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信じてる

西門総二郎x牧野つくし

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信じてる 60
shinnjiteru60

60.

俺は瑠璃ちゃんから届いたポストカードを手に取り、再びその写真をじっと眺める。

一週間前、海外からの絵葉書が郵便受けに入っていた。

異国情緒たっぷりな風景は、アジアンチックな観光名所で、静かな夕刻の様子を伝えている。
陽が沈みゆく時刻、緑豊かな美しい場所に、それぞれ頭上に設置された細いアローの先っぽを、グレイッシュブルーの大空へビュンビュン放つように真上に伸ばす真白い仏塔郡の写真。
木立の影になって、ほの白く浮かびあがる背の低い仏塔郡、その左手に胴体が一際大きく背の高い黄金色の仏塔があり、そこだけ残照が反射し神々しい気品と輝きを見せている。

Wat Suan Dok, Chiangmai, Thailand

確か、チェンマイ王族の墓。

裏を返すと、瑠璃ちゃんの小さな字がびっしりと並んでいた。

ご無沙汰しています。しばらく西門さんへ連絡しなくてごめんなさい。 実は今、タイのチェンマイにいるんですよ。強引に兄の出張についてきて、3日目です。この絵葉書、きれいでしょ?昼間の時間つぶしに行ってみたら、こんなきれいなお墓を見つけました。世界に目を向ければ、色んな形のお墓があって、異教徒でさえ心惹かれるものですね。日本に帰ったら、私もどこかに連れ去ってくれる人がいないか本気で探してみようかな。お部屋は兄と同室ですが、(告白です!)昨夜は西門さんの肌が恋しいと思いました。身体は正直で困ります。でも、兄以外にも男は居るって希望が湧いてきます。ありがとう、西門さん。お元気で。瑠璃子より 

生活面は母屋の人が来てくれるし、金沢を一人でぶらつくことも平気になってきた俺は、瑠璃ちゃんから長く連絡がないことに気付きながら、こちらから連絡しないでいた。

『・・・時々、私を抱きながら、頭の中で違う女性(ヒト)とすり替えてる。』
そう指摘する瑠璃ちゃんをさらに傷つけるわけにもいかなかった。

単純にはけ口として利用し続けた俺は責められて当然と思っていたが、瑠璃ちゃんは遠い異国でどう整理つけたのか、今も俺に感謝しているみたいだ。

女って、やっぱわかんねえ・・・繊細なようで、俺よりよっぽど図太い生き物だよな。
あの雑草女の牧野だってどんな神経してんだか、へこたれねえ所、驚異的だし。


瑠璃ちゃんがどういうつもりで兄貴の出張について行ったのか触れられてないが、何かの決意を胸に秘めた旅だったろうし、幸せ探しの旅なのは間違いない。

心休まる風景とタイの人々の微笑みが、苦しむ瑠璃ちゃんの心を宥め、落ち着かせ、そしてゆとりを分け与えたのだと想像できる。

ブラコンなんて、ヤバイ奴じゃねえかと思ったけれど、話を聞いてみれば、まともな考え方をするちゃんとした娘だった。

その悩みにはさすがに共感してやれなかったけれど、何度か抱いているうちに、あいつの瞳の中にも俺を求める普通の女の欲望がちゃんと見てとれて、望み通り、新しい世界に連れて行ってやれたと思ってる。

まあ、俺も随分楽しい思いをさせてもらって、こういう場合、どちらかというと男が得だよな。

結局、瑠璃ちゃんは俺に見切りをつけ、歩き出す気になったということで、この絵葉書は俺からの卒業宣言ってことか・・・。

俺も牧野に対して、いつまでも中途半端な態度を取るわけに行かないし、かといってこのまま、牧野の気持ちを受け入れ、なし崩し的にあいつを抱き寄せてもいいものか?



こんな俺に牧野を幸せにすることができるのだろうか?
今の俺に一体何が残っている?

