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28.
満たされた再生感とどことなくけだるい疲労感を感じながら、眠りから覚醒した。
大きなブラインドが光を遮り、しっかり部屋を暗くしているものの、微かにもれる白い光は朝を告げている。
明らかに自分の安アパートとは違い、この広い空間はベットのためだけに用意されていて、フッと自分の嗅覚が本能的に異性の匂いを嗅ぎ取った。
急速に身体がこわばり、目が泳ぎ始める。
ここは、どこ?
人は薄闇の中でも、その明度に合わせて焦点を探しあて、視界を得る柔軟性をもつ。
すぐ脇のベッドサイドテーブルに目を遣ると、大柄チェックのシェード・ランプとA4サイズの用紙が何十枚も無造作に置かれてあった。
ペーパーウエイト代わりに乗せられた時計は、世界主要国時刻と気温・湿度を計測器の様に表示していて、時刻は、06:34。
確か、昨夜は周君に送ってもらったはず。
まさか・・・?
ハッとして、掛け布団をめくり我が身に起こった変化がないかあら捜しするも、一瞥で胸をなでおろした。
格子柄のタイツは身についており、黒いウールのショートパンツまでそのままだ。
皺になってないか気を揉みながら、自分の悪態を反省した。
悪夢にうなされた子供のように、のっそりベッドから出て、ドアに向かい、ドアノブを開けてみる。
リビングルームとおぼしき部屋は、ブラインドが開いたままで、様子を見るには十分な明るさだ。
一目瞭然、瞬時に状況が理解できた。
どうやら、私一人が寝室を独占し、残る二人はリビングで明け方まで飲み明かしたみたい。
えっ、二人? どうして?
そこでつぶれていたのは、西門兄弟。
部屋にはお酒の匂いがプンプンしていて、二人ともどれだけ飲んだのだろう?
ネイビーブルーのソファーベットには、その長い脚を伸ばして眠っている西門さんとオークのロウ・テーブル横で、同じくネイビーブルーの大きなクッションを抱きかかえながら眠っている周くん。
二人を起こすわけにもいかず、どうしたものか考えを巡らせる。
私は音を立てないように正座してちょこんと縮こまり、しばらく眠る二人を静かに眺めることにした。
大きな二人の男が、目の前でスヤスヤ眠っている。
そして、部屋にはタバコとお酒と多分彼らのコロンの香りが混ざり合っていて、それはとっても男臭い匂いで自然と肩身が狭くなる。
仮にも、私は結婚前の乙女なのだ。
けれども、もうユニセックスな年頃でもないわけで、このケースでは確保された羊ちゃんでしょう。
馴染みの二人を狼に例えるのは、友達甲斐ないけども、酔いつぶれて寝込んでるし。
いや、西門さんなら、小指で服を脱がせたり、想像もつかない技を使うんじゃないの?
あぁ・・・記憶が無いのは、あまりにも女の自覚がないのではないかと落ち込む。
乾いた頭を振り絞るように記憶をたどっても、さっぱり思い出せない。
まっ、とにかく、何もなかったようだし、よし!とするか。
冷静になって、キョロキョロ辺りを見回すと、このリビングで目に付くのは、大きく重厚な書斎机だ。
左脇机には、パソコンとテレビが並んでいる。
右脇机には、何冊も本が積まれていて、その谷あいのスペースでレポート用紙などを書くのだろう。
ここは、きっと周くんのマンション。
きっと、大学に近い場所で、実家から通う時間をセーブする為かプライバシーの為に使用している西門名義の物件ってところだろう。
そうだったよ。
周くんも金持ちのお坊ちゃんなんだもん。
刻々と時間が経つようでいて、ノロノロとしか進んでいないような気もする。
だんだん、お酒の匂いが洋服に染み込むのではないかと思った。
膝から50センチほど前には、周くんが少し前屈しながら安心しきったように眠っていて、眺めていると、とても可愛いので口元がゆるんでくる。
まるで、小さな男の子のような寝顔をしてる。
一体どんな夢を見ているの?
西門さんは?
そっと立ち上がり、西門さんに近づいた。
西門さんの寝顔なんて、すっごくレアなものを見せてもらってるのではないかい?
