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67.
教会の扉がギギーッと開くと、素朴だけど高らかな鐘音が鳴り響いた。
水彩絵の具の水色をかなりの水で薄めたような空へ解き放たれた数羽の白鳩。
新郎新婦を前に、我先へ勢いよく飛び出していく。
パサパサ・・バサバサ・・・どんどん上昇するその飛行が目に鮮やかで見とれてしまう。
ドイリーのように繊細で力強い羽ばたきに、私の心まで舞い上がりそうだった。
笑顔あふれる新婦と美作さん、二人を迎える花道は笑顔いっぱい、お天気までもがスカッと晴れ渡り、祝福している。
私の横には西門さん。
時々こちらを振り返り、小さく微笑みかけてくれる。
春の妖精がその口元から、チャリンチャリンと生まれ出てくるのが見えた。
この一瞬を永遠に留めることが出来たなら、もう何も要らない。
時を止める魔法があったら、今こそ使いたい。
今まであった辛いことは全部チャラで、明日からの心配なんてカス同然。
神様なのか運命なのか、物凄い力が私を後ろから押し出していて、いつの間にかここにたどり着いた。
その力への感謝しか思い浮かばない。
西門さんの肘にそっと手を伸ばし、掴むでもなく、存在を確かめるように触れてみる。
「何・・・?」
西門さんの声が聞こえる。
生身の西門さんがちゃんといて、応えてくれる。
幸せ過ぎると声も出ないんだね、知らなかった。
微笑み返し、『何でも無い。』って首を振る。
主役二人を見送ると、招待客はパーティーへ向け、三々五々に散らばり始めた。
人が散っても、西門さんがずっと居ることが嬉しくて、確かめる様に話しかけてみる。
「ウエディング姿、綺麗だったね・・・。」
すると、鼻先で頷いた微妙な返事、直後にサラリとこう言った。
「俺ら、先越されたな。」
「!・・・////。」
ちょっちょっとぉ・・・ストップ。
ひやぁ~、それって、それって・・・。
わかっていながら、ドギマギする役者みたいかもしれないけどさ、再会の喜びと甘い幸せに浸るだけで、胸はいっぱいだって言うところ、その突拍子は何なのさ。
えっと、物事には順序ってものがあるでしょ・・・にしかどさん?
まさか、これってプロポーズ?・・・って訳ないでしょう。
ん?・・・でしょ?
確か、私たち、何の約束もせず別れて、そしてさっき再会したばかりだったよね。
近況報告もしてないわけで、西門さんの詳しいことは一切不明な状態だよ。
そういえば、忘れてたよ。
西門さんはこういう奴だった・・・もう私ったら、今さらながら思い出しました。
基本事項を幸せボケで忘れてた!?
そうそう、西門さんは確かにこういう奴だった。
ジワッと記憶の断片が思い浮かぶ。
いけない、油断大敵・・・何の準備もしていなくて、思い切り虚をつかれまくり。
強心剤でも打たれたみたいに心臓が跳ね返って、目から飛び出るところだったじゃない。
私は思い切り狼狽した。
「・・・ククックッ・・お前、変わってないな、その顔。」
「んなにぃ~、あのさ、西門さんこそ全然変わってないじゃない!
もっとずっ~と、大人になってるかと思ったのに。」
「俺?俺は大人になったぜ。
忍耐を覚えた・・・お陰さまで。」
そういって、私の肩に手を乗せる。
このノリ・・・見覚えあり。
時の流れとはある意味、詐欺師みたいで恐ろしい。
「ちょっと・・・西門さん・・・。」
そこへ、桜子が割って入ってくる。
「先輩たち、もう気を許しあって騒いでるんですか?
どうなるか心配しましたけど、手助けなんて無用でしたね。」
「まだ、そんなんじゃないって・・・。」
「ねえ、あっきーのお嫁さんさぁ、美咲ママと双子ちゃんの間に入っても、違和感ゼロだったね。
あっきーもメルヘン好きだった訳?!
