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59.
ベッドルームのダウンライトを最小限の明るさまで落とし、マシュマロのように柔らかな素肌の上を指の腹でゆっくり這い回る。
そして、その度、自分より小さなその肢体に夢中になる。
男は誰でもそんなもんだろう。
折り曲げ、くねらせ、陰影の深みまで堪能しつくし、最後に中身をいただく。
果ててしまえば、ドッと重力を感じ、耐えられずに全身ベッドに沈み込む。
生娘だった瑠璃ちゃんは回数を重ねた分、包容する準備にも慣れ、抱き心地もよくなってきた。
だが、容赦なく激しく抱いてしまうのは、それだけの理由でないことをこいつも気付いているだろうか?
隣で天井を見つめたまま何も発しない裸の女。
もしかして、やり過ぎたか?
「瑠璃ちゃん、大丈夫か?」
「・・・。」
ダウンライトの明かりをほんの少し上げ、肘をマットに付きながら瑠璃ちゃんの横顔を伺った。
すると、透明の液体が目の端からみるみる湧き出て、耳の方へツーっと流れ落ちる。
「ど・ど・どうした?なんで、泣いてる?どこか、痛むのか?」
首を振る瑠璃ちゃん。
「じゃ、何がつらい?」
「つらいよ・・・何もかも。」
「何もかもって、身体のどこかが痛むとかじゃないよな?
胸ん中の話だろ?」
「・・・ねえ、私をどこかに連れ去ってくれない?」
瑠璃ちゃんは、ずっと天井をみつめたまま涙を隠そうともせず、俺にそんな無茶を言う。
「・・・どこに行きたい?」
「どこでもいい、誰も居ないところならどこでも。」
「大好きな兄貴がいない所でいいわけ?」
「ううっ・・・結局、私は行くとこ無いの。」
「何を言ってる?何かあった?」
俺は瑠璃ちゃんの頭に手を載せ、優しくあやすように撫でてやる。
「・・・うっ。」
「・・・。」
「もう、西門さんの所には居れないよね。」
「何でだよ。
好きなだけ、居ればいい。
瑠璃ちゃん、牧野に言ってただろ。
俺たちは身体だけの関係だって、始めから割り切ってただろ。
今さら何?
それとも、目的達成したら、一回きりでお終いの方がよかった?
俺も俺だったけど、合意の上だっただろ?」
「わかってるよ。
よく覚えてる。
飛び込まなきゃぁ、わからないと思ったあの時の勇気、男になんかわかんない。
忘れてる訳じゃないの。」
「じゃあ、俺を選んだこと、後悔してるわけ?」
「・・・そうかもしんない。」
「兄貴と何かあったから?」
「別に無いよ。
あってくれたら、笑って万々歳なのかもしれない。
男性(オトコ)に抱かれてること、とっくに気付いてるくせ、その話題は腫れ物扱いだし。
胸も触ってこない、キスだって西門さんがするのとは全然違う。
あいかわらず、放し飼い状態だもん。」
「じゃあ、なんで泣く?」
「幸せになれなくて悲しいから・・・。
どうしていいかわからなくて、涙が勝手に出てくる。」
「そんなの、考え込んでも仕方ないんじゃないか?」
「でもね、西門さん、私って空っぽな入れ物じゃないんだよ。」
「・・・ふん?」
「西門さんが激しくなるのは、牧野さんを頭に描いてるからでしょ?
