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66.
滋さんが楽しそうに私の顔を覗き込んできた。
「つくし、ドキドキしてる?」
「そりゃあ・・・今日はF4初の結婚式だし。」
「ん?ううん?」
そんなに近くに寄らなくても見えるでしょ・・・もう~。
「・・・まあね、少しは。」
「そうだよねー、わかる、わかる。
ながーい冬がようやく終わろうとしてるんだもん・・・魔法の氷も溶けて、二人が手を取り合う時が来た!・・・か。
周りの男に目もくれず、純愛を貫く姿は健気で美しかったけどね~。
これって、『冬ソナ』か現代版『君の名は』じゃない?
滋ちゃんも純愛したくなるなー。」
「ップ・・・滋さん、ドラマ見過ぎ。大げさだよ。」
「西門さん、本当に来るのかな?」
ベッドの端に腰掛けた優紀が、心配そうにつぶやいた。
この部屋にいる私以外の3人とも、自分のことのようにワクワクしながら、糠喜びを恐れている。
「私、美作さんの所に行って、返信葉書を確認させてもらいました。
ちゃんと、出席に丸が入っていて、西門さんの手書きのメッセージも書いてありましたから、
間違いないと思います。
変更の連絡は無いみたいですし、もし、ドタキャンなんかしたら、西門さんの人格を疑いますね。」
「さっすが、桜子!あきらくんもちゃんと見せてくれて、いい奴なんだから~。」
「桜子に言われたら、普通の人は断われないでしょ。」
「まあ、美作さんも先輩のこと心配してましたから、アッサリ出してくれました。」
今日は、美作さんが身を固める結婚式。
もし、西門さんと会えれば、私にとっても特別な記念日になるはずだ。
新婦の夢だった、この信州にある教会の挙式に出席するため、私たちは昨日からこのホテルに滞在しており、身支度の済んだ三人が私の部屋に集合し、出発までの時間を一緒に過ごしている。
というより、緊張をほぐしに来てくれているのか・・・。
大きな窓から入る柔らかな光は、緑いっぱいの敷地にあって、東京と比べうーんと粒子が綺麗で、これが花嫁のベールを透過したらさぞかし綺麗だろう。
ここには壁にありがちな絵画は一切無く、その代わりに等身大の窓枠木製フレームが景色を楽しめるよう大胆に配置されている。
空と木々が雑踏から避難した宿泊客を憩わせる、そして、大自然の力で心を癒す効果がありそうだ。
私はさっきから、窓の外に視線をやっては深呼吸を繰り返してばかり。
斜め下を向くと、大きな不安が襲ってきて、まるで試験一週間前のように落ち着かなくなる。
もうじき西門さんに会える。
何も約束していない私たちが再会したとして、飛び上がる喜びの後には確約した明日があるわけでもなし。
西門さんだって、いままで色々あったはずで、あのまま気持ちが残っているとは限らない。
漠然としたネガティブな考えに駆られ、思わず弱音がこぼれ出る。
「ねえ、この洋服、変じゃないよね?」
ドレスの裾を少し広げて見せながら言う私に女友達は口々に『大丈夫!似合ってるってば!』と元気に答えてくれるけど、やっぱり漠然と不安だった。
だって、あれから何年経ってると思う?
いよいよ出発する時間になると、身体が固まって動かなくて情けない。
「しょうがないな、つくしは・・・。」
そんな私を一人は背中からそっと、一人は腕を優しく、もう一人は扉を開けてニッコリ、引っ張り出してくれた。
チャペルに続くプロムナードは、野原のようにのっぺりした広い芝と歩道に添えて植栽された季節の小花に挟まれ、その間を散策できるようになっていて、私たちは花道をゾロゾロ歩いていく。
緑をバックにひっそり立つ教会。
絵に描いたように可愛いくて、花嫁がずっと憧れていたのも頷ける。
白いチャペル前には既に何人かの人だかりが出来ていて、その中に一際背が高く目立つ存在の類と道明寺が居た。
あれっ?
西門さんは?
