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信じてる

西門総二郎x牧野つくし

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信じてる 64
shinnjiteru64

64.

あれから、ようやく1年が過ぎた。
振り返れば一年なんて、たかが365日。
大したことないって今なら言える。


まだ暗く、陽が昇る前に動き出す新聞配達のバイク音。
子供達の挨拶が通りに響き、私も溜まった洗濯物のスイッチを入れる。
だんだん白から色づく空の下、日々の繰り返しをこなす音で、町が次第に目覚めていく。
にぎやかな営みが再び始まり、動き続ける人々の生活。
交差し合って成り立つ世の中、決して止まらないのを実感する。


移り変わる季節も愛しい。
朝露に光る朝顔を愛でながら、障子を開け放ち、きちんと点てた朝一のお茶。
すがすがしさに背筋がしゃんとした。
蒸し暑さも過ぎ去れば、蝉の亡骸も何処へ消えて、気付けばまた薄ら寂しい夏の余韻。

また一つ西門さんへと近づいていく。


ゆっくりと過ごせる穏やかなくつろぎタイム、一人まったりしながら、私の中の刻印とひっそり向かい合うのが好き。
身体の中に落とされた西門さんの思い出が、私を強くさせてくれるから、素敵なお守りをもらったことに後悔なんてするはずもない。


でも、始めの一ヶ月、あれは長く感じたな。
一ヶ月は半年みたいで、半年は一年みたいで、カレンダーを睨みつけて溜息ばかり吐いていた。

あの夜のことを思い出すと、蘇ってくる西門さんの香りと肌の感触。

ベッドの中で敵うわけない相手に何もかも委ね、私はただ大事なものを差し出しただけ。

それは何が何だか、どういうことになっていたのかさえ覚えていない有様で、今もって様子を全部説明できるわけじゃない。

けれども、無理強いしない西門さんの優しさをあんな風に感じることができるなんて、やってみなけりゃわからなかった・・・幸せな時間だった。
目を開けてちゃんと見てるつもりだったのに、計算外の痛さに計画失敗。
まずいことに、西門さんの表情が思い出せない。



あの夜、ベッドは全部、西門さんの香りがした。
それだけで、ドギマギしていっぱいだったのに、扉から現れたのは裸みたいな格好の美男子で、思わず固まってしまった。

筋肉質ではないけれど、角張った肩から贅肉のないお腹まで、明らかに男性的なラインは、日頃見慣れてる自分のものとは異なるジェンダー特有のライン、どんな競技もこなせそうな筋肉の付き方が羨ましくさえなった。


そんな私を笑った西門さん。

覚えているよ。

「・・・食いつかないって。」と言う西門さんの少し困ったような顔。

見つめ合って交わした初キスは、鼻先を擦らせ合った時間をかけたスキンシップ。

あの端正な顔をマジマジ見ながら、見れば見るほどの男前に、私はすっかり魔法にかけられ、腑抜け状態に落っことされた。
キスが深まると、例の植物系のバニラがかった甘酸っぱい香りに包まれて、嗅覚から麻痺して気を失うかと思ったよ。

西門さん、今どこで何してる?
まだ、金沢のあのマンションにいるのかもね。

約束はしてないけれど、私は信じてる。

だから、終わったらちゃんと迎えに来てよね。
希望って人を強くさせるんだよ。
勝手に夢見て、固まっていく未来への希望は明るい。
この身体が西門さんを離さないから待ってられるよ。

幸せなことに、切りないほどネタの出てくる出版のお仕事。
それから、周君始め、私を必要としてくれる世界もある。
するべきことはいっぱいあって、シクシクやってるわけもいかず、日々の暮らしと折り合いをつけるのに精一杯が実情だ。

毎日の繰り返しの中、小さな事件なら数え切れないくらい起こってる。

怒ったり、泣いたり、大笑いしたりやってる訳で、西門流の専任講師のお仕事だって責任持って奮闘中。
西門さんに会った時、『腕を上げたな・・・牧野』、なんて言う顔が早く見たいよ。


自宅のダイニングテーブルの黄色い兎はそのままに、香合として現役中。
取材で訪れた御香屋さんで見つけたのは、可憐な箱に収まる桜の御香で、季節はずれだけど、今のお気に入りだ。

『ただいま!』
そう声かけてマッチを手に取れば、一日を平穏に終えた安堵に一息つく。

マッチをすると、擦れる音が耳に心地よく、白い煙に注意を奪われて、オレンジ色の炎に魅せられるなり、嬉しい予感に見舞われる。
瞬きしているほんの合間、炎の揺らぎの向こう側に、西門さんの顔が見え隠れする。

脳裏に浮かぶ様々な風景は、バイクで走った世田谷の幹線道路や西門邸の西門さんのお部屋の中だったり・・・あの整った顔が何やら言いたげな口元をして私を見つめていたりする。

それはもう習慣となり、家に戻ってくつろぐ儀式のようなもの。

Trurururururururu・・・・・

携帯の着信音が鳴った。


『ごめん、お待たせ。
そのまま道路の方に歩いてきて、拾うから。』

送信人は、友達以上に大切な人。
昔から付かず離れず、側にいてくれて・・・我侭言えるなら、そのまま変わらないでいて欲しい人。

花沢物産 本社総合経営企画室部長 兼 ドバイ支店ゼネラルマネージャー の肩書きを持つ類からメールだ。

私は急いで、飲みかけのコーヒーを喉に流し込んで、ペーパーカップをゴミ箱に放り込み、道路へと歩く。

一台の白いポルシェが黄色に染まる銀杏の木に横付けされて、鏡のような車窓がタイミングよくガーっと滑るように下りていく。
顔を見せたのは、若干日焼けが落ちた類だ。
こちらを見るなり、ニコリと微笑み、私を呼んでいる。


