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18.
調子よく夕食に誘ってから、急いで頭の中のお店データを引っ張り出してみる。
突然の発案だったので、もちろんお店の予約はしていないけれど、今さら見栄はることもない。
優紀と何度か行ったことのある渋谷のオムレツ屋さんへ行くことにした。
渋谷駅近くでリムジンをおり、クリスマスイルミネーションに輝く渋谷のど真ん中を二人で歩くと、周りの女の子たちの視線を感じて懐かしさにほくそ笑む私。
辺り一帯は、購買意欲を掻き立てるようクリスマスバージョンに模様替えされ、すっかりお祭りムードだった。
お互いの手を取り合ったカップル達が、キラキラと楽しそうにその中を漂っている。
「ねえ、私たちもカップルに見えるかな?」
「見えるんじゃねえの・・・。」
それがどうしたというような返事をする西門さんは、夜の街を女の人と歩くのに慣れてるけれど、私は正直言って少しドキドキしている。
道明寺と長く付き合っていながら、実際こんな風に甘いクリスマスの街を歩いたことはなかった。
友達といっても、やはり西門さんは背の高い美男で、カッコいい。
私の小さな胸中は、クリスマスマジックにかけられた乙女心が出たり入ったり、とても忙しかった。
「それにしても、すっげえ人多いな。渋谷には最近あんまし来ねえし、ちょっと新鮮だわ。」
「それはそうでしょうよ。もっと高いお店ばかり行くんでしょうから・・・。
えっと~今日は、ちょっと庶民的に行かせてもらいます。」
きっぱり断言する私にニヤリと笑う西門さん。
何を思い考え歩いてるのかわからないけど、文句も言わないので目的のお店へとっとと入店した。
「さあ、何でも食べて。もちろん、ご馳走させていただきます。」
コートを脱ぎながらそう言って、メニューを見遣る。
「俺、牧野と一緒でいいわ。」
「なにそれ、やる気なさそうな感じ。折角、人がご馳走してあげるって言ってるのに。
一応、トマトソースやら和風ソースやらあるんだよ。選ぶの面倒なの?」
「いや、そういうわけじゃなくてな。
あれだ・・・、つまり、何がお勧めかわからないし、ここは牧野におまかせ。」
「もしかして、お財布心配してくれてる?フフフッ、正社員として働いてますから、心配しないで。はい、メニューどうぞ。」
ニッコリ笑顔までつけて、メニューを押し付けた。
「お前、よくそこまで理由を考え付くんだな。
今日は牧野と同じもの喰ってみたいだけ。大して理由なんかなくて、悪かったな。
なんだよ、キョトンとして・・・。」
「私のこと動物園の猿みたいに思ってるでしょ?
庶民は普通、こういうお店に来るんだよ。それで、仲良く一緒にメニューを開いて決めていくの。」
「で、ワインとかも相談して一緒に決めるわけ?」
「そ・そうだわよ。白とか赤とか、色々あるでしょうが・・・。」
「クククッ、じゃ、つくしちゃん、どっちにする?白が好き?それとも赤?」
椅子の背もたれから体を浮かし、その端正な顔を近づけ尋ねる西門さんは、またからかって巧みな会話にまた私を引きづり込んでいく。
「そういう手にはのりません!」
「何が・・・?俺、悪いこと何かした?
けど、お前こういう時は、ものすごく活き活きとしゃべるんだな。
おかしな奴だよな、まったく・・・クククッ。
ほら、注文聞きに来たぜ。」
結局、私が全部決めて注文した。そんな私を、西門さんはじっと見つめていた。
注文した後の西門さんは、話も上手くて飽きないし、スマートに追加ワインを頼んでくれたりする。
『さすが女たらしだけあるわ・・・』と納得する一方、芸術家としての奇特な才能を持つこの男の真摯な姿を知るだけに、
ギャップを感じ当然のようにいつもの疑問が浮かんでくる。
「そういえば、周くんは西門さんと違って真面目ないい子だよね。
こないだ、部屋に誘ったんだけど遠慮されちゃったし、車の中にはどっさり卒論準備の書類とか積んでてさ、真面目な学生そのものだね。
女遊びなんか、絶対してないって感じだよ・・・。」
「お前なぁ・・・あいつも一応男なんだぜ。部屋に連れ込んだら、何するかわかんねえぜ。」
ジロリと睨んでるけど、口元は笑っている。
「あんた、それが兄のセリフ?周くんに限って、それはないよ。」
「周のやつも俺の血と一緒で、親父の血を受け継いでんだぜ・・・いつ血が騒いで牙を剥くかなー?」
「何、ビビらせてんのよ。
F3だって、私には何も感じないでしょ?