辺りを見回すが見当たらなかった。
「よお、司、花沢さん!
ねえ、西門さんは?来てるんだよね?!どこにいるのよ。」
開口一番、勢い良く聞く滋さんの率直さを羨ましく思いながら、道明寺達のリアクションに注目した。
「挨拶より、まずそれかよ・・・っふ。」
道明寺はポケットに片手を突っ込んだ姿勢のまま、私をチラリと見て付け加えた。
「ちゃーんと来てるよ。」
道明寺の低音が耳に届くと、ひとまずホッとした。
類は両足揃え、両手共ポケットに突っ込んで、何も言わずに茶色いサラ髪をサラサラさせながら微笑んでいる?
「もう、会ったんですか?」
今度は優紀まで、たまらず口を開いた。
類と顔を見合わせる道明寺は、こんなおいしいチャンスは無いとばかり、何か良い悪戯を考えながら、焦らしてる風にも見える。
「あっ・・・。」
桜子が漏らした小さな声に全身が反応し、その原因へと目がいく。
向こうの方から、白いフロックコートに身を包んだ新郎とブラックスーツを着た二人の男がゆっくり歩いてくる。
視線の先は紛れも無く、金沢で別れて以来、消息を知ることも無かった男、再会を夢にまで見て、ずっと心から離れなかった男。
私の想い人・・・どう見ても・・・西門さんだ。
20mくらい先まで近づいただろうか、顔を上げた西門さんが私を見咎めたようで、だんだん歩みがのろくなり、まるで引かれた白線の前で足止めされたみたいにピタリと止まった。
なおも視線は奥のほうから私だけを見つめているのがわかる。
まるで水辺で黒い羽を休めるクロサギのように、小さな顔を真っ直ぐこちらへ向けて立ちすくんでいるようだった。
A点とB点を結ぶ見えない糸が二人の間に張られ、程よい均衡で保たれている。
心のベクトルは糸の真ん中辺りでぶつかり、静かに、けれども激しく互いの波紋を探りあっている。
西門さん以外の何に注意が向くだろう、世界はもはや彼だけしか見えず、鼻の奥からヤバく痺れるような、不快でもどうすることもできない震えが上がってくる、口から漏れる溜息に似た声に手を当て留めるのに精一杯になった。
『西門さん・・・。』
柔らかな時間と清らかな空気が西門さんを取り囲んでいるようだった。
それは、私にもそうだったのだろう。
けれど、感じられるのは西門さんの存在だけ。
何もかもがこの再会を中心に回っているような気がして、二人だけ透明の箱で仕切られた気配を感じる。
西門さんは、長い待機時間が終了し納得したように、突如、再び歩き始めた。
そして、一歩一歩近づいてくる。
辺りは祝福の陽光で満ちていて、そんな春の小花のプロムナードを一歩づつやって来るのは決して幻影ではない。
あれだけ襲われた不安なんか微塵も感じ無かった。
ただ、世界がひっくり返るような喜びで頭は占領され、『西門さんだ・・・西門さんだ・・・』と壊れたプレーヤーのように繰り返しつぶやく単純な世界へと変わっていた。
さらに西門さんとの距離は狭まり、5mくらい先で歩みを止めた西門さん。
もはや、西門さんの表情がハッキリ見える。
憎らしいほど整った顔は変わりなく、若干、男っぽさが増しているかもしれない。
かわらない黒いサラ髪はあの日のまま、そして、顔色も悪くない、とっても元気そうだ。
西門さんってこんなカッコイイ人だったっけ?
そんな風によぎるやいなや、思い出したように不安が頭の中を流れ始めた。
『こんなにカッコイイ男が私なんかをずっと想ってくれてるはずがないよね?
