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24.
どこにでもあるような3階建ての古い区民センター。
西門さんが言っていた茶碗が、まさかここにあるのだろうか。
前を歩く男は、さも勝手知ったような足取りで階段をズンズン上っていく。
2階にあがったところに開けたスペースがあって、来訪者が団欒できるようにテーブルが置かれていて、壁伝いにショウケースが並んでいる。
「こっちだ。」
西門さんが、振り向き声かけてきた。
「ここに、例のお茶碗があるの?」
返事の代わりに静かに頷き、中央ショウケースへと先を歩く。
それは、他のと同じ質素なアルミとガラスのショウケースで、西門さんが原稿に選ぶほどの美しさを放っているかと聞かれれば甚だ疑問な展示品。
近づいてみても、役目を終えたガラクタのような、薄茶色の罅(ひび)の入った冴えない茶碗だった。
「これが・・・、これが、西門さんのお気に入り?」
「ああ。原稿に書くのは、俺が選んだ茶碗でいいんだろ? 」
「まあ、そうなんだけど・・・。 ねえ、どうしてこれが特別なの?」
「昔、英徳の幼稚舎3年の時、社会科見学でここにやってきて見つけたんだ。
わざわざ何で、こんなの飾ってんのかってスッゲー不思議に思った。
罅(ひび)入ってんだぜ、普通、捨てるだろう?
そん時、ここの職員が、これは罅があるからこそ価値あるんだぞって言うわけ。
そういわれても、罅割れたのなんか、それまで見たこと無かったし、頭ん中は?はてなマークでいっぱいだったな。
まあ、それが俺の探究心の始まりってこと。
考え始めたきっかけっつうか、一番最初に興味を持った器だ。」
「ふーん、そうだったんだ。
クスッ、その職員さんの一言が、西門流次期家元に影響与えたって知ったら、びっくりするよね。ちゃんと、お礼言っとけば?」
「ああ、時々ここへ来て、茶を教えてるから。
西門流が、ここの茶道全般の世話してる。ずっと、常設展に残して欲しいからな。」
「うわっ、個人の嗜好を公共施設に押し付けてんの!
でも、実際、これが本当にそんなに価値あるの?
私が言うのも変だけど、華が無いっていうか、どうもパッとしないじゃない。」
「これは、江戸中期の古萩茶碗。 まあ、飛びぬけたところはない茶碗だな。
茶道が確立されるまでには、様々なうねりが何度も起こったのは勉強しただろ?
茶道具の価値観だって、時代とともに激しくかわって、経済が安定するにつれ、完璧なものより不完全なものが粋だという風潮が裕福な人々に流行った。
歌麿、覚えてるか?前に、類に資料を頼んだことあったな。
あの斬新な艶っぽい絵が流行り出したのと同じ時代背景だ。
まあ、茶道具ばかりは、賛否両論だったみたいで長くは続かなかったが。
多分、これは当時の貴族の家に飾ってあった物なんじゃないか?
牧野、茶道具の価値観って誰が決めると思う?
例えば、千利休が素晴らしい茶碗だと言えば、その茶碗は格段に価値が上がって、珍重された。
陶芸には素人でも、茶道の代名詞とも言える人物が語れば、それが絶対的だったんだ。
それって怖いと思わないか?
価値観には、定規みたいに計るものさしが無いだろうが。
時には、人の目だけでなく心まで惑わす。
誰の価値観を信じる?
人々は・・・結局、その道の頂点者へ伺いを立てる。」
「 ・・・ 」
小学校3年生から、そんなことを考えていたの?この人は・・・。
体験学習の時間、西門さんの他に、誰が冴えない茶碗に目を向けただろう。
9歳の男の子といえば、教室と違う状況に興奮して、お友達とふざけて注意されるのがせいぜいオチ。
まあ、F4の幼少時代って、なんか4人ともズレてそうで笑えるけど。
真剣な横顔の西門さんに、なんて声をかけてあげればいいかわからなかった。
西門さんは、きっと本当に怖いと思っている。
西門さんが美術品に寄せる執着心は、好きだからを飛び越してすごいと思う。
色んなことを知っていて、わかりやすく教える術もすごいと思う。
それでも、卓越した知識に奢ることなく、ひたすら学び続ける理由が、己の怖じける心、いわば、姿が見えないお化けと対峙する唯一の方法だからだ。
価値観って、最終的には人それぞれのもので、私だってしっかり持っていたいと願ってる。
けど、別に人に迷惑かけなければどうだっていい。
自由でいいじゃない。
出版会社に勤めてから、自己陶酔する自称芸術家に何人か出会ってきたよ。
けど、西門さんは由緒正しい次期西門流第16代目家元となる身。
押しつぶされてもおかしくない重責であり、歩く芸術品へと昇っていく身。
それが、いかほどのプレッシャーなのか理解しようとして、クラリと眩暈がした。
食い入るように西門さんの横顔を見つめた。
涼しげな瞳に茶碗がどう映っているのだろうか?
私には、想像もつかない。
温かな背中に、そんなに重い物をいつも背負ってるの?
鑑賞される物と鑑賞する人の間に生まれる静かな緊迫感。
選ばれた人が持つ、何かを引き出す濃い空気に吸い込まれそうだった。
まただ、銀色に光る瞳に心を奪われそうになる。
凡人の私には、完璧なほどシャープで美しい西門さんのその鼻梁の方が、人に見られる価値があるように思えてならなかった。
「牧野、俺の顔になんかついてるか?焦げそうなんだけど・・・。」
「 /// 。」
「ククッ、題材はこれで文句ないよな?」
「/// う、うん、もちろんよ!
じ・じゃあ、私・・・ここの管理人と話してこようかな~。
掲載の承諾やら写真撮影のことなんかあるし。
どこに行けばいい?」
その後、管理人と話し、西門さんが仲立ちしてくれて、詳しい日程までトントン決まり、やるべき事を片付けた。
外へ出ると、ドキドキさせる例のマシンが待ってくれていた。
一度乗せてもらっただけなのに、なんだか不思議と愛着を感じ、微笑みながらよく待ってたねって撫でてあげたい。
バイクって、ペット感覚かもしれない。
「牧野、飯行こうぜ。 乗れ!ほい、メット」
「うん!」 一際大きな声で返事する。
「食いたいもんあるか?」
「う~ん、麺類とかかな。」
「了解。」
そして、バイクは再びエンジンを吹かして走り出した。
二度目だから、さっきより上手く乗れてるはずで、快適に感じる。
再び、背中にしがみつくと、案外肩幅がガッシリ広くて、乙女心がじんわり顔を出す。
ちょっぴり心臓がバクついて、口の中でとろりと溶ける甘い綿菓子を食べてるような気分がする。
眉目秀麗な青年であり、芸術全般知識は豊富、会話上手で前途有望とくりゃあ、世の女性が黙って見てるわけないよね。
モテるのは、万人納得するよ。
そりゃ、努力しなくても向こうから寄って来るわよね。
西門さんに選ばれる人って、どんな素敵な人なんだろう。
彼女だったら、バイクにいつでも乗せてもらえるんだろうか。
『 ?! 』
いやいや、私は何を考えてる?
こんな近くにいると、何やら甘い気分が広がって、勘違いしそうになるよ。
まったく、西門マジックもそこそこにしてもらわないと・・・。
つづく
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