結局、色気ない私みたいなのは、対象からはずれてんだろうし・・・。」
「お前、いまだにそういうことマジで言ってるわけ?馬鹿じゃねえの?」
「は?馬鹿と・・・?」
「まあ、確かに色気ムンムンとは言い難いがなぁ・・・年頃の娘だろ、気をつけろよ。」
こうして、時々ふいに優しい言葉をくれるんだ、西門さんって人は・・・。
「ねえ、西門さんも、本当は真面目なのにどうして隠すの?」
西門さんの機嫌を損ねる質問だとわかっていた。けど、とうとう言葉に出してぶつけてみた。
それは、西門さんを知れば知るほど感じる疑問であり、そうなってしまう理由を出来れば取り除いてあげたいと思い始めたからだ。
それは、ただのおせっかいで、ただ我が師としての理想像を押し付けようとしてるのかもしれない。
でも、西門さんには汚れて欲しくない。
そのきれいな腕を、一夜の戯れに染めて欲しくない。
あんなに純粋に芸術を愛する人だもの、きっと、純粋な愛情を一人の女性(ヒト)に注ぎ、幸せになれる人だと思う。
「隠す?女遊びのこと言ってる?それは男の性(さが)のせいなんだよなぁ~つくしちゃん。
ホイホイ付いて来るんだから、ありがたくいただいてるだけ。おっと、失礼・・・仲良くするだけ。
でも、最近は大人しいもんだぜ。
仕事も忙しいし、いつまでもそんなことやってられないしな。」
「じゃあ、こないだのキスの人は?」
「それ、俺を尋問してるつもり?」
ニヤリと口角をあげながら、首を傾ける西門さんのトーンが少しゆっくりに変った。
そして、やっぱり話を反らすんだ。
こう言って・・・。
「もしかして、妬いてくれた?」
「////もう、そうやっていつもからかうんだから・・・。」
「俺に口で勝とうとするのは、10年早いの。」
10年経っても、勝てない気がした。
その話はそれでおしまいになって、違う話題を振る西門さんにつられる私。
英徳での懐かしい話・茶事でのハプニング・先月号の男の美学ページの感想・・・・など、たくさん話して盛り上がった。
久しぶりに、猫がじゃれあうような会話もして、思いのほか華やいだ気分で楽しんでる自分にも驚く。
お店の外に出ると、12月の冷たい空気は容赦なく、息が白い。
「う~、さみ~な。あっ牧野、ご馳走さん。」
「どういたしまして・・・。本当に楽しかったよ。」
マフラーを口元まであげながら、もう帰るかと聞く西門さん。
なんだかもう一軒行きたい気分だと告げると、すかさず先を歩く西門さんの黒い革ジャン姿がすごく格好よく見えて、胸がキュンとした。
こんなケバケバしいネオンの中を歩く姿も様になると認めざるをえない。
もう、非日常的な渋谷の街のクリスマスマジックにすっかりとらわれていたのかもしれない。
「牧野、寒いだろ。これ、使え。」
そういって、男物のグレーの手袋を渡してくれた。
「俺は、手をポケットに突っ込んでるから・・・。」
手袋を手に取り、見上げた西門さんの瞳が銀色に光って見えた。
多分その時、私は恋に落ちたのだと思う。
その気持ちを自覚するのは、まだ後のことだけれど。
つづく
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