あれから7つも歳をとってしまった私なんて、どうよ?』
リフレインする不安。
けれども、そんな私に構わず、西門さんは痺れをきらしたように首をかしげ、懐かしい口角をニヤリと上げる癖に続き、懐かしい声で聞いてきた。
「まだ、俺に権利ある?」
余裕のある懐かしい声で、口元には笑みさえ浮かばせる目の前の男を、目を開いて精一杯見返しながら思う。
そう・・・やっぱり、やっぱり、私は西門さんが好き。
『私はこの男に首っ丈なのだ。』と木槌でコテンパンに叩かれたような気分だった。
懐かしい声が聴覚を通じて脳へと伝達され、聞かれた内容を噛み砕くと、胸に花が咲いたような嬉しさでいっぱいになり、にわかに目の前の視界が涙に濡れて滲みはじめる。
ポロポロこぼれ落ちる涙をぬぐうハンカチもなくて、かっこ悪いったらありゃしない。
私は青空に向かって、右手をゆっくりあげる。
かすかに響いた腕を擦れる微音。
腕に納まっていたバングルが陽の光を浴び、目にも眩しくキラリと輝きながら、肘の方へ滑り落ちてくる。
「あるも無いも・・・私、もうとっくに捕まってるじゃない・・・。」
どうにか出した言葉は西門さんに届いたようで、とたんに嬉しそうな表情を見せ、走り寄ってきた男は、空に掲げたバングルの右手首をグッと捕み、腕ごと私を胸の中にすっぽり包み込んだ。
西門さんの香りはあの日と変わっておらず、つい昨日もこうして抱きあっていたような錯覚を覚える。
人前という事も忘れ、いつまでもその中に居たいと思った。
幸せが嘘みたいで、油断すると舞い上がりそうだから、身体をギュッと固くした。
西門さんはそっと身体を離し、私の両肩に手を置くと、少し前かがみになって改めて私の顔をのぞきこむ。
ポーカーフェイスの西門さんでも、嬉しい顔って隠せないんだね。
ちょっぴり目尻が下がり、涼しげな目元が今にも崩れて、笑い出しそうな顔。
少なくとも記憶の中には無い表情だよ。
男前の顔に浮かぶ喜色の色は、もしかして、歳とったせい?
けれども、その顔がどれだけ私を安堵させ、喜ばせてくれているのかわかるかな。
良かった、本当に良かったって・・・嬉しくて声も出ない。
私たちは話さなければならない事が余りにも多すぎて、ぎこちないカップルのように見つめ合ったまま、少なくとも私はまるっきりの初心者のような心境だった。
何から始めていいやらわからないのは、西門さんもそうだったのか、何も言わず細長い指先で私の涙を拭ってくれた。
会場の方がにぎやかになったと思ったら、チャペルのドアが大きく開かれ、参列者の入場をうながしているようだ。
西門さんは私の右手をしっかり握って、歩き出した。
力強い頼もしい手に引かれ、私も歩き出す。
もう一人じゃない、抱きしめられた余韻に埋もれたまま、身体が勝手についていく。
手を引っ張られるまま、素直に付いて行くだけの頼りきった依存がとても心地よく、もう決してこの手を離さないと決心する。
帰ってきたんだ、西門さん。
ジワジワ感じる現実の喜びにようやく落ち着いてきた。
優紀がもらい泣きして目が真っ赤になっていることに気付いた。
滋さんも桜子も。
『よかったね・・・。』
皆、お化粧くずれてるじゃない・・・大丈夫?
美作さんの結婚式はこれからなのに。
白いチャペルの階段を上りながら、ちらりとこちらを見下ろす西門さんと目が合った。
眠っていた乙女心がドキッと刺激される。
忘れられないあの瞳、銀色めいて光る瞳で見下ろされたからだ。
長い間止まっていた針はようやく動き出し、再びカチカチ音をたて始まった。
一気に色彩豊かに再スタートを切った感じだ。
もう夢の中じゃなく、横には生身の西門さんがいて、二人で同時に終わりと始まりの線を跨いだといったところか。
幸せを呼ぶ白い鳩が数羽止まっていた。
今なら私も一緒に、青空を高く飛べる気がする。
明日への期待で胸もいっぱい、私は愛しい人の手にギュッと力を入れて微笑んだ。
つづく
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