[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
17.
夕食の後片付けを終え、自宅でくつろいでいた。
~♪~ 携帯メールの着信音。
『 こないだの器、今から持っていっていいですか? 周 』
すぐに了解のメールを返信する。
ほどなくして、再度着信音~♪~。
『 迷子になったみたい。どこか目印を教えてください。』
西門家のリムジンじゃないんだ・・・と思いながら、ここまでの来方をメールして、
念のため、コートを手に掴みアパートの前に出て待った。
一台のスポーツカーが近づき、目の前でスーッとゆっくり停車する。
ツーシートの日産フェアレディーZ、道端の電灯の下で銀色に輝いている。
中から、人懐っこい笑顔の周くんが下りてきた。
「ここで待っててくれたんですか?ごめんなさい、僕、このあたり初めてなんで・・・・。」
「狭い道が続いてるから、分かりにくかったでしょ?」
「もう、完璧です。牧野さんの家、ここですか?」
「うん、二階の右から3番目の部屋。 ちょっと上がってく?ここは寒いから・・・。」
「え?・・・いえ、僕は・・あの、今日は遠慮します。」
「クスッ、そういえば、西門さんから注意されたことあるんだ。男は誰でも警戒しろって・・・ハッハハ 」
「総兄が?」
「西門さんって、ああ見えていつも一本筋が通ってるんだよね・・・。そこは、感心してるの、これ内緒だよ。」
周くんを笑顔で見上げた。
「///っと、牧野さんってパッと花が咲いたような笑顔するんですね。」
記憶がある頃から、私が笑うと大人たちが目を細めて微笑んでくれた。
笑顔だけは人から褒められてきたお陰で、人前で笑うことが好きだし、自分でも少しは気に入ってる。
類も、私の笑顔が好きだと言ってくれた。
今でも変らず好きだと言ってくれる。
道明寺への思いの信念が揺らぎ始めた頃、いつになく真剣な表情で「まきのの笑顔を守りたい」と言ってくれたこともあった。
そういえば、ここしばらく笑顔なんて意識したことなかったな・・・。
「体を温めにいきましょう・・・。乗ってください。」
「え?どこにいくの?」
「クスッ、おいしいココアのお店ですよ。」
周くんの車の中は、あふれ出す程書類で膨れ上がった紙袋・数冊の分厚い本・ルーズリーフ・ノートパソコンが押し込まれていて、
男っぽくそれでいて教科書の匂いのような懐かしく不思議な匂いがした。
「散らかってるでしょ。卒論準備で、荷物が一杯なんですよ。」
そう言いながら、ゴソゴソと新聞紙に包んだ物をつかんで差し出された。
大きい方の包みを開けると、中から見覚えのあるずんぐりした茶碗が顔を出す。
先日作った素朴な薄灰色の陶器。でも、思いのほか艶やかで素敵だ。
小さな方の包みの中も、全く同じ灰色の陶器だけど、かわいいお湯呑みだった。
「初めてにしては、どれも上出来だってほめられましたよ。
折角だから今度、この茶碗でお茶の点て合いっこしましょうか。
自分で作った器で点てるのって、どんなだろう・・・。ね、牧野さん?
僕、楽しみだな・・・。」
周くんはフロントに向き直り、サイドブレーキを解除しハンドルを握る姿は、どこまでも進んで行けそうな活力であふれて見えた。
進もこんなに立派に見えるのかな・・・。
今日のお稽古は、小紋の着物を着用でいつもより背筋がピンと伸びる。
西門のお母様からいただいたものだ。
冷たい印象だったお母様が、跡継ぎ息子から頼まれたせいなのか、それとも生来の世話好きな性格のせいなのかわからないけれど、親切に茶会用の着物を見立ててくださる。
そして、こないだ振袖を見立ててくださった時、この小紋の着物を譲ってくださったのだ。
「つくしちゃん、自分の着物があれば、お稽古にも力が入りますよ。」
確かに、帯が体の重心を下げ、正座の姿勢が楽な気がするし、袂(たもと)の払いが楽しくテンションがあがる。
けれども、お点前の終盤になると、いつもより背筋を伸ばしていたため、建水を持つ左手に力が入りすぎて、ぎこちない立ち上がり方になってしまった。
「牧野、もう一度、建水を持って下がるところをやってみろ。」
またぎこちない立ち上がり方になる。
「おいおい、まさか建水をひっくり返す気じゃないだろうな。」
カチンときたけど、もう一度冷静にやり直す。
やはり、疲れ始めた背筋はいう事を聞いてくれなくて、スムースに立ち上がれない。
「牧野、これから練習も着物着用な。」
毎回着物となると、日頃から着付けない私には大変な負担だ。
思わず、すがるような視線を向けるが、黙って首を横に振る西門さん。
「よし、今日はおしまい。」
「ありがとうございました。」
「さすがに、慣れない着物で疲れたみたいだな・・・。一杯入れてやるから、飲んで帰れよ。」
そういって、薄茶を点ててくれる西門さん。
その手つきは、時空が緩やかに変ったようになめらかでありながら力強く流れるようで、所作に目を奪われる。
茶道は知れば知るほど奥が深く、動線美を細かく探ればきりなく興味深い。
西門さんの点ててくれたお茶は、素っ気無い言葉と裏腹に疲れた体を温かく和ませてくれた。
「おいしい・・・。」
「そっか・・・。」
お稽古が上手く出来た瞬間、それからお稽古が終ってホッコリする時、この茶室で安らぎを覚えるようになったのは、いつからだろう。
「西門さん、今日は特においしかったよ・・・。」
「ふっ・・・、いつもと変らないぜ。」
ニヤリと口角を上げる西門さん。
私は、持ってきた紙袋を差し出した。
「これ、遅くなったけど、お誕生日おめでとう。 お歳暮と思って!」
「俺に?」
「そう!こないだ作ったんだ。あんまし上手じゃないけど、日ごろの感謝が一杯つまってるからさ。」
西門さんは、袋の中から地味なお湯呑みを取り出した。
「へー案外、上手じゃん・・・。」
実は、なんて言われるかとドキドキしてたから、嬉しそうにお湯呑みを見つめる様子にホッとする。
「サンキューな。」
目を細めて喜んでくれている。
それが嬉しくて私も笑顔になる。
見つめ合った束の間、西門さんの嬉しい気持ちが流れてくる気がした。
初めて、気持ちが交流できたかもと思った。
「ねえ、これから一緒にご飯食べに行かない?こないだご馳走しかねたでしょ。」
「おう、あれか・・・。」
顔を少し傾けて考えたかと思うと、ニヤリと涼しげな眼差しを向ける。
「じゃ、うまいもん喰わしてもらおうか。」
足を踏み出しながら振り返り、『あっちで』と口パクで待ち合わせ場所を指示する。
何をさせても様になる粋な男だ。
頷いて返事した後、私も踵を返し着替えの部屋へ向かった。
帯紐に手をかけながら・・・。
つづく
コメント