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70.
いつもの部屋。
いつもの朝食メニュー。
違うのは、目の前で西門さんが機嫌よく食後のコーヒーを飲んでいて、我が身が少しくすぐったくて、火照ったようにけだるい事。
男と女が狭いベッドで一夜を過ごし、一緒に迎えた朝だから。
昨日が美作さんの結婚式で、再会したばかりの私達。
なのに、この早い展開はさすが色男・・・いや、元色男?
西門さんだから普通と言っちゃあそれまでなのだけど、私にとっては人生最大級ドラマティックな展開で、一夜明けてガラリと違った朝に感じる。
天井から畳まで、幸福色に塗り替えられたような、世界を明るいフィルター越しに見ているような、全てが薔薇色、花びらに囲まれうっとりしている自分に酔いそうだ。
昨夜の西門さんは私の緊張ごと包み込んでくれた。
まずはゆっくり温め、丁寧に溶かしていった西門さん、あの場面を思い出すだけで赤面してしまう。
それは西門さんと私が特別の関係にあるという確認であり、一つになれた時には私が女であることを痛烈に意識させられたし、西門さんを受け止められるこそばいような喜びが呼び起こされた。
男女一対が手を携え求め合う行為は、行き止まりの無い神秘的なもの。
受け止めてあげたいと、まさか女の方も積極的に思うものとは知らなかった。
西門さんの手元を見つめ、まるできれいな甘いお菓子を味わう様に、ニンマリとぼんやり二人の未来を描きながら、ようやく訪れた甘い幸せを噛み締めている最中だった。
「なあ、牧野。
いつから俺と一緒に住める?」
「・・・(ゴクリ)。」
「出来るだけ早く一緒に暮らそうぜ。」
「ちょっと、待って。
それって、同棲ってことだよね?」
「まあ、そういうことだ。
俺たち結婚する仲だし、どうせ一緒に住むんだから問題ないだろ?
今さら、互いの両親が反対するとは思わねえ。
なんなら、籍だけ先に入れてもいいし、牧野の好きなようにしていい。
なっ?
俺は明日にでも牧野を連れて帰りたい。」
「えっ?西門さん、もう明日には京都へ帰っちゃうの?」
「ああ、戻らないと。」
西門さんはそういって、私の手に自分の掌を重ねた。
「なっ?一緒に暮らそう。」
「でも、そう簡単に仕事は辞められないよ・・・それに・・・。」
グループ・キャップに持ち込んだ武士の生活企画の一端、スポンサーとの打ち合わせは今日の午後3時から。
用意しているプレゼン内容が思い浮かんで、急速に現実的な事柄が目まぐるしく襲ってくる。
「それに・・・何?
しばらく仕事は、京都からの通いでも大丈夫なように俺から話つけてやる。」
「止めてよ。
西門さんに助けてもらわなくても、自分でちゃんと考えてやるから。」
「自分一人で出来るんだな?
じゃあ、早速、この後、役所へ寄ってくか?」
「そうじゃなくて・・・そうじゃなくてさ、西門さんのところには絶対に行くけど、ちょっとだけ時間が欲しいの・・・気持ちを整理する時間みたいなもの。」
「出たよ・・・牧野節。
んで、どんくらいしたら整理できると思ってんの?」
「わかんない・・・仕事に一段落ついて、これで気持ちの整理がついたと納得できるまでかな?」
「そんなの待ってたら、お前、おばあちゃんになっちまうぞ。」
「・・っんな、ならないわよ!すぐよ!すぐ!」
「すぐってどんくらいか?って聞いてんだけど。」
「わかんないわよ・・・気持ち次第だわよ。」
「ハア~、一体、どんな気持ちの整理がいる?
俺について来るのがそんなに不安?
今の俺には自分の人生任せられない?」
西門さんは可哀想なくらいがっかりして、大きな溜息をつく。
私は思い切り、かぶりを振った。
「西門さんは私に不釣合いなくらい立派な人で、すごい頼もしいと思ってるよ。
そういう不安じゃなくて、なんていうか、昨日の今日のことで、ビックリしてるっていうのもあるし、なんだかこれって現実なのかなあ~?って信じられない所もあったりして。
それにさ・・・あのぅ~西門さんって・・・鳥みたいでさ。」
「はあ?鳥?」
「・・・!」
「お前、俺のこと、おちょくってんのか?
そういや、昔、司のこと犬呼ばわりしてたよな。
今度は、俺が鳥かよ?
