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信じてる

西門総二郎x牧野つくし

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信じてる 39
shinnjiteru39

39.

予断の許さない容態は翌日の夕刻まで続き、それまで家族は待機するよう望まれた。
早朝に駆けつけた優紀と桜子も、負傷の深刻さに絶句し、様々な思いが胸に去来するのを押しとどめているようだった。

誰一人、今後のことを口にするものはなく、ただひたすら西門さんが無事に山場を乗り越えてくれる事だけを
合言葉のように言い合い、その連帯感に救われる。

お母様は急遽用意させた別室で休まれ、周くんは遠慮する私にずっと付き合って、共に病院の施設を一緒に転々と過ごしてくれた。

昼頃には、家元が着物姿のまま病院のロビーに現れ、人々の注目が集まる中、私はまるでしょっ引かれて
突き出されたネズミ小僧みたいになる。
日頃のお稽古はもちろん、西門家には着物をいただいたり、何かとよくしていただいているのに、恩を仇で返すとはこのことで、大切な次期家元の行く末に決定的な悪運を運んだかもしれない私は、その場でどんな表(おもて)をあげられるだろう。


さすがに、そんな図太い神経は持ち合わせていない。
小さくなって、おずおずと歩み出た。
ろくに挨拶も出来ず、常識も持ち合わせてない娘と思われたかもしれない。
それでも、聞こえてきた声は青竹のように真っ直ぐで穏やかなものだった。

「牧野さん、貴方が倒れては困る。少し、休みなさい。」

頭上から聞こえた言葉は虚を衝いて、私の身体をすり抜け天井へ吸い込まれていった。

ドクターから、山を乗り越えたようだと告げられた時は、肩から力が抜け、ようやく肺に酸素が送られた気がした。
それでも症状は相変わらず。
意識も回復していないのが現実で、喜ぶには程遠いと思うと、とたんに気道を塞がれた気がする。

「牧野さん、僕が送っていくから一度帰宅しましょう。」
「でも・・・。」
「親父だってああ言ってるんだし、総兄の意識が戻った時、牧野さんがゲッソリしてたら、また目を閉じちゃうかもですよ。クスッ。」
「・・・ふっ。」

病院の外はすっかり暗くなっていた。
丸一日を無機質な病院内で過ごしたせいか、外気は素晴らしく春の生命力にあふれて、葉っぱの匂いがそこら中漂っているのに驚く。

周くんの日産フェアレディーZが滑るようにロータリーに入ってくると、すぐに乗り込んだ。
心身共に相当疲れきっていた私は、車の振動にひとたまりも無く落ちてしまい、気付いた時は、周くんにお姫様抱っこされて、アパートのドアの前にいた。

「あっ、起こしちゃった?牧野さん、あんまり疲れてたみたいだから、このまま運ぼうと思ったんだけど。
鍵はすぐ見つかったんだ。でも、なんかこれ、上手く回んなくて・・・手こずってて・・・。」

首を竦めて話す周くんは、どうやら、私を抱えたまま右手で器用にドアを開けようとしているらしい。

「ごめん、周くん。私がやるから、下ろしてくれる?
ここさ、オンボロだから鍵を回すコツがあるんだ・・・。」

「結局、起こしちゃったね、ごめん。
総兄と約束しちゃったからなぁ~。病院で寝込んでる隙に、牧野さん連れ込むのフェアじゃないでしょう?」
「 ? 」
「じゃなかったら、僕ん家で良かったのに・・・ッフ。」
足が地面につくと、周くんは一歩下がって表情を緩ませた。

「約束って?」
「総兄から何も聞いてない?」

ボウッと見つめる私に、軽く微笑んだ周くん。
「・・・・なら、大したことじゃないから忘れて。」

ガチャ

たった一日留守にしただけなのに、随分久しぶりに見える我が家。
ドアが開くと、椅子が斜めに引かれたままで、瞬時に西門さんの残像が浮かんだ。
あそこで後ろから抱きしめられ、苦しくなるような切ない溜息を耳にした。
耳元に感じた西門さんの吐息の温度とあの香りまで蘇ってくる。

あんなに熱く感情が伝わってきたのは初めてで、ものすごく戸惑ったけれど、ちっとも嫌じゃなくて、どこか心が温かくなった。
そう、多分、あの時私は受け入れようとしたんだ・・・。
西門さんを抱きしめてあげたいって思った。
あの温もりをちゃんと受け止めたいって思ったんだ。
巻き戻しするように浮かぶ映像にまるで今の自分がはまっているようだ。

「ど・どうしたの?牧野さんの家だよ。」
突っ立ったままの私に声をかける周くんに振り向いて言った。

「私、やっぱり西門さんの側にいたい。病院に戻るよ。」
「・・・えっ?戻るって・・・。」
「うん。 私、この部屋にじっとしてるなんて、やっぱり無理。
こうしてる間も、西門さんは苦しんでるかもしれないし、もしかしたら、西門さんの意識が戻るかもしれない。
だって、昨日の今日だよ、どうなるかわかんないじゃん。
ここで、朝まで待ってるなんて出来ないよ。
どのみち、眠れないよ。
だから、私・・・・、」

「牧野さん、今大事なのは牧野さんが休むこと!
もし、何かあればすぐに連絡が入ることになっているし、山は越えたんだから、これからの長丁場に備えるべきだよ。」

玄関先で大声でしゃべっていたので、隣の家のドアが開いて、迷惑そうな顔がのぞいた。
周くんは私の手首を掴むと、玄関の中に押し込み後手で扉を閉めた。

もっともなことを言われて返す言葉も無い。
わかっているけど、この部屋に入っていつものように過ごすなんて無理!
あまりにも西門さんの残像が生々しく思い出されて、地に足がつかないよ。

「なんだか、興奮してるみたいだけど、一人で大丈夫?」

心配そうに覗き込んでくる周くんを見上げ、救いを求めるようにその優しげな瞳を強く見つめ続けた。
出来れば一人にして欲しくない。
周くんにとっても私にとっても、とても大切な人の危機を前に、思いは一つのはずだと思った。
未曾有の出来事を前にすると、人は垣根を越えて手を結び団結するのが自然の流れかもしれない。

「よかったら、一緒に居てくれない?」
「ここに?」
コクリと頷いた。

そして、その晩、私たちは息がかかるほど寄り添って朝まで一緒に眠った。

結局、次の日も意識が戻ることはなかった。
けれども、バイタルサインは安定した数値を示し、命の危険を脱したことが大きな安心材料になる。
そして、事故から4日目の朝、待ちに待った意識が戻ったとの連絡を受ける。

家族のみ許された面会。

ややあって、周くんが暗い顔をして廊下に現れた。
現状説明をドクターから受けた直後のこと。

現在までの経過と詳しい傷名。
今後の手術予定と後遺症について。
誠意を持って告げられるほど、残酷に感じただろう。

ドクターから告げられたのは、もしかしてと予期していたことであったけれども、皆が抱いていた一抹の望みを粉々に砕き、奈落の底へ突き落とすのに十分な宣告だった。


『自力歩行は困難、一生車椅子生活になるだろう・・・。』

それが意味することは、ただ不自由になるだけではない。
当然、今までのような生活が出来なくなる。
幼少より染み込んだ茶道の世界から遠のくことを意味する。
第十六代西門流家元の道が閉ざされた挙句、バイクにも乗れない。
西門さんは最も愛するものから、否応無く引き離されてしまうのだ。

私の心はカッターで深く切り込まれたように激しく真っ赤な飛沫を上げ、とたんにしぼんでペシャンコになった。

つづく

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