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12.
立ち昇る白い湯気が揺らいで、シューッという音とともに座する者の体内をほんのり潤すように広がっていく。
反り返しの強かった袱紗(ふくさ)も、今ではすっかり私の手中で治まってくれ、人差し指でなぞると生き物のように、意のまま形を変えていくのが小気味よい。
棗(なつめ)・茶杓(ちゃしゃく)と丁寧に道具を清めて、この一杯へ心を込める。
西門流が長い歴史の中で培った手順どおり点前を進め、かき混ぜ終わった茶筅が茶碗から離れた瞬間の泡立ちに、満足した。
「頂戴いたします。」
私の友人であり師でもある西門さんが、スッっと長い腕を伸ばしたかと思うと、きれいな所作でお茶を口にする。
「結構なお点前でした。」
NYから帰って久しぶりのお稽古だったけど、この部屋に入るとストンと心が落ち着いてお稽古に集中する。
「どちらの焼き物でしょうか?」
「織部焼ございます。」
今日の茶碗は、織部焼の代表的なタイプ。緑の釉薬がかけられた青織部だ。
「いつ頃のものですか?」
「こちらは、桃山時代の古陶でございます。」
「よし。牧野、よく答えられた。 では、もう一つ答えてみるか?
この器のようにゆがんだ器が生まれた背景は?」
「 ・・・・・・ 背景? えっと・・・・」
私の答えを待つ間も、端正な顔立ちは甘えを許さず、前髪の向こうからじっとこちらを見つめ続ける双眼が、茶道の伝承者としての誇りと威圧感を感じさせる。
「降参か? ・・・
生みの親:古田織部は、千利休亡き後、豊臣秀吉の庇護の下、茶道の道を極めていったわけだが、彼は茶人であり武人でもあったんだ。
従来の正統な形にこだわらない自由奔放で独創的な造形美は、彼の生き方からも伺える。
現代の産業文化にも通ずるオリベイズムは、新しいものを受け入れる準備が出来ていた茶道世界に「粋なもの」と歓迎された。
覚えておけよ!」
どこかで読んだような気がするんだけど、まだまだちゃんと答えられないよ・・・。
この若さで、淀み無くさらさらと答える西門さんの造詣の深さと生来の説得力は、この業界広しといえど珍しい貴重な存在。
彼のような後継者に恵まれた西門流家元は、さぞ安心していることだろう。
そんな芸術家としての西門さんの顔を知ってから、自ずと生まれた尊敬の念は増すばかりだ。
「わかりました。ご指導ありがとうございます。」
「じゃ、今日の稽古はここまでな。」
建水を洗い終わって戻ってくると、西門さんに呼び止められた。
「牧野、今日はこのあと空いてるか?」
「うん・・・。どっちみち、一人で帰ってご飯食べるだけ。」
「じゃあ、夕飯ご馳走してやる。着替えてくるから、待ってろ。」
しばらく待っていると、打って変わって軟派風な男が近づいてくる。
「お待たせ。」
ニヤリと口角を上げ首を少し傾ける姿からは、先ほどまでの威圧感は感じられなくて、その変身振りに感嘆する。
細身の黒いズボンに白いカシミアのVネックセーター。
Vネックが狭く詰まったデザインは、一目でブランド物だと見て取れるけど、英徳の頃付けていたアクセサリー等は一切無く素っ気無い。
連れて行かれた会席料理店では、目にも鮮やかな季節の料理と西門さんお勧めの日本酒をたくさんいただいて、すっかり気分が良くなった私。
もみじ柄の冷酒グラスは薄いのに見事なカットで、何度も角度を変えて遊んでみる・・・宝石のように綺麗で思わず頬が緩む。
「なあ、牧野。 俺は、司が別れることに納得するとは思えないがな・・・。」
「私だって、あいつがどう整理したのかなんてわからないんだけどね~わかってくれた口ぶりだったよ~道明寺も大人になったね~。」
「お前は、大丈夫なのか?長い付き合いだっただろうが・・・。」
「大丈夫って?傷心で泣いてるとか・・・?
