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信じてる

西門総二郎x牧野つくし

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信じてる 36
shinnjiteru36

36.

一雨ごとに暖かさが増し、木々はその末端から太陽を吸収しようと一斉に手を広げる。
いい加減学習してもいいだろうに、毎年何かが始まる期待を抱いてしまう錯覚の月 ―卯月―。

4月と言えば、学生の頃は入学や進級ではじめましての出会いにあふれ、そりゃあ、冬篭りから覚めた熊のように活動的に動いていた。
部屋のカレンダーは真っ青な空に綺麗な桃色の桜の枝が数本重なった構図で、気持ちまで明るくしてくれる。

だから案の定、何かを期待してしまう。
けれども一方では、何も変わらない平凡な生活が幸せなのかもと妙に悟り始めた自分がいて、
さすがにOL3年目にもなると落ち着くものだと感心する。


通勤電車に揺られ、地下から地上に出る狭い階段を上ると、お気に入りの銀杏並木がパッと現れ、目が覚めるような新緑が清涼感を運んでくれた。
会社までのこの道は、いつでもどんな人でも優しく平等に迎えてくれる所以にお気に入りだ。


車道側に視線を向けると、黒い車が一台停車していた。
NYから戻った直後、道明寺とちゃんと話せたのか心配してくれた類が、あそこで待ってくれていたのをふと思い出した。
UAEに行ったきり、超多忙な日々を過ごしている類。
もし日本に居てくれたら、何はともあれ類の所に足を向けているはずなのに。

クスッ、今頃、中東の通勤ラッシュ渋滞にうんざりして、不機嫌な顔見せてるんでしょ?

あの晩の西門さんの言動は、真意なのだろうか?
からかうにしては、いつもと調子が違っていたし、あの目は真剣だった。

銀色めいた瞳は、私に向かって真っ直ぐ注がれて、ドキリとした。

愛の言葉を甘く告げられたわけでもなく、付き合ってと何度も繰り返されたわけでもないけど、あの西門さんがニヤケもなく、静かに言った言葉はものすごく大事な告白のようで、冗談なんかじゃなかったと思う。

どうしよう・・・。

芸術家としての西門さんを知るにつれ、その熱い情熱に目を見張り、努力する姿に心を打たれ、今や最強軟派男のイメージは二番手となり、代わりに信頼と尊敬の念は着々と膨らんでいる。
そんな西門さんが私と付き合って欲しいなんて、まったくの晴天の霹靂なわけで、どう接していいのか途方に暮れてしまうよ。


先週のお稽古は、いつもと変わらない西門さんのお陰で、どうにか乗り切れた。
考えとけって言われたものの、急にそんな風に西門さんを考えてみるなんて、馴染んだイメージを覆(くつがえ)してみろと言われてるようなもんじゃない。


F4の一人で話し上手な自称遊び人。
その反面、茶道の時期家元として期待され、その姿には誰もが魅せられる。
いつも本心を見せなくて、何考えているのかわからない人であり、
近くて遠い人・・・そして私を混乱させる達人。

そんな人が、私を好きだって?
私と付き合いたいなんて、マジなの?ってどうしても思っちゃうでしょうが。
何なのよ~、まったく・・・。

そんな事を考えながら、いや、ブツクサ声に出しながら、会社の重いドアを開けエレベーターに乗り込んだ。
自席に着くと、早速、机上に置かれた私宛の書類に目を通す。
今月号の例のゲラ刷りが目に留まり、封筒から取り出した。

3ページにわたる男の美学コーナーには、西門さんが選んだ欠けた茶腕が大きく掲載され、実物よりはるかに美しく見える。
書かれているのは茶の道についてではなく、写真の茶腕との出会いに始まって、当時の収集家の気心や陶芸家の情熱を茶腕中心にまとめたものだ。

最後のページ下には、その茶器を手に取り眺める西門さんの横顔写真。
涼しげな目元の奥から光るうっとりした眼差しは、その視線の先にある物に思わず嫉妬してしまうほど、愛情を込めた優しいものだ。

うん、いい・・・。
やはり、思ったとおり西門さんの滅多に見れない表情が写っていて、本当の西門さんを紹介できたのではないかと大満足した。

プロフィールには、

西門総二郎・・・
第16代西門流次期家元
英徳学園幼稚舎入学、英徳学園大学を卒業後、本格的に茶道の道に専念する。
その才能は高く評価され、海外からの講演依頼もひっきりなしの茶道界のプリンス。
その眉目秀麗な姿に見せられる女性ファンが多いが、本人は目もくれず、
クールな話し方が更なる人気を呼んでいる。

これを見て、西門さんはなんていうだろう・・・。
一刻も早く見せたい。逸る気持ちを抑えながら入念に確認作業を行った。

数日後、刷り上った5月号の束が届き、早速、一冊抜き出し眺める。
どっしり重い雑誌の中ほどに私のコーナーはあり、勢いよくそのページを開いてほくそ笑む私。

「わ~、私にも見せてください。今月の牧野さんのページ、F4の西門さんですもんね。
こないだ実物見て、ファンになっちゃった。
花沢さんといい、西門さんといい牧野さんのお友達ってホント凄すぎ!」
印刷されたばかりの今月号を一冊抜き取りながら、同僚の平野さんが口を尖らせて言う。