「牧野、乗って。」

「はいはい!!」


右腕で内側から扉を開け、優しい笑顔で迎えてくれる。
芽吹きの季節を思わせる温かな、そこだけほっこり“春”の空気をはらんだ彼だけが持つ柔らかい雰囲気はかわらずで、不意打ちのように、大好きな天使のような微笑み攻撃をしかけてくる。

すると、いまだに胸キュンでやられてしまう私。


「クスッ、類は昔からそうなんだよね。」

「ん?」

「すっかり寒くなったのに、類の周りだけずっと“春”みたいに見えるもん。」

「そう?
じゃあ、牧野と一緒だ。
牧野つくし・・・一年中、春のような名前。
ガッツのある逞しい春だけどね・・・ククッ。」

「どうせ風情も色気もないですよ。」

運転中の横顔は、ポニーテールを切り落としたせいで、昔の類を思わせる。
・・・まさか、まだ自分で切ってるとか?

「類、髪の毛、切ったんだね。
最近、切ったの?」

「ああ、これは・・先週、切ってもらった。
久しぶりに行ったんだ。」

「そりゃ、さすがにもう自分では切ってないよね、アハハ。」

「そりゃね、もう、面倒だよ。」

「昔さ、類に髪の毛切ってもらったことあったでしょう?
あん時は・・・ホント助かりました。
でもさ、どうしてカッターを持ち歩いてたのよ?
ずっと不思議だったんだよねえ。」

「あれは護身用。」

「へえ~、なるほど、身を守るためか。
そりゃあ、F4でもさ、素手だと限界っていうものがあるもんね。」

「・・・クククッ、信じた?」

「何?嘘なの?」

「別に理由なんか無かったさ。
便利だから持ってただけ。
本当に役に立って、良かったでしょ。」

「もう~、信じちゃったじゃない。」

「牧野、簡単すぎ・・・ップ。」


私の知らない類と懐かしい類が、かわるがわる入れ替わるけど、一緒にいるとなんだか落ち着いてくる。
今も昔もかわらない。

昔話をしながら、目的の場所へ高速で連れて行ってくれる類。
今日は来日中のフランス現代アート作家とのインタビューがあり、都内のホテルへ。
カメラ・クルーとは別に行って共に会食をする。
類の口利きあっての話。

大きなホテルのロビーでも、その婦人は綺麗な紫色のシフォン・ブラウスに身を包み、存在感は際立っていた。
流暢にフランス語で話しかけた類はその婦人の頬にキスの挨拶し、婦人の目はとたんに優しく類を捉えて、両手で類の頬を挟んで唇にキスを返した。

絵になる二人を眺めていると、自分の仕事がぶっ飛んでいきそうになるけど、そこは根性で営業スマイルだ。
類の同席のお陰で、会食もインタビューも滞りなく済んだ。


「類、今日は本当にお世話になりました!!」

「いいよ、俺も久しぶりに彼女に会えて嬉しかったし。」

「類がそんな事いうの珍しいよね。
彼女も類のこと、大事そうに見つめてたし。」

「小さい頃さ、現地に行った時、あの人がフランス語の先生だった。
ルーブルとかよく連れてってもらったんだ。」

「そう・・・だから、彼女にとっても類は特別なんだね。」

類は小さく微笑んで、窓の外に顔を向けた。
32階の高層タワーの窓から見下ろす東京は、長細いビルがひしめいて、夕日を反射板のように照り返している。
小さな車はどれも明度を失い、人なんてどれも黒点にしか見えない。


横に立つ類だけが、有機的な温かさを感じさせる生き物みたいで、類と一緒に居れて嬉しく思った。

類の横顔にも照らされる鮮やかな夕日は、紅茶色の瞳と溶け合い小さな池のような深みを帯びていて、見つめていると吸い込まれてしまいそうだ。


「牧野、総二郎と離れて一年が過ぎたね。
今度は大丈夫そう・・・かな。」

「類・・・。」


ゆっくりこちらを向いて、夕焼け色の瞳から目を反らすことができない。
飛び込んだら、きっと気持ちよく泳げるだろう。
きっと、優しく迎えてくれるんだろうけど。


「類・・・。」

「ん?」

「あのさ、前に言ったこと、真に受けなくていいからね。」

「前に言ったことって?」

「ほら、私が道明寺と別れてボロボロだった頃、慰めてくれたでしょ。
約束だって、そう言って聞かなかったじゃない?」

「ああ・・・あれね。」

「もし、牧野が30まで結婚できなかったら、貰ってやるって。
保険になってあげるから元気だせって、そう言ってくれたんだよね。」

「・・・。」

「30なんてあとたった3年だよ。
アハハハ・・・案外、歳とるのって早いよね。
私ね、多分30越えても、西門さんのこと待っていると思う。
だから、類、もう保険のことは無効でいいんだ。」

「うん、わかってるよ。」

類の瞳は少し寂しげに揺れていた。

「わかってるから・・・牧野の頑固さ・・・クスッ。
じゃ、行こうか。」

「うん、地上へ戻ろ。」

歩き出す類は、もういつもの後姿に戻っていた。

つづく

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