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信じてる

西門総二郎x牧野つくし

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信じてる 21
shinnjiteru21

21.

「お前がここに呼び出すなんて久しぶりだな。」
「おう、しばらく来てなかったけど、マスターも健在で安心したわ・・・」
「おやじ面のマスターが見たくて来たわけじゃないだろ。
まあいい・・・。今日は、とことんつきあうぜ。」
そう言い、どっしりカウンターに座りなおす旧友は、俺のために忙しい時間を割いて来てくれたに違いない。

自慢のウェーブヘアを切り落とし、額に少しかかる程度になった企業戦士。
俺たちは、属する世界を色濃く身に纏い始め、もはや躊躇することもしなくなった。

「けど、この店懐かしいな・・・。大学頃の俺らの隠れ家だったよなぁ。
類にも声かけたのか?」
「いいや。」
「そうか・・・。」

遊び人と言われた俺たちにも、たまには女抜きの夜が欲しかった。
類を無理矢理引き連れ、三人でよくこの地下のバーにやってきた。
集まっては、酒を煽るように飲む。
決められた宿命のプレッシャーに一人では耐え切れず、真正面から見つめようと不細工にもがいた時間だ。
東の空が白みがかった頃、重い瞼と戦いながら、最高級の柔らかいベッドへ向かうことが、至福と思えたささやかな青春だった。

「あきら、イタリアへ行かなくていいのか?先延ばしにしても、仕方ねえだろう。」
「絶対的な辞令でも出てくれりゃあ行かざる得ないだろうが、親父は俺の意見を尊重してえみたいだし、ある意味自由裁量だから。
まあ、来年あたり行くかもな。」
「そうか・・・。」
ポツリとつぶやくと、よほど寂しげに見えたのか、それとも、言葉にするチャンス到来と勢い込んだだけなのか知らない。
けど、根っから親切な男は励ますように俺に向かって言う。
「お前には、牧野がいるぞ。それにあいつは、今、フリーだ。」
「・・・」

牧野という響きに、再びあの光景が蘇る。
感情が激しく高ぶって、手に持った琥珀色の液体を、一気に飲み干した。
喉を伝う焼き尽くすような感覚が、胃の辺りまで下りてくる。
グラスの中のアイスを睨みつけても、俺の心にある醜い感情は消えない。


それは、認めたくないが、 -嫉妬―。


ダッセーな、俺。
青白い炎に支配されて、どうしようもなく、あきらを誘った。

「総二郎、お前、気付いてるんだろ?」
「・・・、ああ・・・。」
ジロリと俺を見遣るあきらは、少し驚いた表情を見せた。
「何があったか知らんが・・・、だいじょうぶか?」
そうだよな・・・あきらだもんな。
気付いてながら見て見ぬ振りを続けてやがったか。

そうだ、俺はずっと牧野を見つめてきた。
牧野が、俺らと言葉を交わすようになってすぐの頃から。

英徳で赤札貼られても、隠れるどころか、目を剥いて立ち向かってきた奴だ。
一目を置くだろう、誰でも・・・。 それが、いつの間にか、ダチに変り、そして、手を出してはいけない女になった。
性欲を満たす柔らかな女体を抱きながら、あいつの笑う顔がよぎり、激しく打ちつけ果てた身勝手な夜もあったが、当の本人は全く別の位置から俺を魅了し続けていた。

そのこと自体が、俺にとっては奇跡だった。

敷かれた運命から抜け出したいともがいても、実行に移す勇気もなく、余りある金と女が当たり前だと思って過ごしていた薄っぺらな頃。
それが、恵まれた境遇だと知っていながら、あいつに会うまで本当に理解してはいなかったんだ。
信じられねえくらい貧乏なあいつの家族。
高校生が家族の大黒柱としてバイトに励むことは、法に触れるんじゃないかとマジで心配したぜ。

家計を助け、恋人に会いに行くための旅費まで稼ごうとしていた。 司に言えば、取るに足りない事なのに、頑なに援助を拒み、自分の力で前に進もうとする奴。
人前で、ギャーギャー喧嘩はするし、大声を出す。
周りの女達と同じ染色体を持っているとは、到底思えねえ。

誤魔化すという事を知らねえ、単純細胞な奴で、自分のことより人のことだ。
司の母ちゃんにまで、啖呵をきり、友情の為、恋人を切り捨てたこともあった。


けど、俺にはその強さが羨ましかったんだ・・・。
好きになった女との恋愛さえ、まともに向き合うこともしなかった。
万事、事なかれ主義でやってきた俺にはまぶしすぎて、司には悪いが、胸の奥にどんどんあいつが住み着いていくのを自覚していた。
あいつらの結末から目を反らすことはできなかったし、成就しかあり得なかったはず。
なのに、司と切れることになるとは、何度も耳を疑ったぜ。