俺のどこに羽がついてるんだよ。」
「あ・あ・あのさ・・・ごめん、気を悪くさせたんなら謝る。
西門さんって、昔から近くて遠いイメージで・・・鳥みたいに何考えてんのかわかんないミステリアスなとこがあるからさ、そうそう・・・格好いいイメージなんだよ。
道明寺みたいに単純馬鹿なイメージじゃないし・・・ハッハハ。
だから、夫婦になるっていうのがピンと来ないっていうか、ちょっと・・・怖いっていうかさ。」
「俺の奥さんになるのが怖い?それとも、俺が怖いの?」
珍しく涼しげな目元はどこへやら、眉間に皺を寄せ詰め寄ってくる西門さん。
「いや・・あの・・・怖いっていう表現はピッタシじゃなくって、付き合い期間なしで大丈夫かな?って心配なわけで・・・。」
詰め寄られて、しどろもどろな答えになってくる。
頭の中で、自分自身にもどうしたいのか問いかけながら答えてるからだ。
「なら、なおさら離れてたらダメだろ、いつまで経ってもそのままだろうが。」
さっきまで重ねられていた西門さんの掌が引っ込められ、10センチ向こうに置かれると、なんだか手の甲が寒々しい。
「ちょっと、タバコ買ってくる。」
「・・・。」
西門さんが皮ジャンをはおり、振り返りもせず、玄関ドアを開け外へ出てしまう。
すると、とたんに部屋の中ががらんと味気なく見えた。
あーあ、怒らせちゃった。
西門さんとようやく会えて・・・プロポーズだって、どれだけ嬉しかったか。
イエスの返事は心からでた素直な気持ち。
さっきまでこの世の春のように、甘い幸福感に浸りきり、西門さんをずっと信じていたのが報われたってニンマリしてたのに。
「待たせて悪かった。」って強く私を抱き寄せて・・・約束もしてなかったのに、迎えにきてくれた西門さん。
思いのほか、私のこと、一途に思ってくれていたんだよね。
私も西門さんとずっと一緒にいたいと骨の髄から思ってるんだよ。
でもね、西門さんのこと全部を理解しているわけじゃないから、自信がないんだ。
いきなり結婚生活なんて、どうなるんだろう?
一緒に暮らしたら、私の知らない西門さんがいっぱい出てくるような気がしてビビッてしまって、腹をくくらなきゃって思ったの。
英徳ではすけこましのポーカーフェイス、その後は私の師匠で、全て承知してるような先生面と向き合ってきたわけで、長い間、完成された西門さんばかり見てきた。
そりゃあ、弱い部分も少しは見た。
でも、誰だってあんな事故の後じゃあ、一時つぶれて当たり前だ。
実は、すっごい怒りんぼかもしれないし、すっごい甘えたかもしれないし、ケチンボじゃないだろうけど、ものすごい浪費家かもしれないし・・・ひょっとすると、まだ女と切れて無くて、ストーカー被害を受けてるかもしれない。
この6年弱、音信不通で久しぶりに会った晩にプロポーズされ、妻として迎えられるって?もし、私の手におえなかったらどうするよ。
さて、牧野つくし、どうする?
カチカチ・・カチカチカチカチ・・・
時計の針の音がやけに大きく響いている。
西門さんが出て行くと、とたんに針の音が耳について、残された静けさが寂しく感じる。
一人でも、寂しくなかった部屋なのに、今は寂しい。
早く戻って私のすぐ側に居て欲しい、わずか30分の不在がこんなに長く感じてしまうなんて・・・タバコって、一体どこまで買いに行ったんだろう。
『まさか、このまま会えなくなるってことないよね?』
心臓がドクンとはねて、掌にじんわり汗がにじんだ。
思うやいなや、居ても立っても居られず、玄関へ行きサンダルに足をつっこみ、鍵も持たず慌てて外へ飛び出した。
階段を下りていくと、大きな黒いバイク、その横にこちらに背を向け立っている革ジャン姿の男、タバコの煙を吐き出しているすらりとした男が視界に入る。
『良かった~。』
鼻の奥が熱くなったけれど涙は出ずに、代わりにビックリするほど感じた安堵感。
『良かった、居てくれて良かった~。』
西門さんに触れたくて近づいていくと、サンダルの音に気付いた西門さんが振り返り、長い煙を吐き出した。
少し苦そうに眉間に皺を寄せ、低い声でこう言った。
「ん?どうした?何、泣きそうな顔して。」
「・・・だって・・。」
「俺がどっか行くかと心配になったんだろ?」
素直に認めて、コクリと頷づくしかない。
「行くわけないだろ・・・っふ。」
「ずっと一緒にいようね。
私には西門さんが必要・・・やっぱり、離れたら寂しいよ・・・。」
涙腺はとうとう決壊し、涙がポロポロこぼれ落ちると、私は西門さんの胸に向って飛び込んで、そして腕を回してきつく抱きしめた。
西門さんも腕を広げ、私を抱きしめ返してくれる。
その力が私のよりもずっと強くなると、耳の側でメシメシッと革ジャンのしなる音が聞こえて耳に優しく響いた。
「あぁ、懐かしい匂い・・・西門さんも、この皮ジャンの匂いも大好き。」
「気持ちの整理とかはいいのかよ。俺のこと、怖いんだろ?」
「私、ちょっとビビッてた・・・でも、考えたってどうしようもなく西門さんと居たいんだもん。
仕事を片付けたら、すぐ行くから待ってて。」
「俺と結婚したら、毎晩、三つ指ついて出迎えろって言うかもよ。」
「・・・んな事言ったら・・・無視する。」
「ひど、無視かよ、怖い嫁さんになりそうだな、牧野、ククッ。
牧野が俺のことわからなくても、俺が牧野のことちゃーんとわかってるから大丈夫。
上手く行くって・・・俺ら。」
「うん・・・そんな気がしてきたよ。」
「まっ、俺もちょっと焦りすぎたって反省した。
でも、仕事片付けたら、マジですっ飛んで来いよ。」
「うん、こんな風にギュッとして貰いたいから、飛んで行く。」
腕の中で西門さんを見上げ笑いかけると、西門さんの瞳がとっても嬉しそうに笑ってて、見入ってしまう。
「そんな可愛いこと言うと・・・。」
朝っぱらから、家のど真ん前でキスされるとは思わなかったけれど、煙草の濃い匂いのキスは温かい味がして、きっと忘れられない想い出になると思った。
つづく
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