西門さんは右肩を下にし、背もたれに身体を向け、黒いサラ髪が左目を隠すように覆っている。
その寝顔が見たくて、気付いたらそっとその髪に触れていた。
周知の事実でもあり、前からわかっていたけれど、その整った顔立ちは眠っていても遺憾なく健在だ。
男のくせにホントに綺麗な寝顔。
十人並みの自分の寝顔なんて、何の値打ちも無い気がする。
悲しい敗北感を感じる。
胸をキュッとつねられたような痛みも感じる。
からかわれる度、西門さんの恐ろしく整った顔のドアップを何度も見てきたし、なんで今さら、そんな気になるのか知らないけれど、長いその睫毛を見つめていると、鼻の奥が熱くなった。
多分、その場にもっと居続ければ、最後は西門さんをたたき起こして、意味不明な言葉で罵倒してしまうようなモヤモヤした感情。
なにやら自分でも説明できないショッパイ悔しさをぶつけてしまう気がして、そっとその場を離れ、コーヒーをセットしようとキッチンへ行った。
妙な感情の高ぶりの理由(わけ)を、二人の美男が眠っている稀な空間のせいにして、コーヒーメーカー周辺をごそごそ探すと、 グラインド済みのコーヒー豆とフィルターを発見。
コーヒーの良い香りに、ようやく体がシャキっとしてきた。
時刻は、既に起きてから一時間が経過しているが、二人が目覚める気配なし。
いや、この場合、良く眠ったのは私の方だね・・・。
最初は、一人勝手に飲むのも気が引けたが、ついにはダイニングテーブルに座り、熱いコーヒーが入ったマグを啜り始めた。
左手には、青い光の点滅を放つ携帯電話を握っている。
そういえば、陶土サンプル当てゲームの時からマナーモードにしたままだった。
フリップをあけ、受信確認をすると、西門さんから真夜中に一件。
後は、類から入っている。
げげっ・・・、類からは3件も。
あわてて、マナーモードを解除した。
類には、バレンタインチョコを渡したい、2・14は周くんと出かけるからだめだけど、その辺りで暇な時間ができたら連絡してとメールを入れておいた。
いつもお世話になっている類には、今年もちゃんと渡したい。
今日の予定を反芻すると、午後から出勤。 ゲラ刷りのチェックが何より優先予定。
類は類で、UAEから戻ったばかりで多忙を極めているはず。
今晩がだめだったら・・・と翌日の予定を思い浮かべている時だった。
けたたましく携帯電話が鳴った。
ライアーゲームの ♪タラッタッタッタッタ チャララララララ~のメロディーが。
思い切りびっくりして、あやうく携帯電話を放り投げそうになった。
ピッ!
「お早う。 まきの。」
朝だというのに、いつもと変らない類の声が耳に届いた。
入れ違いのように、私は声のトーンを下げて返事する。
「お・おはよう。 また、今日は早いんだね。」
「牧野も起きてたでしょ? 俺は・・・時差ボケかな、かけなおして欲しい?」
「う・ううん、大丈夫だよ。」
「今、どこ?」
「ど・どこって・・・ええっと~。 ここは~多分、周君の家・・・?」
「 ・・・・・ 」
あきれて絶句されたのか?
そうだよね・・・・我ながら、酔っ払って寝入ってしまい、目が覚めたら男のベットの中って冗談でも笑えないよ。
それも、全然記憶無しだもん。
類に返す言葉も見つけられない。
ふと背後で音がして振り返ると、周くんが上半身を起こしながら、まぶしそうにこちらを見ている。
それに、西門さんまでもうつぶせの状態から、顔をこちらに向けて無言で見つめていた。
え?ギョギョギョ・・・。
「ねえ、牧野、昨日からずっと周と一緒だったの?」
畳み掛けるように類にそう聞かれ、なんだか自分がしでかした愚行を三人から、
よってたかって責めらたてられ針の上の筵(むしろ)に座らされてる気がして、朝っぱらから脳内は焦りまくり、変な汗が噴出してきた。
さっきまでの静けさが一転して、急に耳を塞ぎたい気分に落とされる。
「あ・あの・・・よくわからないんだけど、変なことは何一つしてないから。」
モゴモゴ濁しながら答えてみるが、やはり、そういう時の類は厳しい。
「変なことって、周とは何にもやってないってこと?」
はあ?////やってないって、あんたはオブラートに包むって事知らないのかい?
花沢物産の一大事業中心メンバーとして、UAEでは手腕ふるっているはずなのに、そんな調子でいたら、まとまる物もまとまらなくなるんじゃないの?
