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19.
私の朝は、だいたい決まった作業の繰り返し。
洗濯機を回すことから始まり、新聞に目を通しながら朝ご飯を口に突っ込み、バタバタ後片付け・洗濯物干し・ゴミ収集の袋閉じの流れ作業。
スケジュールを確認しながら、簡単な化粧を塗るとその日一番の洋服を選ぶ。
丸首の薄手セーターに合わせて、買ったばかりのツイードパンツか灰色のボックススカートか悩んでいる時だった。
Truruururururururu・・・・・・・・・
突然、携帯の呼び出し音が鳴り響き、手に取り開いてみる。
えっ?・・・・・
その男を表す活字に呼吸も忘れ、あまりの息苦しさで吐き出された短い吐息。
応答ボタンを押す指も麻痺したように重い。
「・・・牧野か?俺だ・・・」
「 ・・・・・・。 」
「びっくりして声も出ないか?電話で話すくらいいいだろ・・・・迷惑か・・・?」
「・・・ 道明寺
いいよ・・・ごめん、びっくりしちゃった。」
「クリスマスだろ・・・どうしてるかと思ってな・・・。」
「あっそっか、今日は ・・・ メリークリスマス。」
「おぅっ・・・・。
毎年、お前にプレゼントを選んで一年の終わりを感じてたのによ・・・。
なんか、トチ狂ってよ。」
削ぎ落とされた感傷的な言葉で、はりつめた強張りが力点を失うのと同時に思考が回転し始める。
「体壊してない? まだ、会社じゃないの?」
「あぁ・・・まあな。
クリスマス・ホリデーのうちに、デスクワークを片付けちまおうと思ってな、今日は朝から篭りっきりだ。イヴの夜だというのによぉ、まだ仕事だ・・・。」
「そう・・・。日本は、祝日じゃないから、こっちも仕事。」
「牧野も仕事か。お前、雑誌の編集してんだったよな?・・・楽しいか?」
「そりゃね・・・。大変だけど、結果が見えやすいし遣り甲斐あるよ。」
ふと今日の予定、新スポンサーへの挨拶とバレンタイン企画案提出を思い出し、気が急き、時計を見遣る。
「そっか・・・頑張れよ。」
「うん、ありがと。」
「牧野・・・お前は、楽しくやってんだな?」
「うん、まあね・・・結構、楽しいよ。」
あの日、鉛のように重い心を引きづりNYへ飛んだ。
清算を主張してから、まだ3ヶ月ほどしか経っていない相手へ、自分の口から出た言葉があまりにも軽いトーンでハッとなる。
自分は、喉下過ぎれば熱さ忘れるこんな冷たい女だった?
「そうか・・・。」
「毎日、色々あるし・・・。」
「色々・・・か」
深い意味はないつもりだったのに、押し黙る道明寺。
道明寺の低い声と私の上ずった声は、平行線のまま混沌とした色を帯び出す。
ポンポン言い合えたあの頃のように、友達として話せる日が来るのか・・・。
その沈黙に耐え切れなくなった私は、電話を切る言葉を送ってしまう。
「道明寺も頑張ってね・・・。」
「・・・ 牧野、お前、好きな奴でもできたか?」
「そんなのいるわけないじゃん。何、朝っぱらから言って、あんたおかしくなったんじゃないの・・・?そっちは夜でも、こっちは朝なんだからね!」
最奥の痛点を突かれて逆上した動物のように、どやどや心中を駆け巡るうるさい鼓動を抑えきれず、乱暴に口走る。
「ふっ、やっとお前らしいセリフが聞けたな・・・。」
その日の午後、類の会社へ立ち寄った。
挨拶をしに行ったスポンサーのビルが、花沢物産と近かったせいもあるけど、何よりも類の顔を見たかった。
パンクしそうになると、類がやさしく余分なものを抜いてくれて、いつの間にか駆け込み寺のような存在になっている。
『牧野から元気もらってギブ・アンド・テイクだから・・・』って言うけど、どう考えても類が割り負けしてる。
何のアポイントも取らず多忙な類に会える可能性は期待できなかったけど、受付嬢が類に連絡を入れるとすぐに26階一番奥の部屋へ通された。
トントン
「どうぞ。」
扉を開けると、ブラインドウから差し込む陽光を背にした類が笑顔で迎えてくれた。
類の机の側にもう一つ立派な机が置いてあって、秘書らしき男性が軽やかにワープロを叩いている。
ここには何度か来てるけど、側に他人を置く類を見るのは初めての光景だ。
「ごめんね、急に・・・。これ、差し入れ。」
来る途中に買った○ゲインを一箱、応接セットの机にそっと置いた。
「それ、精力剤?」
「ち・ちがうでしょ、栄養剤よ。こないだ疲れた顔してたから・・・。」
「クッ・・・サンキュー、牧野。
牧野、さっきの書類、今から先方へ届けてくれる?」
明らかに目の前の男性に声をかけている。けど、さっき牧野って言ったし・・・。
その男性が退出すると、フワア~ンと背伸びをし、立ち上がる類。
「確認と詰めの作業があんまり多いから、時々秘書と顔つき合わせて仕事してるんだ。
あいつの名前も、牧野。 牧野と一緒にいるみたいでいいでしょ。」
ニコリと微笑む類に開いた口が塞がらない。
「プッ・・・あんた・・・」
「それで、今日は何? 牧野がここに来るってことは、何か聞いて欲しいことがあるんでしょ?総二郎に何かされた?」
「は?そんなんじゃなくて・・・、ちょっと類の顔が見たいなと思っただけだよ。」
「ふ~ん、理由はどうでもいいけど、牧野が来てくれるのは大歓迎だからね。」
「ねえ、類の会社、UAEに進出するんでしょ?駐在とか具体的な話はまだないの?」
「年が明けたら、JAFZ(ジュベル・アル・フリーゾーン経済特区)で不動産受け渡しの締結するから、短くても2ヶ月くらいあっちに行くけど。」
「そう・・・。」
すがりつく主幹を失った葛草のように、心もとなげに揺れる心は、やはり見透かされていた。
「俺の方が、牧野の元気パワーをもらえなくてやっていけるか心配だよ。」
見つめる薄茶の瞳が、光を透過させ、占い師が持つ不思議な水晶を思わせる。
千里眼なのだろうか・・・。
「類・・・。」
「牧野、言ってみな。何があった?」
「今朝・・・道明寺から電話があった。
道明寺は、すごく穏やかに話してくれたのに、何故か気まずくなっちゃって・・・。」
「どんな話したの?牧野が、変なこと言ったんじゃないの?」
「普通だよ。ただ、軽くしゃべれる自分が、冷たい女みたいでびっくりしたの。」
『好きな奴が出来たのか?』といわれた事は、どうしても言えなかった。
「牧野が、今すぐ司と関係を修復したいと思わない限り、そのままでいいんじゃない。」
類は、肘をつき両手で鼻と口を塞いだまま、不思議なものでも見るような眼差しでそう言った。
類薬の特効性も見られず、何も変らない状況で、私はワサワサした気持ちを抱えたまま、雑踏へ再び紛れ込む。
街中が結集してクリスマスを祝っているのに、一夜明ければ急いでお正月の準備にとりかかるクレイジーな季節。
体が透明な風船の中にスッポリ入って、他の風船とぶつかりながらも、カラカラに乾いた冬空を漂っているように感じた。
つづく
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