになるのをなんとか立て直し、文句の一つでも言おうと口を開きかけた。
「オアツイネ、お二人さん。」
「お前らの仲のいい様子も見れたし、そろそろ俺ら帰るわ。」
「うそっ、もう?」
「おう、空港が閉まる前に行くわ。」
聞くと、道明寺のジェット便を小松に待機させているらしい。
F3は旧友を励ますため、数時間をあけてやってきたのだ。
観光どころか、これ以上ゆっくり出来ない様子。
そして、来た時と同じように、大きな男達はゾロゾロ廊下を歩き、挨拶を交わし合った。
「じゃあな、総二郎、ガンバレよ!」
最後に道明寺が西門さんの肩をたたきながら、大きな笑顔でそう言ったのが印象的だった。
2週間後、空は高く、きれいな青色の秋晴れ。
乾いた風は木々を揺らし数枚の木の葉が、目の前を優雅に舞い落ちる。
夏の余韻は跡形さえ感じられな肌寒い午後だった。
西門さんが私にこう言ったのだ。
「牧野、聞いて欲しい。
もう、ここには来ないでくれるか?」
「え?」
「・・・ごめん。」
「急に何言い出すの?」
「頼むから、何も言い返さずに我侭を聞いて欲しい。
別に、前みたいに逃げる訳じゃあないぜ。
ちゃんと自分を取り戻したいから、納得できるまでは会わずにいたい。」
「ど・どうして・・・今・・・。」
「俺は牧野が好きだし、ずっと一緒に居られたら幸せだろうと思ってる。
多分・・・ずっと変わらないだろうと思う。
だから、こんな俺じゃあダメだろ?
いや、ダメなんだ・・・絶対。」
「何言ってるのよ!どんな西門さんでも私は側にいたいって言ったでしょ。
それが幸せなんだもん!」
口を一文字にして、何も言わず大きく首を横に振る西門さん。
「牧野が許しても、あいつらに恨まれるし・・・っふ。」
「あいつらって・・・。」
「ホント、牧野の気持ちは俺にとって一番ラッキーな事なんだろな。
でも、わかって欲しい。」
「いつまで?いつまで待てばいい?」
「簡単には行かないだろうし、長くかかるのは間違いないな。
だから、牧野を縛る資格なんか無いのもよく分かってる。
もしかすると、上手くいかなくてこれきりもう会えないかもしれないし。
もし、牧野がその気になったら、新しい恋愛や結婚をすればいい。
女なんだから、いつまでも馬鹿みたいに待ち続けるなよ。」
「そんな・・・。
ねえ、今までみたいに、側にいてはダメなの?」
「ああ・・・ごめん・・・誰にも遠慮することなく頑張ってみたい。
そういう性分なのかもな。」
「どうしても?」
「ああ。」
「未来のためだよね?前向きに考えてるんだよね?」
「ああ。」
「ずっと会わないつもりで追い返す訳じゃないんだよね?」
「もちろん。」
「わかった・・・。」
「・・・。」
「でも、一つだけお願いがある。
ずっと西門さんにお願いしたいと思ってたこと。」
「なに?」
「想い出が欲しい・・・忘れる事のない物を身体に焼き付けて欲しい。」
西門さんの瞳が凍りついたように開き、息を飲むのがわかった。
「・・・っ!?」
「だって、後悔したくないから。」
「俺が言った意味ちゃんと分かってるよな?
もう牧野と二度と会わない可能性だってある男なんだぜ。
俺たち何も約束してないんだぜ?」
「そんな事ないもん。
西門さんのこと信じてるもん。」
西門さんの喉仏が動き、信じられないというような表情を見せる。
「本気か?」
私は迷わずコクリと頷いた。
「後悔するのは二度とイヤなの。」
つづく
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