老婆心ながら心配するよ。
ここは、友人としてきちんと説教してあげなきゃと鼻息が荒くなった。
けれども、出てきた言葉は気持ちと裏腹に蚊の鳴くような小さな声で、シャボン玉が消えた後のようなせつない余韻を残す。
「類の馬鹿・・・。」
いまだに、こんな私を類はいつも気にかけてくれていて、『ありがとう』って言ってばかり。
それでも、いまだに言い足りない気持ちでいる。
道明寺と別れてからは、ますます類の気持ちを利用しているようで、そんな自分が嫌になる度、いつの日か聞いた類の言葉を思い出す。
『 でも、牧野の笑顔が好きだから、いいんだ。
牧野の笑顔や明るい声をもらうと元気になる。 』
察しのいい類は、小さなため息をついて、迎えに来るという。
大丈夫だからと応戦してみても、まさに立て板に水。
兎に角、今晩、仕事が終ってから会えれば嬉しいと一方的に告げ、切ろうとした。
けれども、類はなかなか引かず、私の声量も携帯に向かって大きく上がってくる。
「牧野、携帯貸せ。」
見ると、いつの間にか、西門さんがすぐ横に立っていた。
言われたまま差し出すと、携帯は首根っこを捕まえられた猫のように西門さんの手のひらで小さくなって、類の声を遠慮がちに吐き出している。
「もしもし、類か?」
「xxxxxxx」
「あぁ。 牧野は俺がついでに送っとくから。」
「xxxxxxx」
それから、西門さんは二言・三言話して電話を切った。
西門さんは、首を左に傾け、上から見下ろすような体勢で無言で私を見つめている。
何も言わずニコリともしない西門さんは、なんだかとても怒ってる?
そりゃ、確かに昨夜の行動は大人として反省すべきとかなり落ち込んでますが、西門さんからそんなに怒られる云われはないはず。
私だって、そろそろ、オトナの女を意識しようと思ってますよ。
そうそう、周くんが悪人でもないのはわかってるはずでしょ。
血の繋がった弟でしょ、信用してあげなさいよ。
犯罪とかそんな事件には発展するはず無いじゃん。
それとも、西門さんは寝起き悪い性質(たち)?
「あのぅ~お・おはよう、西門さん。」
ぎこちない笑顔を貼り付けて、言ってみた。
「ふぅ~、お前さぁ、女だろうが! 酒飲んで車乗ったら、意識失うほど眠り込んじまうのなんとかしろ!」
はあ・・・それは、自分でもどうにかならないか常に考えてます。
「あと、携帯! いつでも、緊急事態にそなえておけよな!」
はいはい・・・それも、社会人として当然のこと。
「わかってんのか?」
「え? う・うん。 ごもっともだなあ~と思って。」
「はあ?なんだそれ。」
「もしかして、すごく心配かけた? 電話ももらってたのに、気付かずにごめんね。」
西門さんは、深く息を吸って席に着いた。
そこに、周くんが髪の毛を押さえつけながら起きてきた。
寝起きのどこか照れたような笑顔が一段と人懐っこくてかわいい。
「お早う、牧野さん。 よく眠れました?」
「うん、ごめんね。 私、すっごい迷惑かけて・・・ここまで運んでくれたのよね?重かったでしょ・・・ハハッ。」
周くんは、はにかむような笑顔をこぼし、私の隣の席に座った。
そして、昨夜の成り行きを話してくれている間、ずっと髪の毛を何度も押さえつけていた。
話の最後に、朝ごはんに何か作ってあげるから座っていてと笑顔で立ち上がった。
「あの、周くん!コーヒーいただいたら失礼するから。午後から、出勤なんだ。」
「そう?じゃあ、僕が送りま・・」
「いや、俺が届けるから、お前は授業に出ろ!」
西門さんと周くんが、ほんの一瞬、見つめ合いピリッと空気が動いた気がした。
先に、口を開いたのは周くんで、僕は講義があるからお願いと西門さんに告げ、コーヒーを入れにキッチンへと消えた。
マンションの外には、西門さんのバイクが止まっていた。
もう大丈夫だよな?って聞かれ頷くと、無言でメットを手渡される。
お酒も抜けてるし、バイクも3回目だ。
しっかりと西門さんの腰に腕を回し、安定するようにしがみついた。
植物系のバニラがかった甘酸っぱい香りが鼻をかすめる。
なんだかふわりと心が浮わついて、目を閉じ鼻腔をふくらませ西門さんの香りに身を預けた。
身を切るように冷たい空気の中で、それはオブラートのように優しく私を包んで、温かい安心感をくれた。
こんな体勢にいながら、大地に足が着いたような気分になる自分に少し驚きながらも、それ以上思考が働かない。
温かなぬくもりから離れてしまわないよう、目を閉じて心で思った。
遠回りの道を選んでくれてもいいな・・・と。
その朝、西門さんの背中につかまって走ることが、既に私の中で居心地いいものに変っていた。
「牧野、お前、しがみつくの上手くなったな。」
前を向きながら、ようやく口をひらいてくれた西門さん。
「/// まあね、命粗末にしちゃだめでしょ。」
「フッ、行くぞ。 落っこちるなよな。」
「うん。」
バイクは、2月の冷たい空気を切りながら、流れるように走り始めた。
つづく
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