どこをひっくり返しても、何もないだろ。

まだ何も取り戻していないだろ。

絵葉書をひっくり返し、再び異国の、それも大昔の王族の墓を虚ろに眺めた。

黄金の塔は威厳に満ちて美しい。
かつて俺が目指していた茶道の世界にもこれとよく似た象徴があったことを思い出さずにいられず、実家の顔ぶれと今生庵の古い佇まいが脳内をよぎる。



王族達は皆、終生の役目を全うし、この美しい墓所で永遠の眠りにつくのを許され、さぞ盛大に黄泉の世界へと送り出されたことだろう。

幼少の頃より剣術の練習・戦術の勉強、さらには帝王学を叩き込まれ、即位後は、己の解放を慎まねばならない孤独を背負い、生きぬいた者達の安住の墓。

だからこそ、こうして一際輝いていられる。
あの強靭な気力なくして、勤まらないのが王座だと理解する。

こんな風に理解できる環境に育った俺なのに、今の俺はどうだ。
途中でドロップオフし、メインロードに背を向けたまま、今はのらりくらりと過ごしているわけで、都落ちもいいところ、西門流の歴代の家元にどうやって顔向けできるだろう。


俺は一体何をやってるのか。
事故から既に随分日がたっているのに、立ち止まったまま一つも進めてはいない。
茶道も牧野も、全てを諦め放棄し、ここ金沢で一体俺は何を探すつもりだったのか。

納得できるビジョン、いや生きていく方向性さえつかめないまま、月日が過ぎていた。
与えられた一度きりの人生、レールをどこにスウィッチさせて最後まで全うしたいのか霧の中だ。


だが、ここでハッキリわかったものもあった。
それは、俺には牧野の笑顔を跳ね除ける術が、情けないくらい微塵も無く、愛しい女はますます愛しく、ますます大事な存在になりつつあるということだ。


俺の腐った心の窓は牧野によって、こじ開けられ、新鮮な空気を無理矢理送り込まれた。
最初は戸惑い追い払うつもりだったのに、所詮、そんなのは無理なこと。

牧野のあの強い瞳が俺を見つめ、耳に届く伸びやかな声で、小さく震える細い肩と僅かに紅潮した頬を俺に見せつけながらああ言った時。


『お願いだから、私を拒まないで・・・。』


あの時点で、俺は降参だったのかもしれない。
か細く、表面を張る薄い膜のような言葉が俺を包み込んだ。

心底、あいつを拒めることなどできるわけない。


牧野、お前は待てるか?
こんな俺を信じて待てるか?
俺が自信を取り戻すまで待っていられるか?

ピンポーン♪


インターホンをのぞくと、本物の牧野がそこにいた。
ポストカードを乱暴にテーブルに置き、俺はすぐさまロックを解除する。

「西門さん、また来たよ!今回は2泊、よろしくね。」

フォークロワ調のショート丈のワンピにスパッツという軽快ないでたちの牧野。
あいかわらず薄化粧の顔は、はるばる遠出してきた26女にしては、えらく気を抜いてるんじゃないか。

けれども、まあ、それが可愛いく見えるのだから、俺の趣味もよくわかんねえ。

「西門さん、早速だけど、今日は買い物つきあってよ~。
明日は、いよいよF3と滋さん達が来る日だもんね、準備しないと。」

「だから、料理は母屋に頼めばいいって言ったろ?
向こうは人がいっぱいなんだから、何の遠慮することもないって。」

「いいの、いいの。
私の発案なんだし、迷惑かけたくないよ。
それに、西門さんも手伝ってくれるでしょ?」

「俺が?料理のヘルプ?」

「そう!まあ、頼んない助手だけど、背に腹は変えられないし我慢してあげるよ・・・ッフフ。」

牧野は慣れた手つきで、冷蔵庫を開けミネラルウォーターをグラスに注ぎ、それを一気に飲み干した。

「あ~、おいし!生き返る~。」

「今日も外は暑かったか?」

「外はまだまだ残暑がしぶとく残ってる。
西門さん、朝はちゃんと起きて、太陽の陽を少し浴びたほうがいいよ。
ずっとクーラーの部屋ばっかだと病気になっちゃうから。
あれ?ねえ、これ・・・素敵な写真・・・アジアっぽいけど・・・エアメール?」

