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61.
「そんなに悩むなら、どっちも買っちまえよ。」
「私は1束だけ買いたいの。」
「たかが野菜だろ?余ればまた食べればいいだけだろ。」
「馬鹿なこと言わないでよ、一つで十分。」
西門さんは助手として大型カートを押しながら、子供のようにピタリと後ろから付いてきて、それは歓迎なのだけど、その口にチャックはついてないの?
案外、せっかちなんだ、西門さん。
「お前、さっきからどんだけ野菜に時間かけてる?」
「そりゃそうなんだけど、いいじゃない。これも楽しいの!」
答えながらも、手と目は忙しく動くのを止めない。
「ッフ、目を皿のように・・・そんなに真剣になるか?」
クレソンの大束を2つ手に取ったまま、呆れたような顔を作って振り返った。
「私は食べたい物を買いたいの、ちょっと黙って待ってて。」
何もわかってない、西門!
料理のイマジネーションはここから始まってるのよ。
野菜売場は吟味の勝負の場なの!
玉ねぎなら、芽が出ていなくて、全体が均一でしっかりしているもの。
じゃがいもなら、表面に皺・傷が無くハリのあるもの。
トマトなら、見るからに赤くツヤがあり美味しそうで、ヘタが元気に緑色のもの。
スーパーに並ぶ商品に目が利くのは育った環境の賜物なんだから。
ようやく吟味し終え「行こ。」と告げると、休めの姿勢をほどきながら私に向かってニヤニヤするスラリと見るからのモテ男。
「何?」
「別に。」
「こんなことに一生懸命になって馬鹿みたいって思ってるんでしょ?」
「いいや、クルクル動いて、おもしれえなって思って見てた。
お前、何でも一生懸命だよな。
どっからそのエネルギー出てくるわけ?」
「西門さんとスーパーにお買い物なんて初めてだもんね、珍しいだけでしょ。」
「・・・ッフ。」
「そうだ、シャンパンを冷やしておく?
西門さん、ワイン選んでよ。」
「リョーカイ。」
スーパーはもともと酒屋が前身だったらしく、膨大な種類のお酒が並んでいて、お値段もピンからキリまで勢揃い。
西門さんは酒類の陳列棚を素通りし、壁側に設置された薄暗いワインパントリーへ入っていく。
主にビンテージワインが置かれてあるところだ。
その世界は西門さんにお任せするしかないのだけど、その中の一本買うだけで、今日の野菜が何セット買えるかわかっていますでしょうか?
西門さんにお任せすると、破産する。
「あの~、もうちょっと安いのでいいよ。人数もいることだしさあ。」
聞く耳を持たず、あれこれ物色している西門さん。
「ねえ、聞こえてる?あっちの棚に並んでるやつでいいじゃん。」
西門さんは顔をあげ、呆れた顔で口を開く。
「俺も飲みたいやつを買いたいの、ちょっと黙って待ってて・・・ッフ。」
語尾におちょくるような『・・・ッフ』がついてるし。
「もう、真似して。」
「おっ・・・そういえば、牧野、俺のサンドウィッチまだ食ってなかったよな?
明日の朝は、上手い手料理をご馳走してやるわ。」
ベーカリーコーナーの前で立ち止まり、スライスされたパンを遠目に見ている西門さんは良い事を思いついたように嬉しそうだ。
手料理って・・・サンドウィッチでしょ。
きっと準備で忙しい私に代わり作ってくれるのだろうけど、私には西門さんが一緒にそうやって旧友達のもてなしを考えてくれるのが何よりも嬉しい。
レジでの支払いは全て西門さんがしてくれた。
「ごめん、また出してもらって。」
「トーゼン、そんなことくらい気にするな。」
何も言わなくても、西門さんは入れてもらった袋やワインをさっさと重い物から順にカートに戻し、助手として役立ってたりなんかする。
「よし、これだけだな?じゃ、行こう。」
「サンキュ、西門さん。」
笑顔でそう言い、タクシー乗り場へ移動しようと出口へ身体を向けると、サッと西門さんの左手が私の背中に伸びて来て、労わるように優しく押し出した。
小さいものを守るように添えられたその手は、もう離れない不思議な安堵感を思い起こさせる。
西門さんからそんな風に触れられるなんて、水戸の梅園以来のこと。
だんだんその手が背中いっぱい大きく感じられ、全ての意識が集中し始めると、とたんに心臓がドキドキうるさく鳴り始める。
スーパーではありがちな光景、けれど、私の頭はどう反応するべきかで大汗状態。
西門さんが出かける間際、あんなこと言うからだ。
『牧野、俺やっぱお前のこと好きだわ。』
沈黙の間ずっと私に向き合う眼差しは、焦点がつかめず、どこを見ていたのか・・・まるで私を透過するかのように深く、冷静でとても涼し気だった。
力みながら見つめていたのは私一人のようにも思え、もしかして、からかわれているのか?と思う。
けれど、冗談なんかじゃなく、観念したように率直で迷いのない様子だった。
余りに突然、しかもさらりと言われて、ホント調子狂うよ。
理解しようと見つめ返しているうち、西門さんが視線をはずした。
「西門さん・・・・手・・・。」
「別にいいじゃん。好き合ってる者同士・・・だろ?」
好き合ってるって本気なの?
西門さんの意図がさっぱり読めなくて、どうすればいいんだか。
「牧野、さっき言ったこと冗談なんかじゃないって、マジだから。」
左手が背中からスッと離れ、カートへ戻っていく。
昼間の太陽は容赦なく二人を照らし、西門さんの黒いサラ髪と綺麗な肌色の鼻先はキラリと眩しくて、そのままジリジリ音を立て焦げていきそうだった。
つづく
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