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71.
結婚の意志を両家に伝えに行く日がやってきた。
もうじき西門さんが迎えに来る予定時刻。
うちのパパとママはいいとしても、西門家へも改めてご挨拶に行くわけだし、悩んだ挙句、春らしいサンド・ベージュの細ベルト付きワンピにして、そして、最後の仕上げ、胸元につけるネックレスをパールか可愛いガラスのハートにしようか決めかねていた。
ピンポーン♪
『来た!』
ドアを開けると、立っていたのはスーツ姿の西門さん。
濃紺ストライプ細身スーツに白シャツ、光沢のあるロイヤルブルーのネクタイで若々しい華やぎがある。
「うわっ、西門さんのそういう服装、初めて見たよ。
パリっとしてるじゃん!」
「まあな。」
そう言いながら玄関に入ってきて、慣れた仕草で靴を脱ぎあがってくる。
ちょうどいい所へやって来たと、手にしていた二つのネックレスを掲げて尋ねてみた。
「ねえ、どっちのネックレスがいいと思う?」
「う~ん、今日はハートだろ。」
「うん、じゃあ、そうする。」
タタッーと洗面所に向かい、鏡の前でネックレスをつけるのに格闘してると、ふわっと西門さんの香りがするやいなや、留め金をつかむ指先に自分とは違う指先が重ねられた。
「つけてやるよ。」
「あっ、サンキュー。」
けれど、留め金を嵌め終わっても、離れなかったそのしつこい指先。
うなじの上を滑るように行ったり来たり、だんだん大胆に動いて、肩より少し長くなった髪の毛を器用に払いのけ、細いうなじを露わにしながら、遊んでいるようだ。
たかが2・3本の指先で弄ばれ、全ての注意を奪われている鏡の中の自分から目が離せずにいた。
背後から寄り添う背の高い男は、さも大事そうに、愛しそうに私の首筋を見つめている。
やがて、ゆっくりと鼻先を落とし、湿った口付けをその敏感なうなじに散らし始めた。
「うわっ・・・/////・・////。」
フェロモンバリバリの西門さんにそんな風に責められ、逃げられない自分を客観的に眺めながら、抗うことも出来ず立ちつくす鏡の中の自分、視線が固まったように動かず、なぜか強く惹かれ何かが疼き出す。
初めて感じる艶かしい気分、それは胸の奥で赤みを帯びた小さな渦がクルクル回り、だんだん激しく揺さぶられるような感覚だった。
「つくしちゃん?そんな自分も新鮮でビックリ?」
「・・・っ!?」
鏡の中の西門さんは、うなじに顔を寄せたまま視線だけ持ち上げ、からかう様にニヤリと笑うと、また再びうなじにキスの軌跡を落とし始める。
反論しようのない自分にどう返事したらいいのか途方に暮れてしまうよ。
「顔が赤い・・メチャ可愛い・・楽し~。」
断片的に聞こえる小さな声は、肩にぶつかってこもり気味でなんだかセクシー。
「はあ???ちょちょちょっと・・・ストップ!こういうの・・・反則でしょう?
私は免疫無し女に等しいんだから、からかわないでよね。
しかも、今日は大事な日なんだよ!」
その場から勢いよく離れようとすると、西門さんの両手で身体をクルリと回され、反転されたままギューッと腕の中に閉じ込められた。
「この一週間待ち遠しかったわ。
はあ~、思い切り牧野の匂い嗅がせて。」
西門さんって、愛情表現をこんなに素直に表せる人だったのかと感心している場合じゃなかったよ。
耳の側で思い切り息を吸い込む音が聞こえた。
「ええっ?私の匂い?何よ・・・コロンはつけてないけど、どんな匂いがする?」
「それは、俺が気持ち良~くなる匂い。」
「なんか、いやらしい。」
「そのうち慣れるって・・・これは朝の挨拶でしょ。」
ヒイエ~、西門さんと結婚したら、毎朝こんなエロ攻撃受けるの?
いつでも発情してるオスと同居ってこと~?
そりゃ、さりげない手口は日本人離れしてスマートっていうか、さすがだと拍手を送りたくもなるけどさ、毎朝、こんなのやられたらたまったもんじゃないよ。
夜が明けて朝が来たら、新しい陽の光をちゃんと浴び、挨拶をして、さわやかに一日をスタートするもんだと決まってる!
「ちょっと、西門さん!」
「なあ、牧野~早く一緒に住もうぜ。
俺、やっぱり、一日も待ちたくねえ~。」
どこか大型猫科動物的な媚びを含んだ声、西門さんの声でありながら、私の気持ちを代弁しているようだ。
その上、西門さんの指先が恋しく思う自分を素直に認めざるえない。
相思相愛・・・そんな言葉が頭に浮かんで身体から力が抜けていき、手足の自由を塞ぐ事への注意や理想の朝一番とは?の調教、全ての文句は瞬時に萎えて、西門さんの胸にそっと頬を寄せた。
アパートの外には、西門家の黒いリムジンが待機しており、乗り込むやいなや、シートの上でガシッと手を握られた。
西門さんの指は長くて、力強い。
「それで、牧野のお父さんとお母さんはなんて?」
「あっ、その話なんだけど、それがさあ・・・・。」
3日前、実家のママへ電話した時の様子を伝えた。
3日前
「もしもし・・・ママ?