牧野はテーブルへ行き、絵葉書の仏塔郡を眺めている。

「その写真はタイの王様のお墓。
前ここで鉢合わせした奴いただろ、あいつから。
兄貴と一緒に行ってるらしいわ。」

「瑠璃ちゃん?お兄さんと旅行なの?」

「日中は一人で観光地をブラブラ散歩して、あまりハッピーな旅行じゃないみたいだけどな。」

「そうなんだ・・・大好きなお兄さんと一緒なのに残念だね。」

「あいつ、もうここには来る気ないんだと。
どうやら、俺、振られたみたい。」

「え?・・・私が余計なこと言ったせい?
瑠璃ちゃん、そんなに気にしてたの?」


じっと絵葉書を凝視する牧野。
牧野が気を病むことは何もないのに、すぐ自分のせいにしたがって、また瑠璃ちゃんのことを心配してる。


「裏を向けて、読んでみろよ。
スッキリしてるみたいだから。」


牧野はゆっくり絵葉書を引き寄せ、頭から読み始め、そして読み終わるなりポソッとこう言った。


「きっと、瑠璃ちゃんは・・・西門さんともっと一緒にいたかったんだね。
もしかして、好きだったのかな。」

「いいや、そんなことないって。
俺らそんな甘いムード一切無しのあっさりした関係だから。
本人自身がそう言ってただろ。
まあ、牧野の出現にはちょっと焦ってたみたいだったがな。」

「焦ってるってことは、既にもう感情がからんでるじゃん。
やっぱり切り離せないものなんじゃないの?
最初は身体だけのつもりだったけど、心も動いちゃった・・・。
西門さんのこと、お兄さんとは違うところで、大切に思い始めてたんじゃないのかな・・・言えなかったんじゃないのかな・・・瑠璃ちゃん。
女の意地だけで焦ったのなら、こんな風に告白付きのカードなんて送ってこないよ。
そんなこと、一緒にいて西門さんが見抜けないはずないんじゃないの?」


下から見上げてくる視線は、伺うようにも責めるようにも取れる。


瑠璃ちゃんが見せた涙を思い出すと、牧野が言ってる事も有り得なくない・・そう思えなくも無い・・・確かに。


深く関わることを怨むように避け、『同じ女とは三回まで主義』と得手勝手に決め込んでた俺は、媚びてくる女の扱いや女の子を気持ちよくさせてあげるのはお手の物だったが、あんな長続きするなんて異例中の異例、初めてのことだった。

まあ、足の故障でついに年貢の納め時と諦念すら悟っていた俺には、三回主義など昔話にしかならず、本能のまま瑠璃ちゃんを抱き続けたのだ。

ずっと雲を抱くような実体の感じられない不思議な感覚、ずっと靄の中での交わりのようだった。

情けなく余裕もない己の有様に背を向け、牧野への恋慕からも背を向け、瑠璃ちゃんと一緒に靄の中へ逃げ込みたかった俺の甘えで新たな悩みを与えてしまったなら本当に申し訳ない。

どんだけ複雑にこんがらがっていたんだろうか・・・瑠璃ちゃんの胸ん中。
けど、つくづく女はわかんねえ。

男と女の違いと言えばそれまでだが、最後まで心と身体を生理的に割り切れるのが男。
俺の気持ちがブレることなんか考えられない。
心に入って来た奴は、一人。
目の前に居る奴だ。
絵葉書を大事そうにテーブルに置いた奴。

・・・ただ一人だけ。


「牧野。」

「ふうん?」

「俺、やっぱお前のこと好きだわ。」

つづく

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