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26.
司会者から与えられた10分間が過ぎ、再びマイクのスイッチが入った。
周くんと訪れている鉱石博物館で、“土と陶芸の切れない関係“というBD企画講演を拝聴した後、それに続くお楽しみゲームに参加してみた。
参加資格は、男女カップル。
二人で協力して、10ほど並べられた茶碗と同数の様々な陶土サンプルをマッチングさせるゲームだ。
つまり、出来上がった茶碗の元となる土がどれかを当てるゲーム。
「それでは、今から答えを言いますので、お手元の答えと照らし合わせてください。
一番目のこの少しオレンジがかった茶碗の答えは④番の土です。 こちらは、メインに大道土を使い・・・。」
「うわっ、あってたよ!」
「まあ、これはなんとなくわかったな。でも、後はさっぱり・・・全部、感ですよ。いいんですか?」
「いいの。いいの。
ここは、周くんの感を信じるからね! 私は、全然わからないもん。」
「僕だって、陶芸はど素人ですよぉ。 牧野さんと同じなのに・・・。」
文句を言う端から、冬の暖炉のようにあたたかな表情を見せる周くん。
「はい、次の綺麗な緋色の茶碗ですが、答えは①番。 ①番の黄瀬土です。」
「やった~、また、あってるよ。 すごいじゃない・・・!」
最後の答えが発表され、なんと私たちは優秀賞をいただくこととなった。
副賞として、某有名御食事処の地酒サービス券がついていた。
カップルで温まって欲しいとのメッセージがついている。
「地酒か・・・。牧野さん、日本酒飲めますか?」
「うん、好きだよ。 この辺りの地酒って、おいしそうね。」
「じゃあ、行ってみますか。」
私たちは、賞品となった地酒目当てに、夕食の店をそこに決めた。
周くんの日産フェアレディーZは、スタットレスタイヤに履き替えたらしく、雪道を安定して走行する。
冬の暗い空から、静かに雪が降り出した。
降り始めの雪は、遠慮がちに柔らかくゆっくりゆっくり降りてくる。
夜の帳が下りると暗い闇色となる地上の世界。
上界に住む天使達が、気まぐれにその羽をバサバサ揺らし、小さな羽毛をこぼし落としているかのようで、ここは別世界かと見間違えた。
真っ直ぐ照らす車の明かりに驚いて、ひょいと避(よ)ける雪と静かにフロントガラスに横たわる雪が絶え間なく続き、まるでシェアーカーテンのトンネルをくぐり抜けているようだ。
運転する周くんは、力強く振り切るように車を走らせる。
スピーディな車の勢いと気長に続く雪の静けさがあまりに対照的で、不思議な感覚に見舞われた。
私は雪道を歩いているような錯覚の中、右腕を伸ばす。
「ねえ、周くん、雪の結晶が見えるよ。ほら・・・。」
「結晶?」
「うん、雪の結晶。 きれいな六角形なんだね~。」
「400年くらい前まで、雪の結晶ってダイヤや星や三日月とか、色んな形してると信じられてたらしいですよ。
僕は、観察したこと無いけど、同じ形のものは一つも無いんだって。」
「ふ~ん。 よく見ようとしても、溶けちゃうからね。
私ね、小っちゃな頃、空から降ってくる雪を一つ手の中に閉じ込めて、溶けないうちに願い事をすれば叶うって、何度も繰り返し遊んだことあったな。」
「何を願ったの?」
「いっろいろよ! 周くんと違って、色々と恵まれてる環境じゃなかったからね・・・。ハハッ。」
「 ・・・・・ 僕は・・・、小さい頃、家族でもっと出かけたかったなぁ。
みんなで動物園に行って、お弁当広げて暗くなるまで過ごしたりね。
せめて、兄貴達と対等に、普通に遊べる兄弟だったらよかったのにな。」
「あっ、え~と、ごめん! 色々と恵まれてるって言葉、失言だったね。
あんた達が重い宿命を背負って、小さい頃から大変だってこと知ってるつもりだったのにさ。
あ~もう、友達失格だね。ごめん!」
「クスッ、わかってますよ。
牧野さんが厭味でそんなこと言うわけ無いってこと。
ちょっと、聞いてもらいたかっただけですから。」
車が目的地に到着すると、私たちは車を下り、新雪の上を歩き始めた。
雪の上には、二人の並んだ足跡がスタンプのように押されていき、綺麗な模様に見える。
空を仰ぎ見る周くん。
立ち止まり、両手で雪をつかみ、一瞬、睫毛を伏せる。
蓋を開けるようにゆっくり動かす右手。
中を覗き込むなり、嬉しそうに白い歯を見せて笑った。
「あっ、牧野さん!大丈夫でした!溶けてなかったですよ!」
「ほんとう?すご~い。 ちゃんと、お願いもできたの?」
「もちろん。 聞きたい?」
「うん。」
「あのぅ、僕に牧野さんの過去を下さいってお願いしました。」
「 ・・?・ 過去なんてあげられないよ。 西門兄弟は二人そろって、何故か不可解なセリフが好きだね。
西門さんも素直に誕生日プレゼント寄越さないもんね。」
「総兄が誕生日プレゼントを? イベント事から逃げてる人なのに?
まあ、いいけど・・・。
お願いしたのは、牧野さんが動物園に連れて行ってくれますようにって。
少しづつでも、牧野さんの楽しい過去を僕にも分けて欲しい。
子供じみたお願いですかね?