牧野に茶を教え始めた頃は、あいかわらず、くるくる変る表情が愉快だった。
意外だったのは、想像以上に茶道を真剣に学びたがったこと。
恥をかかぬ程度でいいんじゃないかと言う俺に、今まで『日本の美』について無知だった自分が恥ずかしいとかぬかしやがった。
類が、どういうつもりで職場を紹介したのか知らないが、あの牧野がここまで芸術分野に関心を示すとは想像もしてなかったことだ。

新しい世界に触れてみて、楽しくて仕方ないと目を輝かせる子供のように、みるみる内に覚えていった。
教え甲斐のある弟子だと言ってもいい。
手に取るように見えたあいつの感動・喜び・戸惑い・焦り・疲れ・・・。
すぐに俺は、あいつがやって来るのを楽しみに待ちわびるようになる。

二日前のことだ。
セミナーの仕事から帰ってくると、使用人から牧野が来ていると聞いた。
足早に稽古部屋に向かうと、ふざけたように袱紗(ふくさ)をたたむ牧野が目に入る。
朗らかで和んだ空気の中、愉しそうな二人の笑顔があった。

周が踏み込んできやがった。
何故、二人でここに居る?
何故、そんなにも笑ってる?

周くんから誘われ、いつも西門さんに稽古つけてもらう部屋で、お茶を点てていた。
私の筒茶碗も、こうして丁寧に拭き清められると、価値が上がってくるような・・・。
家元夫人が言うように、着物も茶碗も本来の目的として使われるとき、本当に喜んでるのかもしれない。

「なんだか不思議!
お茶を点てて遊ぶってこと、今までしたことなかったから・・・新鮮。」
「僕もです。こうして、肩の力をぬいてやりたいように点てるのもいいものですね。
さっき、いつもより茶碗の位置を遠くに置いてたこと、気付きました?客観的に、自分と茶碗を想像してみたくてね・・・。」
「うそっ!気付かなかった。やっぱり周くん、うまいなあって思ってただけだよ。」
「牧野さんも、まだまだだなぁ・・・かなり、遠くでしたよ。はははっ・・・」
「本当に?」
「本当!」
「・・・・ふふっ・・」
「はははっ・・・」
些細なことだけど、少し違った角度からお茶に触れることが、風穴のように茶道の世界を広げ、身近に感じさせてくれるとは思わなかった。

今まで、決まりきった手順しか脳がなかった。
シンプルにおもしろい。
楽しい時間。
自分流に変えて点てるなんて、もちろん、基本あっての遊びだけれどしゃれてる。

娯楽の少なかった昔、人々は茶の運びを学び、次に和・敬・清・寂の精神世界を会得することに喜びを見出していたという。
時を経て多くの流派に分かれてきたのは、美しさの追求に尽きるだろうけど、先人達の遊びから生まれた新しい手順や精神が系統立てられた結果ではないかとよぎった。



赤い袱紗を手にし、両手で扱う。
「私も、ちょっと変えてみよう・・・、いいよね?ふふっ」
「ご自由にどうぞ。」
にっこり笑う周くん。
しゃれっ気のつもりで、いつもより少し遠く高い位置でたたんでみた。
やっぱり、いつものほうがいいかな?と思った時、この茶室で聞きなれた声が聞こえた。


「入るぞ。」

西門さんは、障子を開ける手もそのまま、しばらく私たちを見つめてから、ツカツカと近づく。
そして、背後から背中越しに私の両腕を掴み、袱紗ごと手の位置をいつもの位置へと正した。

「牧野、何をしてる?!俺に恥をかかすつもりか?」
「ええ・・っと・・・」
突然のことで、返事にまごつく私。
すると、周くんが目の前ににじり寄ってきて、ズシッと私の両腕を掴み、元の高い位置へと戻した。
「総兄、今日はこれでいいの!」
「勝手はするな!」
また、西門さんの手によって背後から下げられる。
「お稽古じゃないんだから、総兄は黙っててよ!」
と言いながら、また前から持ち上げられる。
「お前が黙れ!」 下げられる。
「遊んでるだけだから!」 上げられる。
「誰が、遊んでいいと言った?」 下げられる。
「いちいち、許可もらう必要あるの?」 上げられる。

「・・・・」

口先だけのセリフを小さく吐き出した。
「まだ遊ぶのは早い。型が乱れるだろうが・・・。」

許可が要るかだと?

つづく

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