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信じてる

西門総二郎x牧野つくし

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信じてる 14
shinnjiteru14

14.

西門さんのお稽古は、初釜に向けての練習に移った。

あの晩のことはお互い何も触れず、西門さんが何を考えているのかわからないまま、お稽古に集中することにした。
濃茶の味も啜り方も薄茶とは似て比なるもの。 
当日は客として席入りするだけだが、濃茶を点てるお稽古もつけてもらう。
大きな茶碗に5人分の濃茶を点てる、これがまた難しい。

お湯が冷めないうちに、練って練って練りまくり溶かしきらなければならないけれども、どうしてもだまができてしまう。

「 牧野、それ飲んでみろ。」
ドロリとした液体を口にすると、西門さんのより薄く感じた。

「違いがわかるか?濃度をあげないと意味が無い。
湯の量はそのままで、もっと心をこめる!
年始に客人を清め健康でいられる薬を作るつもりで、無心で練り上げろ。」

当日の亭主は、これを何杯点てるのだろうか・・・相当な労働になることを知った。
見かねた西門さんは、私の背後から右半身を重ね、一緒に茶筅を力強く掻き回す。

「茶筅の角度を変えながら、こうやって強く・・・」
西門さんの香りは、植物系にバニラがかった甘酸っぱい香り。
その香りに包まれ、耳元に息までかかって、濃茶どころじゃないよ・・・。

「ちょっと、西門さん、近い・・・。//////」
「お前、何変なこと考えてるんだ。 茶に集中しろよな!」
「そんなに近づかれたら、こそばくって集中できるわけないでしょうが・・・。/////」
「手のかかる弟子を持った俺の身になってみろ・・・まったく・・・。」
「出来が悪くて、すみませんね・・・!」
「おいおい、その口ぶりは師匠に向かって言う口ぶりかな?」
「あっ、すみません・・・」




茶室では、師弟関係にけじめを持ち言葉遣いに注意しているつもりだった。

でも、今日はなんだかダメだ・・・。

湿った息を吹きかけられ、女性を支えていた西門さんの腕を感じる。
心がワサワサ波打って、感情のまま言葉が口から出て止まらない。

こんな俗事に占拠される私は茶人の姿とかけ離れている。
志高く入門したくせに、ちっとも芸術の域に達せない自分が歯がゆくて、
これで一流の美術雑誌を編集してるなんて笑っちゃうね・・・。

どうしたら、西門さんみたいに余計なことを考えず、自然に心と体のバランスが取れるのだろう・・・。

「ふっ・・・、そんなに落ちんなって・・・」
師の顔でなく、いつもの西門さんが優しく微笑んでくれた。
見透かされて小さくなる私の前で、圧倒的に優位な立場にいる西門さんの笑顔は余裕にしか見えない。
私は、揺れる心を治められず、顔を上げることが出来ずにいた。
「牧野、今日は稽古を止めて、少し庭を歩こうか・・・。」
西門さんに連れられ、庭園を歩くのは初めてだった。

まるでどこかの大きなお寺のように剪定された低木が並んでいる。
そして、美しく紅葉したもみじと赤い花弁をのぞかせている山茶花が目を引く。


敷石を歩いていくと、古びた建物が現れた。
「あれは、今生(こんじょう)庵といって、大切な茶事でしか使われない格式のある場所だ。
初釜では、初日第二席までの正客をもてなすが、後に続く客には濃茶のふるまいだけに使われる。末端の弟子は、入ることはない。
俺は、幼稚舎に上がった頃から、言われるまま今生庵の客に茶菓子を出したりして、懐かしみさえ感じるけどな。

それが、どういう意味を持つのかおぼろげに見えた時、よし!宿命に乗っかろうと思ったわけだ。

茶道は、一朝一夕で身につくものではない。悩んで当たり前だからな・・・。」

諭すようにゆっくり話す西門さん。
苦労を語らず、彼らしく話す言葉が、胸に響く。

古い建物の前に立つ西門さんを見ていると、流派を背負う重責と無形の芸術世界を極めるために、今でも弛まぬ努力と精進を続けているのだろうと思う。
こうして少しでも過去のことを話してくれるのは意外で、心のうちを垣間見せてくれたのが嬉しかった。

「牧野、あせるな・・・。」
「はい。」
「牧野は、何でも真っ直ぐだからな・・・。」

ニヤリと笑う西門さんは、ちゃんと私を育ててくれている。
温かい気持ちになると人は笑顔になる。 まっすぐ西門さんを見つめ、笑顔を返した。

「初釜の晴れ着、お袋が用意しているそうだぞ、行ってこいよ。」
「はい!」

くるりと向きをかえ、お母様のいる母屋の方へ向かった。
微笑んで見送る西門さんを振り返ることもなく、初釜に心を飛ばせながら・・・。

つづく

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