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信じてる

西門総二郎x牧野つくし

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信じてる 31
shinnjiteru31

31.

シュー シューッ   ヒュッ 
カッ カッ カッ カッ シュー 
ッズズッ  シュー 


「すご~い・・・。うわっ、体ひねりながら乗っかったよ!」
「あいつ、格好いいでしょ。 随分前にバッジテストで一級取ったって言ってたから、やっぱ基礎が出来てるんでしょうね。」

週末、約束の室内ゲレンデへ周くん達とスノボーしにやってきた。
迎えに来てくれたワゴン車は、周くんのお友達が運転席に座り、その彼女(?)と周君としゃべってるうち、あっという間に目的地に着いた。
全てレンタル任せで済ませ、向かった先は大きなハーフパイプ状の真っ白いゲレンデ。既に滑ってる人達は皆、中級者以上といった感じでなんだか場違いな感じがする。
ゲレンデには長さ4・5mの平均台みたいなものが1台置かれていて、今、その上をスノボーで滑りきった若者に目を奪われる。
平均台にヒョイとジャンプして乗ったかと思うと、どうやったのか、体の向きもボードの向きも変わっていて、
平均台の上をサーフィンのごとく真っ直ぐ、後ろ向きに滑り下りたのだ。

「牧野さん、行こう!」
「えっ?」

メシメシと雪を踏みしめながら、周くんの後ろをくっついて行った。

「よっ!」
「おっす!」

お互い短い言葉で交わし合う挨拶もそこそこに、その若者は私を目に留める。
「こちら、僕の知人の牧野さん」
よろしくと言うと、ニコリと無言で一礼された。
「あ・あの・・・すごい、お上手なんですね。 あんなの初めて見ました。
さっき、どうやって飛び乗ったのかも良くわからなかったんだけど・・・。」

「そうですか?
トリックの一つですけど、あれ、見栄えするからなぁ。
乗りあがる時、弾みをつけてジャンプして
その時、ノーズを気持ち45度くらいアップさせるんですよ。
と同時に、ウエストをツイストして尻を前に向け、
ボックスにボードが平行になるよう着地できたら、
ボックスの傾斜度に合わせて太ももに力を意識させて、
ノーズプレスを保つんです。両手はバランスよく、
ひらいて・・・前に・・・。」

「 ?????? 」
「クククッ、こいつ、同じ大学の物理工学科のやつ。
スノボの講釈述べ出したら、いつも止まんないから・・・ククッ。」
「そ、そうなの~。」

話の腰を折られた彼は、早くも次ライドに向け、風のように行ってしまった。
それから、私たちも場所を移動して滑り出した。

一緒に来たお友達は彼女と一緒にゆっくり滑り降りていく。
周くんは、首をひねったり伸びをして、のんびり準備体操しているようだ。

「牧野さん、後ろ足つけますか?」
「えっと、どうするんだったっけ???」
「じゃ、前足だけでスケートから始めましょう。」

それから、周くんは自分のボードは端っこのほうに置いて、私につきっきりで教えてくれた。
基本のサイドスリップを教えてもらう。まずは、上手な転び方を実際転んで見せてくれた。
「逆エッジになっちゃうと誰でもバランス崩すんですよ。重心のコントロールが出来るようになるまでに百回くらいこうやって、転ばないと・・・。」
何度も何度も転んで、やっと自然に力を逃せるようになり、転ぶことが怖くなくなった。
そして、なんとか形になってきた頃、ようやく周くんも自分のボードを手にとってバインディングに足を入れた。

「周くん、こっから自由滑走の時間にしよ。滑ってきなよ。」
「そうですね、 ここじゃ、はぐれることもないですもんね。」
じゃ!と片手を上げると、周くんはあっという間に滑り下り、小さくなった。

すっごい速い・・・。

昔、F4はみんなスイスイ滑ってたな。
やっぱり周くんも小さい頃から、冬の別荘でスキー三昧だったのだろうか。


英徳高校時代、自分がピアノもスキーも恐ろしくできないのは、育った家庭環境の違いと高を括り、妙に堂々としていた。
けれども、大学に入ると、世の中には何をやらせても器用に上達していく人がいて、それは生来のコツを掴むセンスや運動能力が物をいう事を思い知った。

