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信じてる

西門総二郎x牧野つくし

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信じてる 65
shinnjiteru65

65.

恒例の春の茶会、「西門流花見の会」が御苑で開催され、私は主催者側の一員として早朝から仕事に追われていた。

糸のような春雨が降った翌日の晴天。
水気を含んだ空気がすがすがしい。

庭園の枝垂桜は乱れんばかりに咲き誇り、薄桃色の花弁が枯山水に降り注ぐ。
梢に当たるいたずらな風が淡い集合体をユラユラ揺すり、いつまでも眺めていたい気持ちにさせる優しい風景だ。


「あらまあ、牧野さん、その付下げ良く似合ってる。
牧野さんはピンクが似合うものね。
裄(ゆき)の直しも要らなかったのね、本当に良かったわ。」

「はい、有難うございます。
いつも素敵なお着物をお借りできて、本当に助かっています。」

「いいのよ。
使わずに仕舞いこんでいると、着物を作った職人さんにも申し訳ないものね。」

私は返事の代わりにニコリとしながら会釈した。

「・・・あら、また同じことを話して。」

少女のようにこぼす夫人と顔を見合わせ、微笑み合う。

蓬(よもぎ)色の色留袖に銀蝶柄の丸帯を締めた家元夫人。
サンゴの帯留め飾りが、艶やかな黒髪に差し込まれた朱色の簪(かんざし)と合わせた物で、和装の雑誌から飛び出てきたように隙がない。

茶事全般、完璧という枠に入れても、この人なら誰も文句は言うまい。

著名な招待客や流派門下生の中にあって、夫人の所作全て、緻密に演出された役者のような見応えもあり、自ずと目がいってしまう。

私はその家元夫人に何かと目をかけて頂き、行事の折には着物をお借りするのがもはや珍しくも無くなった。
そして、そのお礼を言う度、夫人は同じ事をおっしゃる。

『仕舞いこんでると、職人さんに申し訳ないから。』
『牧野さんに着てもらうと、着物が喜んでいるわね。』

そんなセリフを聞くたび、この人の手に渡った着物は幸せだと、そして、私もいつかそうなりたいと憧れる。

「おや、二人で楽しそうですね。」

声をかけてきたのは家元、その隣には周くんがいた。
家元と時期家元のツーショットは、意外にお目にかかれないので、知らずに背筋が伸びていた。

周くんが私を見て、目を細める。
そして、人懐っこい笑顔でサラリと言った。

「牧野さん、綺麗だよ、今日も。」

「っ?//もう///照れるよ。」

あいかわらず周くんは、さわやかな好青年で、この手の話がダイレクト。

「だって、本当だから、クスッ。
その桜色の着物だって、着てもらう人を選びたいでしょ。
春爛漫のこの日にピッタリだ。」

「ふっ・・・周三朗さん、牧野さんが困ってるわよ。」

「確かに、牧野さんに良く似合っとるよ。」

「家元まで・・・//有難うございます。」

3人が過ぎ行くのを、一礼して見送った。

研究か茶道、心に決めるやいなや、茶道の修行に精励恪勤、岩をも通す一念で精進を重ねている周くん。
家元の横に立つのも、微笑ましい。

事故当時の不穏な噂は大昔の話、西門流の歴史ある大河は現家元が手綱を締め守っており、また、その後ろには頼もしい若者が控えている。
西門流の茶会は白波さえ見えず、平穏で順風満帆としたものだ。

門下生の中には、未だに周くんと私の仲を信じる者もいるけれど、何も始まらないし、何も起こらない。
家元側はそんな噂に対して意にも介さず、彼氏の事など詮索してくることはない。
そして勿論、彼らが西門さんの近況を匂わすことはない。

触れられない話は、口を噤(つぐ)むとますます固くなる性質なのか、西門さんの存在を忘れているのではと思うことさえある。



私はというと、こんな茶会では決まって西門さんの和装姿が浮かんでくるから、人知れず唇を噛み締め、時の過ぎるのを待っていたりする。
ピーンっと張った空気、着物の擦れる音、湯の滾る音、和装姿の周くん達・・・すると、影のようにふんわり浮かんでくるのだ。

繰り返し、何度も眺めていた西門さんのお点前姿。
鮮やかに蘇り、私の身体中をすり抜けていく。

目に飛び込んでくる華やぎはピカ一の男性(ヒト)だった。


日常に溶けていた寂しさが凝固を始め、浮き上がるように盛り上がり、にわかに脈を持ち始めて、胸の内側を押し上げる。
そして、どこかにいる愛しい人にたまらなく会いたくなる。
じっとしてると辛くなる程に。

だから、いつも以上に手足を動かして、ちゃんと仕事をしよう。
テキパキ動くのが、こんな時の対処法だとわかってるでしょ?・・・私?。


茶道名家出身でありながら、実家に背を向けどこかで生きている男は今いづこ?

