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22.
許可が要るかだと?
網膜から伝わる振って沸いたような情報と足元から駆け上る感情が、ぶつかりあって激しくスパークした。
生まれてきたのは熱い怒り。
許可など知るか・・・。
怒りの矛先は、勝手にふざけたことなどではない。
何だ?何だ?茶室に広がる和やかな空気は・・・?
思い起こせば、牧野を指導しながら育んできた師弟の関係は、司も類も踏み込めず、自ずと脈を打ち独り歩きを始めた。
今なお、姿を変えながら進展し、どこへ向かおうとしているのかわからないでいる。
閉ざされた箱の中で、羊のように従順な牧野を支配することは愉楽そのもの、けれども、高みから眺めているとふいに心を動かされ、決してのっぺり穏やかといえない。
牧野の白い指先が、想定通りの流線を描き、静かに止まる。
息遣いまで感じられるほど、無遠慮に見つめると不思議にスーッとあいつが入り込んでくる。
牧野の強い瞳が喜びで輝く時、か細いうなじから仄(ほの)かな温度を感じ、俺の心中も喜色で染まり波打ち始める。
作法に戸惑い黒い瞳が曇れば、俺の体は牧野を包み込もうと、どこからともなく温かな血が騒ぎ出し、ワサワサ揺れて落ち着かなかった。
完全に俺の手中に居るように見えて、気を抜けば俺を翻弄する。
牧野の動きを支配しながら、実は踊らされることもしばしばだ。
俺に飛び込んでくるあいつの存在が、何かしらヒリヒリとした刺激を呼び、例えようのない好奇と悦楽に夢中になった。
そんな経験は、初めてでワクワクさせられた。
正直、このまま牧野に嵌まり込むのでないかと、戸惑ったりもした。
師と弟子の間に横たわる溝は、禁断の果実のように静かに毒づき、エロチックに姿をかえていく。
普通に生身の女を抱くより、もっと奥深い所で心を揺さぶり、男の股間をゾクゾク熱くするのだ。
『 何故、そこに周がいる? 』
障子を開けると二人が朗らかに笑いあって、楽しそうに遊んでいた。
牧野の手には、赤い袱紗が握られて、楽しげに空を切っている。
教え込むばかりで、これまで茶で遊ばせ無かったなと、チクリと胸を刺す。
牧野に柔らかな笑顔を浮かばせている周に激しく嫉妬し、沸々と怒りが湧き起こった。
いつの間に、これほどの仲になった?
何度も会っていたのか?
知らない間に、牧野は周に稽古をつけてもらって、楽しんでいたのか?
どんどん悪い方に考えてしまう。
縁は異なもの、味なもの。
俺の場所に周が座っても、誰が咎められるだろう。
牧野が誰とどうやって過ごして居ようが、俺に何の文句を言う権利がある?
後から後からやってくる自問自答に、どっと汗が噴出した。
同時に、何かがパッーンと袋を破いて出てくる感じがした。
目が覚めるように晴れ渡った中、明瞭な声で叫んでいる。
『 牧野は、俺のだ。 俺だけの・・・。 』
決まった相手を作り、引きづる恋愛感情は、御免だったはず。
一期一会の出会いを堪能し、朝が来れば淡白な別れを告げる関係には所有欲なんてややこしいものは存在せず、気軽なつきあいが体の髄まで染み込んでいた。
言葉を変えれば、それが俺のスタイルだったのに・・・。
周への嫉妬を隠す余裕もなく、牧野をなじってしまった。
幼稚な行為を思い出すと、居心地が悪くなる。
『 牧野、何をしている?! 俺に恥をかかすつもりか?』
玩具を取られて手を上げる幼稚園生と同じって、どういうことだ俺?
牧野は、平常心を逸脱した俺らしくない行為さえ、素直に師の教えと受け止めたようだ。
けれど、周は違う。
最後に俺に向けた言葉は怒気を含み、挑むような眼差しだった。
「 どういうつもり? 出て行ってくれない? 」
光沢のある磨かれたカウンターに、ぶら下がる蛍光灯が白く映っている。
ぼやけた境界線の中央付近に焦点を合わせ、長い間考え込んでいた。
琥珀色のグラスを何度も空にして、繰り返し余計な感情をそぎ落としていく。
どうみても変な俺に、あきらはマイペースにつきあってくれている。
周に対する青い炎の中に見えた俺の思いは、生まれ立ての赤子のように裸ん坊で頼りなげだ。
「なあ、あきら。」
「なんだ?」
「・・・ 司。 司を呼んでくれ。」
「は?・・・ってか、あいつはNYだろうが。 総二郎?」
「司に話すしかない。」
「何を?」
濃茶の瞳は、どうやら俺に次の言葉を言わせたいらしい。
「動くつもりはなかったんだ。けどな、手を引っ込めてる自信もなくなったし。」
「牧野となんかあった?」
「 ・・・ 」
「行けばいいんじゃねえの!司と牧野は終わってんだから、遠慮する必要ないと思うぜ!司と話したところで、お前の気持ちが消えてなくなるわけないんだろう?
それとも、牧野は俺がもらうって宣言したいのか?」
「 ・・・ 」
「司だって、総二郎に遠慮なんかされたくないだろ。」
「悪いが、遠慮できそうもないな・・・。」
あきらは小さく口笛を鳴らし、グラスを高く掲げた。
つづく
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