フフフッ・・それがさ、生活が全く変わんないんだよね。自分でも驚くほど、何も変らないの。
もともと、ずっと会って無いし、滅多に電話もなかったんだもん~。そりゃそうだよね・・・ハハッ。
私にとって、道明寺は卒業式の頃からだんだん離れた存在になっていったからねぇ~。ふぅ~。
多分、あの時からこうなるって予感してたんだと思うなぁ・・・わたし~。
道明寺はちゃんと聞いてくれたし、けじめを付けれてすっきりしたよ・・・。」
きっと心配して誘ってくれたのだろう西門さんの気持ちが嬉しくて、素直に答えた。
「お前はそうでも、男は惚れた女の事、すぐに割り切れるほど器用な生き物じゃないんだぜ、牧野。」
「あっ、それって西門さんにも覚えがあるとか?
今日こそ聞かせてもらいましょう~西門さんの失恋話ぃ・・・。」
「おいおい、俺が振られる訳無いだろうが・・・。悪いけど、俺は司よりずっと上手く恋愛してきたからな・・・。何なら、試してみる?」
「恋愛というより、単なる女遊びでしょうが・・・。ヒック・・・。」
「そん時は、ちゃんと恋愛してるんだぜ。 まあ、一期一会の出会いを大事にしてたわけだ・・・。」
「じゃあ、優紀とも恋愛したわけだ~。」
「優紀ちゃんとの恋愛は、最高の想い出だから内緒・・・。」
微笑みながらそう言うけれど、その話に続きは期待できないだろう。
すっかりお腹が一杯になったので、場所をかえることにした。
清算が済み、2件目は私が支払うからと近くのbarまで二人で夜道を歩き出したところ、フォックスを纏った華やかな女性が西門さんにいきなり抱きついた。
「西門さ~ん、こんなところで会うなんて、嬉しい~。 おとといは素敵な夜だったもの、電話くれるかと思って待ってたのよ。」
「みさちゃん、悪いな・・・。また今度かけるから。」
振りほどこうとするが、なかなか離れないその女性は、相当酔っ払っており、からみ始めた。
「誰、この子!・・・ねえ、ここでキスして!そしたら、許してあげる!」
私をキッって睨んだかと思うと、西門さんの首を両腕でしっかり挟んでキスをねだり始めた。
「みさちゃん、ここは公共の場だから、まずいでしょ。」
「でも、前はしてくれたじゃん!」
今にも暴れ出しそうな勢いの女性を、西門さんはなだめようとするが一向に治まらない。
「牧野、悪いが、少し向こう向いとけ!」
あろうことか、私の目前で熱いキスを交わす二人から目を離すどころか、食い入るように見入ってしまった。
西門さんのキスで、目がトロリとなったその人を抱きとめているその腕から目が離せなかった。
茶室で見る腕と同一とは思えない初めて目にする男を感じさせる腕だった・・・。
ドキドキ高鳴る心臓の音は、悪酔いのせいだろうか・・・。
この瞬間は幻なの?・・・現実なら、こんなところに居る間の悪さを呪いたくなった。
じっとしていられず早歩きで歩き出した私。
あわてて追いかけてくる西門さんに腕をつかまれ、振り返った私の瞳からは一粒の涙がこぼれ落ちた。
「牧野・・・お前・・・・」
「 ・・・・・・ 」
「もしかして、ずっと見てた?」
「うん・・・びっくりしたよ・・・。やだ、私、泣くこと無いのにね・・・ごめん。」
「 ・・・・・ 悪かったな。 」
「飲みすぎたせいかな・・・涙腺がおかしくなってるみたい。今日は、これ以上飲まないほうがいいみたいだね。」
「本当に帰るか?」
「うん、また今度必ずご馳走するから・・・。」
西門さんは、リムジンを呼んでくれて家まで送ってくれた。
涙の訳は、自分でもわからない。
でも、西門さんがなんだか汚されているようで悲しかった。
遊び人だってわかっていたけど、あんな女性に回す腕を見たくはなかった。
ずっと窓の外を見ている西門さんはきっと困惑しているだろう・・・。
でも、それよりずっと困惑していたのは私だ。
つづく
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