周くんもその口だろうな・・・。

それでも、折角来たのだからと、自分を奮い起こす持ち前の貧乏根性は少しも衰えていなかった。
教わったことを忠実に守りながら黙々と滑っていると、だんだん転倒する回数が減り、楽しくなってくる。
一度も転ばず、ターンが続くと、疲れることなく気持ちよかった。
横を通り過ぎる周くんはじめ、そのお友達に手を振る余裕も生まれ、笑顔を向ける。

最後の方は、周くん達と一緒に滑り、結構楽しんでいて、
あっという間に3時間が過ぎ、次回は3日後!と約束までして、ゲレンデを降りた。


周くん達は、その後、夜通しの実験準備があるからと、私をアパートへ送り届けた後、マフラーから煙を吐き出しながら走り去った。

取り残された私はくたくたで、アパートの階段を上がるのもようやくといった風だったのに、彼らはなんと元気なことか・・・。

そして、その3日後。
再び、同じゲレンデに舞い戻った。

感動したのは、最初の一本目。
自分が舵を取れば、思い通りにスルスル進んで気持ちいいこと。
三日前のへっぴり腰が嘘の様に、格段に上手くなってることが実感できた。
もちろん、緩斜面オンリーでまだまだゆっくりだけど、それなりに操縦できて楽しい。
短いレールの上を周くんとお友達に支えてもらいながら、滑ったりもした。

「周くん、スノボって案外おもしろいね。」
「よかった・・・。嫌々だったら、どうしようか心配してたんですよ。」
「うそっ、クスッ、ちっとも心配そうじゃなかったよ。」
「顔に出て無かっただけです。」
「スノボーって、準備とか大変って思ってたけど、気軽にできるスポーツなんだね。
周くん達なんか、ちょっとお買い物みたいな感覚なんじゃない?」
「ちょっと買い物って、どういう感じなのかな・・・?
研究室って結構時間不規則で忙しいから、ここだと合間に来れて、いいんですよ。
あいつら、年間パス持ってるんですよ。」
派手にジャンプして短いレールに、次々に乗っかる集団を眺めながら言う。


「僕がいなくても、来れる時に参加すればいいんじゃないかな。
もっと、上手くなりますよ。
もう、皆のこと覚えたでしょ?」



その横顔は、青年特有の無味でさわやかな空気に包まれている。
周くんの研究仲間達は、学業との両立のため、時間を節約してここへやって来るという。
ただでさえ忙しい研究生、けれど、周くんにはもう一つの顔があるんだ。

「周くん、お茶の時間作るの大変?」
「まあ・・・でも、好きですから。」
「周くんだったら、ずっとお茶の先生しながら、大学院行って研究だってその先続けられるかもよ。」
「ふっ、牧野さん。それが、できれば悩まないんですけどね。
分家でも、西門を継ぐってことは重いんです。」


そりゃ、由緒正しい西門の銘を継ぐともなれば、中途半端は許されないって想像もつく。
板ばさみのまま、答えを探し続ける若者を横に、それ以上の言葉が見つからなかった。
前屈になり、ボードのベルトに手をやって調整していると、周くんが覗き込みながら言う。

「毎回違うボードだと、感覚がつかみにくいでしょ。
牧野さんのボード、探しに行きますか?」

「自分の?」

「そう。
お茶を点てる時の着物でもそうでしょ。
自分専用のものがある方が、コツを掴みやすいんですよ。」
「そうだよね。 じゃ、周くん、悪いけど付いてきてくれる?」
「僕でよければ、いつだってどこだって・・・。」
人懐っこい笑顔で答えてくれる。


朝から2時間ほど滑り、その日もやり掛けの作業が待っているからと、マフラーから煙を吐き出しながら、大学へ行ってしまった。

私も、夕刻には西門さんのお稽古の予定が入っていた。
西門邸の一室をお借りし、いつもの様にお稽古用の着物に着替え、背筋を伸ばす。

障子を開けると、庭師が設えた見事な日本庭園が目に入る。
細い枝の先に房状に集合した硬く閉じた蕾たち。開花の時をひっそり待ちわびる白梅が春の予感を辺りに漂わせていた。

季節は冬から春へと、3月に入っていた。

つづく

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