でもさ、ほ~んとに幸せそうで羨ましくなったな。」
無邪気に話す滋さんはくるりと後ろへ振り返り、言葉を続ける。
「ねえ、司、滋ちゃんに誰か紹介してくれない?
今すぐ、結婚したくなっちゃった。」
「・・・アホか、自分で連れて来い。
俺様が判定してやる。」
後ろに居た道明寺は、あいつなりに思いやった返事を返した。
でも、道明寺の判定なんて、基準がどこにあるのやら。
なんだか笑えて、その場が和む。
私達一行は西門さんをつつきながら、ホテル近くまで歩いた所で、そのままロビーへ直行し、私に代わって桜子が西門さんの近況を聞き出すことに話が纏まった。
「ちょっと、ゴメン、牧野を借りる。」
突然、私の右手首を掴んで立ち止まった西門さん。
花壇では色とりどりのパンジーが春を謳い、のどかな日差し、ピクニックにぴったりのロケーションの中、二人を残して皆は行ってしまった。
西門さんは私にベンチに座るよう促し、自分は花壇の隅に腰を下ろすと、改めて私に向かい合う。
少し前屈みに膝上に肘を置き、組んだ掌に顎を乗せ、私を真正面に見つめている。
長い脛(すね)のセンター・プレスが際立っていた。
値踏みされているようで、再び蘇ってくる緊張感。
何を聞かされるというのだろう?
「さて・・・、牧野、何か俺に聞きたいことある?
皆に話す前に、先に答えておきたい。」
「そ・そ・そりゃ、いっぱいあるよ。
西門さんが今までどうやって過ごしてきたかとか、今、どこに住んで、何して暮らしてるかとかさ。
西門さんだって、私のこと知らないでしょ?
長い間、離れていたんだもん、変わらないほうが不思議でしょ?」
「俺は、牧野のたいがいのこと知ってたぜ。」
「はあ?」
「周から詳しく聞かされてたし、たまに、類からもつっつくような電話もらってたし。」
「うそ!?」
「嘘じゃない。」
「ってことは、私だけ何も知らなかったの?」
「そ。」
ニヤリと笑う西門さん。
「それ・・・馬鹿にしてる。」
「おいおい、怒る事じゃないって。」
「何よそれ・・・んもう~、腹が立ってきた。」
「ククッ。」
キッと睨みつけると、片手を上げて降参のポーズ。
「悪かった・・・牧野。」
西門さんは、急にまじめな顔でそう言って、ワンテンポ遅れを取って、低い声でこう続けた。
「長い間待たせて、悪かったな。」
はにかむように首を傾げる西門さんの表情が可愛くて、抱えてあげたくなった。
とたんに、紐が解けるように、ユルユル緩んでくる私のしょうがない涙腺。
今日は緩み過ぎじゃない?
みるみるうちに視界が歪んで、分厚い牛乳瓶の底から見るようなアバウトな視界の中に、心配気に見つめる優男が映った。
そして、内ポケットから白いハンカチを取り出し、目の前で「使え。」と言う。
以前にもこんな風に、「これ使え。」って差し出されたことあったような・・・デ・ジャビュに襲われ、それがクリスマスの夜の出来事だったのを思い出した。
ホント、こういう所、嫌になるほど格好よくって変わらない。
西門さんはタイミングよくさりげない気遣いができる男性(ヒト)、またそれが絵になるの男だった。
「簡単に説明すると、今は京都に居て、大学で準教授として教鞭をとってる。
それから、非常勤講師として他大学でも教えてるし、講演依頼も増えて、結構忙しく働いてるんだぜ。
本の出版、知ってただろ?」
「一応、その業界の人間なんで知ってる。」
「本を出した頃から、色んな依頼が増えたわ。
こんな業界でも、マスコミの影響力って凄いんだな・・・っふ。
話しは戻るけど、あれから一人になって、俺、大学院に入って勉強しなおした。
もともと、日本の歴史文化とかにも興味あったし、茶の道というのは総合芸術だろ?
