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信じてる

西門総二郎x牧野つくし

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信じてる 41
shinnjiteru41

41.

俺は薄暗いでっかい洞窟のようなところを、一人でずっと歩いていた気がする。
遠くに凹凸の輪郭が見えるのに、やけに広くて方向感覚も距離感も全くといっていいほどつかめない場所だった。
歩きながらずっと思っていたのは、恐怖なんかじゃなく、どうして俺がこんな場所にいるのか、どうして一人きりなのか、早く行かなければ・・・という焦り。


歩いても歩いても、ゴールが見えず、無性にだるくて気が重く、どこかで休みたいのに休んではならない使命感に背中を押され続けた。
その使命感みたいなやつは、胸ん中に割り込んで居場所を作りやがった。

夜になると、抜け殻に再びもぐりこみ俺を煽り続けるやつだ。

そして、次に感じたのは白くて湿った感覚。
俺に何が起こってる?

周りには機械と白いカーテン、それに白い服着た人の気配。
縛り付けられ、動けない自分の身体。ここは、病院か?
明らかに予定外の事が起きているのを察知した。

目を閉じ、冷静な自分を取り戻そうと心を一つに集中する。
見えてきたのは、トラックの側面が轟音と共に間近にせまって体当たりしてきた光景だ。
左側の歩道にはガードレールが・・・、逃げ切れなかった。

そして、救急車に乗せられて・・・。

確か、牧野がいた。

牧野が血相抱えて、大きな目に涙を浮かべ、覗き込んでいたな。
あいつがこんな血見泥を見れば、司の刺殺事件のように悲しむに決まっているし、ろくな事ないだろうと思った。

見せたくなかったのに、そんな思いはさせたくなかったのに、俺はどうした・・・?
牧野は、どうしてるのだろう?

集中しても、始めから無かったように、そこから後のことは思い出せない。

やけに身体が重く、左脚に焼け付くような痛みを感じて、そして、俺は再びあの疲れるほどに大きな洞窟に戻っていった。

もう日にちの概念さえ考えられないほど、覚醒と昏睡を繰り返し、だんだん覚醒の時間が増えていくにつれ、文字通り生存している感覚を掴むと同時に、大きな不安に襲われ始めた。

医者がやって来て、ビクともしない俺の左脚を触りまくり、決まって経過順調だと口にして去っていくが、ちっとも動かねえじゃないか。

もしかして、このまま動かねえのか?
怪我なら、いい加減治るもんだろう、普通は。

思い出したようにやって来る激痛は、鎮痛剤投与ですぐに消え去る。
激痛にも耐えてやるから、一刻も早く治る兆候を見せてくれ。
少しでもいい、動いてくれ。
いい加減、膨らんできた不安をいなすにも限界が来ていた。

立ち去ろうとする担当医を捕まえ、この脚がこの先どうなるのか、きちんとした説明を求めると、幾度も検査を受けた後、ようやく聞かせてくれた。

担当医だという男性医師は、しっかり俺の目を見つめながら言う。


『左肺の方は、順調に回復していますし、後遺症もまずないでしょう。
脚の方ですが、あれだけの事故で壊滅的な神経切断を免れたのは奇跡的で、珍しい事例ですよ。
良かったですね。

今後のことは、事故で潰れた膝蓋骨の形成としてワイヤーを入れていきます。
今の技術はすごいんですよ。
それって網の目みたいになってましてね、柔軟性も十分、とてもよく出来ているんですよ。
う~む、ちゃんと歩けるかどうかは・・・、症状からすると・・少し難しいかもしれません。
でも、あきらめないでリハビリを続けてみてください。
交通事故後遺症はケース・バイ・ケースでそれぞれ違います。でも、絶対に効果は出てきますから。

最近の車椅子は機能が良いし、まあ、僕は専門家じゃないのですが、慣れればどこでも出かけて行けるようですよ。
前途有望な西門さんには、是非とも頑張っていただきたい。』


上手いことを言う。
そんな説明聞いて、すぐに前向きになれるほど単純な患者もいないだろうが。
本当のところは、前途失望でお気の毒に・・・だろ?
そんな輝く未来がどこにある?
全く喰えない奴だ。

医者だって全知全能ではないのは承知しているが、いつだって患者が知りたいのは、そんな慰めではなく、その先の事だろう?