例の遊び、雪が溶けなかったら願い事は叶うんでしょ?」
「なーんだ、そんなこと?」
「そんなことって・・・。じゃあ、いいんですね?お弁当も?」
「お安い御用よ。進の彼女とかも誘って行こうよ。」
周くんは私のコートの背中に手のひらをそっと押し付けた。
「 ? 」
「もしかして、鈍いって言われません?」
「//// そ・それは、本人の自覚以上にひどいらしいんだけど、ホントに分からないからしょうがないじゃん。」
「はっきり言います。 僕は、牧野さんと二人だけがいい。
動物園だけじゃない、これから二人で色んなところに行ってみたいです。」
「二人だけ?」
「そう、二人きりのデート。
僕のことを進と同じ扱いしないで欲しい。
なんか、調子狂うんだよな。
僕の周りの女の子って、二人きりになりたがる子が多いんだけど、牧野さんにとって僕は異性じゃないでしょう? 弟扱いですよね、これって。
一応、僕も男なんで、ちょっと格上げしてくれませんか? 僕にとっては、そっちのほうが自然で楽しい。クスッ。」
「そういわれても・・・。前は、そんなふうに言わなかったじゃない。
第一、周くんが女の子とお付き合いしてるのって想像つかなかったし、まさか、私のことをそういう風にも見てたなんて。」
「そう?
急に変わったわけじゃなくて、何て言ったらいいのかな。
あんまり牧野さんが僕を警戒してくれないから、一方通行が嫌になってきただけなんですけどね。
彼女になって欲しいなんて迫るつもりないし、正直言って自分の気持ちもよくわからないですし、深く考えないで・・・。
けど、もう少し僕のことも普通に異性として見てくれないですか。
これって、押し付けですかね。・・・ガキ扱いされても仕方ないか。」
「周くん、ごめん。それ・・・、」
「ダメ。 拒否はダメ。 このまま会えなくなるのは、心外ですから。
僕といると、お徳ですよ。 今日だって、地酒がタダでしょ?
ねっ?ゆっくりでいいから・・・。」
人懐っこい笑顔でそういう周くんは、私の手を取り、店の暖簾をくぐって中へ入っていった。
牧野さんは、地酒と地元の肴を前にはしゃいでいた。
本当においしそうに食べて、本当に楽しそうにケラケラ笑う彼女を見ているだけで、僕はお腹がふくれた。
「牧野さん、僕につかまってくれたらいいですよ。 駐車場まで雪道だから、気をつけて。」
「周くん、ごめんね、私ばかり飲んで・・・。」
「構いませんよ。
僕は、今晩中にお姫様をご自宅までお送りする命(めい)がありますから。
それに、お酒が入ると更に饒舌になる牧野さん、可愛かったな。」
「アルコール度30%って気付いたのが、遅かったかな? エヘッ。
うわ~、空気は冷たくておいしいし、体はポカポカしていい気分だよ。」
車まで到着すると、早速キーを回しエンジンをかけ、暖房を27度まで上げる。
すぐに寝息を立て、眠りの世界へまっしぐらの牧野さんのコートは脱がしてあげよう。
暗くて狭い車内で脱がせると、コートの右腕に何かが引っかかった気がしたけれど、
力を加えれば問題なく、眠り姫は僕の横で可愛い寝顔を惜しげも無く晒(さら)し続けている。
深夜の高速は渋滞知らずで、行きよりも30分早く最初のインターチェンジに到着する。
僕が女の子をこんな時間に送るのは初めてじゃない。けど、何も手を出さないで返すのは初めてだ。
牧野さんは、プツンと全ての電源を切ったように静かに寝息を立てている。
さっきまでの饒舌ぶりを発したにぎやかな唇が、僕の横で僕を誘惑し始める。
『本当に無防備な人だな。 道明寺さんは、さぞかし心配だっただろう。』
言うつもりもなかった言葉を口にした自分のせいで、牧野さんに危うく拒絶されるところだった。
始めは、あのF4を変えた伝説の人だからと興味本位で近づいた。
僕に媚びる女の子は飽き飽きだったけど、牧野さんは全然違う種類の女の人で、強力な磁力を持っているのにすぐ気付く。
それが何なのか興味が湧いて、会えば次の予定を切らすことなく取り付けた。
一方で、自分のことを知って欲しくなる自分に少なからず驚いた。
いつの間にか携帯の着信メールが点滅していたらしい。
携帯を開き、送信元を見遣る。
総兄からだ。
“ 牧野をちゃんと送れよ。”
『総兄は、牧野さんのことをどう思ってるのだろう?
友人以上の関係なのは確か。
けど、どうしたいと思ってるんだ?』
携帯を掴みなおし、返信メールを打った。
“ 帰る道中です。 遅くなるけど、ちゃんと送るから。 ”
車を再び走らせ、高速をぶっとばし、どうにか夜中の2時半に牧野さんのアパート前に到着した。
「牧野さん、着きましたよ。」
そっと、声をかけるが、かわいらしい唇を半開きにしてぐっすり寝入っている。
ふと足元を見ると、金色に光る輪っかが落ちていた。
コートをぬがした時、落としたに違いない。
拾い上げて、牧野さんの右手首を取る。
“ カチリ ”
と小さく音が聞こえた。
「西門さん・・・、ありがとうね。・・・・・大事にするから・・」
うんっ?
目をつぶったまま?寝言?
このバングルは総兄が送った誕生日プレゼントなのか。
総兄みたいに、僕のこともちゃんと見てくれたらいいのに・・・。
僕の中で、このまま牧野さんを帰すべきでない考えが冷静心やらを凌駕して飛び出す。
衝動的にサイドブレーキに手をかけ、静かに再び車を発進させた。
行き着く場所でどうするのか、僕らしくも無く先が読めない見切り発車もいいとこだ。
とにかく、僕の陣地、神楽坂のマンションに連れて行くことにした。
つづく
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