だから、スイッチしやすいことに気付いたわけ。」
私は西門さんが、学生の前で教鞭を振るう姿を簡単に頭に描くことが出来た。
時折、芸術品の注釈を入れてくれた西門さんは、愛しそうに対象物を見つめ、興味深げに背景やらを分かりやすく語ってくれて、それを聞くのが好きだった。
考えてみれば、知識人としての教養や高い学力、人前で話す存在感や説得力、それから、西門の家で養われた茶人としての豊富な経験もある西門さんだ、大学の教職が天職のように思えてくる。
「うん・・・よかった。
西門さんにピッタリだと思うよ。
ホントに良かった。」
涙の向こうに西門さんが照れるように苦笑いするのが見える。
「私はね、ずっと西門さんを待ってた。
・・・私だけ蚊帳の外だったの、知らずにね・・・ッ。」
小さく口を尖らせ言ってやると、肩をすぼめる男。
「待ってる間、自分の歳の事考え込んだのは数回だけ・・・ッフフ、仕事があったしね。
恋人は仕事って勢いで没頭してたよ。
宗教信仰ってこんな感じかも?なーんて思うこともあったり、でもね、とにかく自然に過ごせてラッキーだったんだと思う。
不思議なくらい、疑わなかったんだろうな・・・私。
・・・良かった、西門教に裏切られなくて・・・ハハッ。」
乾いた笑顔をくっつけて言ってみる。
西門さんは心外だという顔を作って見せ、話を変えた。
「牧野、西門の方も随分、精出して働いてくれたんだってな。
点前の腕も上げたって、周から聞いてる。
色々手伝わせて、悪かったな。」
「ううん、西門さん家にはよくしていただいて、感謝してる。」
満足気に頷いた西門さんは、顎を乗せていた手を膝に置いた。
「他に聞きたいことは?何でもどうぞ。」
「じゃあさ・・・一つだけ。」
「どうぞぉ。」
「西門さんはこんな長い間さ・・・ずっと一人だったの?」
気を張って、思い切って聞いてみたのに、コクリと素直に頷く西門さん。
もう一度確認する。
「女の人と付き合わなかったのか?っていう質問なんだけど。」
「心配無用。
身辺整理はついてる。」
「ふぅー、やっぱりね・・・また西門さんは女の人と楽しくしてたんだ。」
「あのな、本気と遊びの違いは、天と地ほどあるんだぜ。
俺の心は、ずっと一人、牧野だけだから。
・・・もうビックリするわ。」
「ビックリするって、どっちのセリフよ。」
「まあまあ・・・それは今話す程のことじゃないから、俺を信じろって。」
調子よくポンポン飛び出す中に、ちゃんと欲しい言葉をくれて、それだけでテンションがピュンと上がってしまう。
幸せ色がまた私を包んで、この一瞬があれば幸せな気になってくるのだ。
「そろそろ行くか?」と腰を上げ、手を差し出す西門さん。
私はもう一度、西門さんのハンカチで涙を拭いて、笑顔でその手を取った。
すると、ぐいっと引き寄せられ胸と胸がドスンとぶつかって、戸惑う間もなくキスされた。
顎を支える指先から伝わる皮膚の硬さと丸さ、そして、唇から口内へと伝わる柔らかな温もりが全身を一気に駆け抜ける。
遠慮なく舌を割り入れる性急さに嬉しく応える我が身の単純さにはあきれるけれど、自分の変化に嘘はつけない。
唇から西門さんの熱い想いが流れ込んでくるような、こちらまで延焼されつくしてしまう深く長いキスだった。
唇が離れた時は、放心状態。
砂漠を歩き続け、渇望の中、ついに得た恵みの水を奪えるだけ奪うような欲望のキス。
西門さんの力強さにへなへな座り込みそうになった。
ガブ飲みし、とりあえず本能を満たされ力が抜けていたのは私の方だ。
「行ける?」
耳に届く西門さんの声は、張りがあって頼もしかった。
握りあった手はさっきよりも熱い、体の芯に小さな火が灯ったのがバレやしないか隣を窺うと、サラ髪の奥からちらりと見返され、小さく聞こえた。
「メチャ最高。」
今にも鼻歌が聞こえそうな懐かしい西門さんだった。
つづく
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