だって、彼女が来てからだもの。
時々、私を抱きながら、頭の中で違う女性(ヒト)とすり替えてる。
身代わりはイヤ。
我儘なんか言える立場じゃないの、わかってる・・・けど、そんなの悲しいよ。
なんだか自分でもよくわからない、どうして泣いちゃうんだろ?」
「・・・。」
「好きなんでしょ?西門さんは牧野さんのことをとても。」
「昔・・・好きだった。」
「うそ。」
「牙城が高くて、面倒くせー女。
そんなのに手出すわけないだろ。」
「つまり、西門さんに意気地がないだけなんだ・・・わざと目を反らして諦めているだけ。」
「はあ?」
瑠璃ちゃんが涙を見せながら、俺にパンチを喰らわせるような女だったと思ってもみなかった。
小さな青い実だったくせに、裸の間柄になると、突如として熟れた果実の芳香を感じさせるのが女。
不思議な生き物だ、わかんねえ。
まさか、瑠璃ちゃんがそこまで踏み込んでくるとはマジで驚いた。
そのつぶやきは胸を突いた響きだった。
なぜなら、それは図星だったからだ。
やがて、金沢に夏が来た。
ギラギラした太陽が照り始め、開け放たれた窓から子供達の泣き声が大きく聞こえるようになった。
夕暮れにはいっせいに蝉が鳴き始め、実家の庭園を思い出させる。
「西門さん!ニュースだよ。
今度ね、F3がここに来るってさ。
もちろん、滋さん達も一緒でね、昔みたいに騒ごうって話になったのよ。
ねっ、いい話よね?
類の帰国に合わせてスケジュール調整するって言ってたけど、西門さんのスケジュールは?」
牧野が皮肉を言っていないのは承知だが、多忙な旧友達に比べ、無職の俺が忙しいわけも無い。
「了解、日にちが決まったら教えてくれればいいし。」
「うん!」
実家に頼りきった毎日、ここではまるきり風来坊だ。
この生活も長くなり、板についてきた。
大事な予定すらなく、事故前の忙しさはまるきり違う世界の住人で、あれは遥か昔のように思える。
「牧野、今日は美術館でも行くか?」
「西門さんの注釈付きで観て回れる、やった、ラッキー!」
牧野は俺が誘うといつも嬉しそうに笑い、そんな顔が見たくて、まあいいかと誘ってしまう、一瞬の牧野の明るい笑顔に癒される俺。
やっぱり見たいものは見たいから、いつの間にか、再び、あいつを受け入れていた。
牧野がここに来始めて半年、改めて、あいつの図々しさに幾度も唖然とさせてもらった。
言葉を変えれば、あいつの芯の強さに閉口し、降参したのだが、そもそも牧野は気付いた時には俺の中に入り込み、いつの間にか勝手に住みつきやがる奴だった。
天下のF4の一人、ポーカーフェイスで知られた俺が心に蓋をして、隙を見せずに対峙していても、あいつだけはスーッと心に入り込み、フッと緩ませる何かを持ってる。
そして、俺の関心を捉えて離さない奴だった。
「西門さん、前から気になっていたんだけど、このパンフレットは西門さんのためのもの?
もしてかして、学校に行こうって考えてるの?」
牧野は、積まれた大学案内のパンフレット等を手に持って、ペラペラめくっている。
「まだ、決めてない。」
「そうだよね・・・ゆっくり考えなきゃ、これからのこと。
私で何か出来ることがあったら、何でもするから言ってね。」
「おう、サンキュー。」
牧野のTシャツから伸びた二本の腕と細いジーンズのウエストは、とても頼りないにもかかわらず、俺を助けようとする笑顔はものすごくデカイ。
「でも、西門さんがまた学生に戻ったら、私も並んで一緒に勉強したいな~。
最近、学生時代にもっと勉強しておけば良かったなってよく思うのよね。」
「おい、誰が学生に戻るって?」
「え?勉強するつもりでパンフ集めてるんじゃないの?」
キョトンとする牧野。
「・・・教える側。
講師とか、色々あるだろうが。
実際、話を貰ってるから、それで調べ始めたってところだ。
飯食うための給料貰うってこと。」
「あ!そっか。
女子大だったら、やばいんじゃないの?
モテモテで、授業にならなかったりして・・・ハハハ。」
ストレートの髪を揺らし、出かける用意をし始める牧野を見ながら思う。
こいつさえ側に居てくれれば、後はどうでも関係ないと・・・。
今の俺は、確かに意気地が無い。
諦めなければいけないと思いたったあの時点へもう一度戻り、今の自分と真正面から比べてみる。
そして、何を選ぶべきかもう一度考え始めた。
つづく
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