今週の土曜日なんだけど、パパとママに会ってもらいたい人がいるんだ。」
「ええっ?あんた、彼氏がいたの?」
「居たというか、急に出来ちゃったというか。
でも、ずっと好きだった人だったから、結婚するつもり、それも、出来るだけ早くに。」
「あらら・・・つくしが心に決めた人って誰なの?ずっと好きだった人って、もしかして、アンタ。」
「うん、すっごいビックリすると思うけど。」
「まさか?えっ、そうなの?いつの間にアンタ達、復活した?道明寺さんなんでしょう?」
「ップ・・・違うよ、違うってば!道明寺とはきっぱり別れてるってば、もう~全く。」
「じゃあ誰よ。
昔からの知り合いってことは、ママも知っている人?花沢さんなの?」
「ヤダ、もう~ママ、花沢類とは良い友達の関係だって何度も言ったでしょ?」
「そうだったわよね、じゃあ。」
「あのね・・・実は西門さんなの。」
「ええええええーーーーーっっ!!!
どうして?いつ・何がきっかけでそうなったの?ええっ?
パパ~大変~、つくしが・・・つくしが・・・お茶の・・・あの・・ドウミョジさんのお友達の・・・。」
電話の向こうでアタフタ意味不明になってしまったママの声。
まあ、西門さんの事は時々看病に行ってる程度しか伝えてなかったし、驚くのも無理も無い。
まだ自分だってこの展開に驚いている真っ最中なんだもん。
「つくしか?つくしか?
今聞いた話だがな、お・お・お相手は、道明寺様じゃないんだな?
間違えるなよ、今度は西門様か?えっ?」
「パパ、今度は!っていうの止めてくれない?
私は間違えてないから、後にも先にも西門さんだけだよ。」
「ふーん、そうか。
そうか、そうか、つくし、良かったな、パパは嬉しい。
ふん、それで、挨拶に来るわけだな?いつだって?」
「今週の土曜日なんだけど。」
「ええええええーーーっっ!
また、つくしまでもそんな急に・・・まさか、お前たちはグルになって、パパ達で遊んでるんじゃないだろうな?」
「はあ?何言ってるの、パパ?
午前中には済むと思うんだけど、早ければ30分かかんないかもしんない。
都合悪いの?」
「午前中か?なら、いいと思うがな~ママ~、つくしが今週の土曜日、午前中に西門様を連れてくるらしいぞ~。」
電話の向こうで、また騒いでいる様子のパパとママ。
「もしも~し、パパ?」
「つくし?ママよ、午前中なのね、わかりました。
ママ達も、そうしてくれると丁度いいかもしれないし。」
「何?何が丁度いいのよ、どうしたの?」
「いやね、進がね・・・まあ、会った時に話すわ。」
そんな会話を交わしたのだ。
現在の実家は3LDKの賃貸マンションに移っていて、西門さんにとっては初訪問になる。
部屋に入ると、パパとママは二人揃ってスーツを着こみ、少々緊張気味の面持ちで待っていた。
「どうしたの?パパもママもそんなに張り切った洋服着て、普段着で良かったのに。」
「いやいや~、どうだ、パパのスーツ姿も見てもらいたくてな。ふうん?どうだ?」
「ママもパールのネックレスなんか出してきちゃって。」
「まあね・・・こんな時くらいお洒落しなきゃね。
あら、西門さん、こんな狭い所へようこそいらしてくださりました。」
「大変ご無沙汰しております。」
玄関で一礼する西門さん。
さすがに美しい礼をする。
パパはご機嫌な顔して、自分よりう~んと背の高い西門さんの肩をポンポン叩きながら、ニコニコと何度もウンウン頷いていた。
西門さんはリビングのソファーに通され、一度はそこに座ったものの、お茶を出されるとおもむろに立ち上がり、床へと移動しそこに正座しなおした。
といっても、残念ながら西門さんは事故の後遺症できちんとした正座が出来ない身体。
歩くのは、よくよく見ると、左脚を引きずっているのがわかる程度で、日常生活には何の問題も無く、リハビリの成果が出ている。
けれども、正座だけはどうにも無理のようだ。
左脚だけほんの少し横に流れてしまう、着物だと隠れることだろうけど、体勢を変えるときには両手の支え無しに、座ることも立ち上がることも出来ない。
西門さんは今でも、左脚を揉んだりストレッチしたり、改善を諦めてる訳ではないみたいだけど。
両手で上手くフォローしながら正座をする、そんな西門さんを私は文字通り傍観しながら見つめていた。
「お父さん、お母さん、今日はお願いに参りました。
牧野つくしさんと結婚させてください。
一生、大切にしますからどうか認めてください。」