ここにはもう、西門さんの気配もない。

お棗や茶杓を掴んでいた指は、今は分厚い本を掴んでいるというのに。
長い間、着物に袖も通していないだろうに。
染み出るように浮かんでくる西門さんの和装姿に、心が軋んだ音を立て押さえこまれる。

長い年月が矢のごとく過ぎた。
事故の日から、数えてみれば、丸6年だ。
月日の流れは、じっと卵を抱えるように恋慕をじっと抱える私を包むように過ぎていった。
飽きることなく抱え続けて、気づけば、そんなたくさんの月日が流れていた。



西門さん、「花見の会」が盛大に行われているよ。
今日はね、私が半東(はんとう)をして、後半の亭主を周くんが務めるの。

綺麗な春を想像してみて。
今日はまさにそんな日だから。
ソメイヨシノも咲いてるけど、枝垂桜がカーテンのようで見事だよ。

そういえば、吉野の別邸の桜を見に連れて行ってくれるって言ったの覚えてる?
吉野の桜はもう散ったかな。
忘れてないよね、西門さん?
いつか連れてってやるって、西門さんから言ってくれたんだよ。
本場の吉野桜は、どんな桜なの?

第二席を終え、水屋から出て廊下を進むと、庭園で談笑しているジャケット姿の道明寺がいた。

今日も黙っていると、惚れ惚れするくらい、それはもう上品にお茶碗を回し、口をつける仕草もこなれていて、『さすがに三つ子の魂百までだわ』と思ったところだ。

私は履物を探し、道明寺に声をかけに行った。


「道明寺!」

「おお、牧野、探してたんだぜ。」

「そうなの?」

「少し話せるか?」

「うん、少しなら。」

「歩くか?」

私たちは群集を抜け、静かな場所へ移動した。

「あいかわらず、道明寺は上手にお茶を飲むんだよね・・・感心・感心。」

「えらそーに。
でも、お前だって、亭主と一緒に締めの挨拶なんかして、ちょっとは進歩してるじゃねえか。」

「まあね。
緊張したけど、まあまあだったでしょ?
ねえ、お茶はおいしかった?
さすが、家元のお点前だよね、緩急がはっきりして、見てるとドキドキしてくるっていうか、目が離せないでしょ。」

「あ?茶の味か・・・ああ、うまかった・・ってか、そんなことはどうでもいい。」

「??」

「牧野、お前、まだ総二郎を待つつもりか?」

突然、何を言い出すかと思った。
私は返事の代わりに、道明寺を見つめてコクリと頷いた。

「総二郎から連絡あったか?」

その聞き方は、傷口に触れる様に柔らかい。
私は首を横に振る。

「何にも無いよ。 でも、西門さん、本を書いて出版したみたいだから、元気で頑張ってるんだと思う。」

「そうか・・・。
なあ、牧野、俺たちが出会って何年経ったか考えたことあるか?
俺は、時々、考える。
牧野と知り合った時期のこととか、タイミングってやつをよ。
俺もお前も高校生で、若かったよな。
10年一昔って言うけど、そんなのとっくに越えちまってるし。

巡り合わせって、一回きりなのか?
もっかい回ってきてもいいんじゃね?」



道明寺はそれだけ言うと、私を見つめて黙り込んだ。
棘の無くなった目つきは道明寺がずっと成長したことを感じさせ、言葉を呑みこんだまま返事を待つ時間も思いやりを感じさせた。

「道明寺、ありがとう。」

「・!?・・返事になって・・。」

遮るように言葉を繋げた。

「道明寺、ありがとう。」

再度、重ね塗りするように同じ返事を繰り返す。

「・・・。」

そして、笑って伝えたかった。

「今はね、待ってる事で強くしていられるの。
こうやって、道明寺もいてくれるしさ・・・本当に嬉しいんだよ。」

言葉尻の余韻が消えてもなお、ある種の沈黙が取り残される。
それは重いというよりも、辺り一面の瑞々しさに同化して溶けていくような沈黙で、ややあって、揺れていた道明寺の眼差しが再び力で充ちてきた。

「そうだよな。
俺様が友達なんだ、最高に決まってる。」

いつも、一番大事なことを教えてくれた道明寺に伝えたかったのは、今の私自身で、それが何よりの返事だってあいつならわかるはず。

心の中で、繰り返し思う。
今までの感謝と言葉に代えられない苦い思い・・・『ごめん。』

道明寺は何事も無かったかのように、旧友の話を持ち出した。
こんな風に上手く仕切り直され、改めて道明寺が社会に出てから、何百回・何千回も鍛えられてきた事を思い知る。


「牧野、知ってるか?
あきらが紡績会社の社長令嬢と結婚するらしいぞ。」

「へ?うそっ!?いつ?」

「来春だとよ。」

「そう~やっぱり。
美作さんが一番乗りだろうって、思ってた通り。」

「お前、そんな事思ってたのか。」

「だって、F4の中で一番お婿さんに向いてそうじゃない。」

「まあ、そうだろうけどよ。
それでな、さすがにあきらの結婚なら、総二郎、出てくるんじゃねえか?」

「・・・!」


じっと見下ろす道明寺の瞳が少し寂しげで、私はその眼差しを受け止めながらも、必死で心を静めようと躍起になっていた。

西門さんと再会できるかもしれない。
言葉が脳で処理される時間が長くなるほど、現実味を帯びて、期待が一気に膨らむ。

道明寺は、そんな私を端から冷静に見つめていた。
まるで写真で切り取ったように動かない瞳で、私をじっと。

その印象的な道明寺を忘れることはないだろうと思った。

つづく

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