「ま、そりゃ、私も同感なんだけどさ・・・。」

平野さんが行ってしまうと、早速、携帯を取り出し西門さんに雑誌が出来上がったことをメールした。
少しでも早く知らせたくて、メールを送ったのに返事が返ってこないまま、とうとう時計の針は8:00p.m.過ぎとなった。
机を片付け帰り支度をしていると、ようやくメール着信音が鳴る♪

『 雑誌、また今度見せて。 』

西門さんからの短いメールだった。
私が興奮気味で送ったメールと違い、悠長な落ち着いた返事だ。

ビルの外に出ると、春の柔らかな陽射しが残していったさわやかな空気が頬に気持ちよく当たる。
私はスプリングコートの前を片手で寄せて歩き出した。
街灯に照らされた銀杏並木はお疲れ様と語りかけるように、瑞々しい葉っぱを優しく揺らし、乾いた眼球を潤してくれる。

外気を大きく吸い込みながら、携帯を取り出し西門さんを呼び出した。

Trurururururururrururu・・・・・・・

「もしもし、西門さん?」
「おっ、牧野か。雑誌、出来たんだってな。」
「そうだよ~、すぐに知らせたくて一番にメールしたのに・・・。」
「あ~悪かったな。滋賀で会合に出席してたから、返事が遅くなった。」

「そうだったんだ。
あのさ、出来上がったページ、すっごくいいよ!
西門さんのあの古いお茶腕も綺麗に撮れてて、クスッ、正直ビックリした。
実物よりはるかにいいんだから。」

「ふっ・・・。」
「それにさ、西門さんの写真も思ったとおりコーナーにぴったりでね、あれだと女性ファンが急激に増えること間違いないね。」
「お前な、俺を誰だと思ってんだ。」

「クスッ、なんだか私嬉しいんだ~。
西門さんの真面目なところ、みんなに紹介できてさぁ~。
人に何かを伝えられるこういうお仕事の醍醐味っていうかさ、遣り甲斐も感じちゃって、力が湧いてくるの。
西門さん、本当にありがとう。
早く見せたいよ。
ホントに今までで一番満足出来た仕上がりなんだから!」

「牧野、ククッ、嬉しいのはわかったけど、ちょっと興奮しすぎてねえ?」
「ねえ、今、西門さんは家に居るの?」
「まだ、車の中。あと20分くらいで着くぜ。」
「じゃあ、これ届けに行く!」
「今から?」
「うん、ちょうど、帰るところだからさ。」
「こんな時間だろ?・・・じゃあ俺が行くから、少し待っとけ。」
「でも、疲れてるでしょ?」
「牧野も同じだろうが。興奮気味の牧野の面を笑うのも悪くない。」

プロデュースした自信作を西門さんに見てもらえるのが何より嬉しくて、ごちゃごちゃ考えるのは、今晩だけお預けだ。

自宅に戻り、一息ついているとチャイムが鳴った。

「西門さん、疲れてるところごめんね。どうぞ、入って。」
「久々だな、ここも。」
「バレンタインの次の日以来かな?」
着替えてきたのだろう、西門さんはグレイの細身パンツに藤色のコットンセーター姿だ。

「ほら、見て!」
早速、ページを開いて見せると、西門さんは手に取り視線を落とす。

「おっ、確かに茶腕よく撮れてるな。
まさか今頃、こんな風に担ぎ出されると思ってなかっただろうけどよ。」
黒いサラ髪の奥で上から下へと活字を追う瞳をじっと眺めて、西門さんがどう感じてくれているのか早く聞きたくて、うずうずしながら西門さんの次の一言を待った。

「いいんじゃね、これ。」

私を見てにこやかに微笑んでくれた。
きっと、私は得意満面の笑顔だっただろう。
ホッとするのと嬉しさと充実感が混ざり合って、息を吹き返したように脳も身体も活発化し、血液が高速で巡り始めるとジンワリ体温が上昇していくのがわかる。

「でっしょ~。
こんな風に西門さんのすっごい部分を紹介できたのが、なんだか嬉しくてさ。
いい仕事したなって自分でもちょっと感動してるんだ。」

「すごい部分?どんな所を紹介したかったわけ?」

「だからさ、無茶苦茶純粋に芸術を愛してるところとか・・・。ほら、この写真!
この西門さんの瞳って、あの茶腕に恋してるような、邪魔しちゃ悪いような気にさせるじゃない?
いつもは、クールなのに時折見せるんだよ、こういうの。」
「よくわかんねえけど、そんなに喜んでもらえると俺も嬉しいわけで、良かった良かった。」
「もしかして、こういうのって編集者冥利っていうのかな?
でもさ、めぐり合わせって気がするんだよね。」
「何が?」
「もちろん、こういうお仕事に就かなければ、こんなページを担当することもなかったでしょ。
西門さんとは長い付き合いだけど、入門して西門さんに師事しなかったら気付かなかったと思うんだ。
だって、さんざん美作さんと一緒に女の人を目で殺してきた西門さんだよ!」

「おい、それは過去だろ、過去!ひどい言い方だな・・・それ。」

シューシュー鳴るヤカンの火を止めて、インスタントコーヒーにお湯を注いだ。<br<>
「はい、どうぞ。」

「ということは、原稿の件は上手くいったということだな?
じゃあ、おねだり聞いてもらえるってこと・・・だよな?牧野。」

ニンマリした口元を和らげ、首を傾ける男。
げっ、人が感慨深く振り返っている所でそれを言うか・・・。

つづく

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