両親に向かって深々と頭を下げる西門さんは、まるで舞台で喋る俳優よろしく完璧だった。
迷いの無いキッパリした、その男らしい挨拶を見ていると、胸の中はキュンキュンするし、クラッカーがパンパーンと鳴って、なんだかうるさいくらいの感動を覚えた。
「こ・こちらこそ、よろしくお願いしますわ・・・・・・よ・よろしくね・・西門くん。」
パパの方が舞い上がって、少々声が上ずっている。
その後、私たちは両親に今までの流れを掻い摘んで説明し、途中、何度も驚嘆の声をあげられながらも、涙ながらに祝福をもらった。
「そうだったか・・・急な話だったから、ひょっとすると、お前たちも?と思ったけれどもな・・・先週、再会したばかりだったら無理だよな?なあ、ママ?」
「もう、パパったら、娘の前でそんなこと。
こんな失礼な義父で、ごめんなさいね、西門さん。」
「いえいえ、楽しいお父さんで、僕も見習いたいです。」
私は、口の上手い西門さんに、思わず噴出しそうになった。
気が良くなったパパは、嬉しそうな顔のまま続ける。
「つくし達は出来ちゃった婚じゃないってことだな?一応、確認、確認。」
私と西門さんは顔を見合わせて、お互い小さく首を振った。
「実はね、進がね、いきなり、結婚するって言うのよ。
それも、赤ちゃんが出来たからって、突然。
だから、この後、先方さんの御宅にご挨拶に行く予定で、パパもママもなんだかソワソワしちゃって・・・ほら、この格好もね・・ホホッ。」
ママはそういって、ヘラヘラ笑った。
「ええーーっ?進が結婚?
相手はあのしっかりした・・・?」
「それがまた違うのよ、ねえ、パパ?」
「つくし、進はパパに似てモテモテの社交家だぞ。
合コンで知り合った相手らしい。
女の子を取っかえ引っかえみたいだったよな、なあ、ママ?」
「そ~うなのよ、つくし、・・・ったく誰に似たんだか。」
進は大学院を卒業後、総合研究機構へ就職し、男ばかりの職場で夜遅くまで働いていると聞いていたから、堅物だと思いこんでいた。
「いつの間に我が弟までが、どこかの不良学生みたいに遊んでたなんて・・・ちっとも知らなかったわ。」
横に座る西門さんを意味深にチラリと見遣ると、まるで「俺は合コンなんか知りません」という風情で、清廉潔白な仮面を被り、黙っているからなんだか笑えた。
実家を後にし、西門家に向かう車中でその様子をからかってやると、「うるさい、緊張してたんだから、仕方ないだろ。」と拗ねられ、意外だった。
「西門さんがうちに来て、緊張するなんて想像もして無かったよ・・・ハハハ。」
でも、西門さんいわく、ああいう席で緊張一つしないのは、意気込みが足りないそうだ。
その後の西門家は問題なく滞りなく大事な話しを終え、家元とお母様と一緒に夕食をいただいた席では、西門と縁のある神社で式を挙げることにし、早ければこの秋にでもと話が進んだ。
なんて決め事に柔軟で、話の早い人達なんだろう。
「牧野さん、総二郎のこと、よろしくお願いしますね。」
お義母様からそう頼まれると、改めて西門さんと一生を共にするのだと実感して、これからは私が西門さんを支えていかなくてはとひっそり腹を括った。
再び乗り込んだリモ。
長い一日の最後に向かう先は、夜景のきれいなホテルのラウンジ。
二人だけで今日の記念に乾杯しようと西門さんの提案だった。
「牧野、フィアンセのお前に贈る初めてのプレゼントなんだけど、受け取って。」
渡されたのは白いリボンの付いたエメラルド・グリーン色の小箱。
ずっと昔、ホワイト・デーにプレゼントされたあのバングルと同じブランドの箱で、遠い記憶が蘇る。
「うそっ、私に?あけてもいい?」
スルスル音をたて解かれた白いリボンが座席に滑り落ちて、いくつもの弧を描いた。
中のケースを取り出し開けてみると、金xプラチナがスパイラル状に捻られている指輪が真ん中にチョコンと納まっていて、それはあのバングルと同じデザインみたいだ。
ただ、その指輪には金x銀二本の絡み合う弦に挟まれ、どうにも動けなくなったダイヤが存在感たっぷりにキラキラ輝いていた。
「うわっ・・・すごいっ、綺麗・・・。」
「気に入った?」
「うん、勿論だよ、ありがとう。」
西門さんは私の右薬指に指輪をはめて、ダイヤに小さなキスを落とす。
指輪は計ったように私にピッタリで、私の指にとても似合っていた。
つづく
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