俺はもう一度、歩けるようになるのか?
座禅ができるのか?
脚を組めるのか?
茶室で満足のいく茶が点てられるか?

目の前の担当者に意地悪くぶつけてみたい心境にもなるが、口にしても先ほど以上のベスト・アンサーが期待できると思えない。


仮に、経験に培われた温情が無かったとしよう。
今の俺には、突然起こった不具合を冷静に受け止める覚悟も度量も無いのだから、あっさり期待が真っ二つに切り裂かれ、どん底に陥れられるだけだ。
例え、医者につかみかかるほど言葉攻めしても、後に残るであろう虚しさは想像するだけで、残されたプライドが頭をもたげる。

喉元を鳴らし、視線を飛ばした。

こんな時でも、ポーカーフェイスが出来る俺って、やばくねえか?
どんだけ、プライドが高いんだよ、クソっ!!
はっきり冷たく宣告されるのが怖くて、逃げたいだけだろうが。

毎晩、夜が来て消灯時間になるのが怖かった。
薄暗い洞窟に逆戻りして、一人置き去りにされる時間が始まる。
目的も知らず、非情な暗闇に向かって重い身体を引きずりながら歩かなくてはならない。

身体が重くて、息苦しくて、そのまま酸欠で倒れ込んでもおかしくない感覚に襲われる。
その度、自分は客観的に離れた所から眺めていることに気付くのだ。
苦しみを分かち合う分身でありながら、決して苦しみを伴わない位置に飛べる違和感はずっとあった。

誰に急かされてるのかもわからず、何のために歩いてるのかもわからず、当然のように歩き続ける俺の姿に向かって、理由を問いたくなるが声が出せなかった。

俺たちは叫ぶ術さえ持たず、難行苦行に望む僧のように、世俗から離れていく。
その行き先は、地獄か天国かわからない。
選択肢は与えられず、いつ終るか分からない苦行をずっと続けなくてはならないプログラムを仕込まれてるようだ。


それが、運命というプログラムなのか?

ある日、突然、湯の滾(たぎ)る音が耳に届き始めた。

嗚呼、なんと懐かしく心安らぐ音。
こんなに清らかな響きがこの世にあったとは、改めて俺の道は正しかったと確信する。
これほど豊かな音が他にあれば教えて欲しいと思った。


いつの間にか場所さえ変わり、見慣れた茶室にいた。
畳の香りを大きく吸い込むと、心が落ち着く。
ようやくひどい悪夢から覚め、現世に戻れる至福の喜びを感じて、頭からも肩からもスーッと緊張が抜け、
一気に体が軽くなり舞い上がりそうだ。


時間をかけて、忘れられない旨い茶を点てよう。
飯を食うのと同じくらい当たり前にしていた事なのに、こうなってみれば感謝の念でいっぱいだ。
茶を点てられる喜びをひしひし感じ、天に向かい全てに感謝したい気持ちだった。


事故にあったお陰で、大事なことを知ることもあるのだ。
懐紙の端から水滴がゆっくり浸透していくように、湯の滾る音も同じように耳に浸透していくのを知った。

白い足袋が畳に擦れる音が聞こえる。
感覚細胞の長い繊毛が、躍りながらなめらかな快感を運ぶ。
悦に浸りながら、耳をすました。
足を踏み出すことがなんと嬉々とすることか、サヤサヤした音は畳べりを避けながら、囁くように軽快な音を奏で続けた。


これからも、ずっと続くかに思われた。


しかし、突如、音はピタリと止み、再び何も見えない薄暗闇の中に舞い戻る。
そして、目の前に姿を現したのは大きな黒い闇の穴だ。

一寸先は闇とは正にこの事を言うのだろう、恐ろしいほど大きな闇がポッカリ口を開け、つま先のほんの先から広がっていた。

もう一歩進んでいたら、まんまと真っ逆さまに落ちていたはずで、恐怖が身体の中心を駆け抜けた。

恐る恐る、底知れない暗闇の中を覗き込むと、突然、何かに両足首をつかまれ思わず悲鳴を上げた。
深淵の内側から伸び出している2本の透明な手が、まるでこそばすようなふざけた力で俺の足首を掴み揺さぶっている。


『なんだ?こいつら』

乾いた風が笑うような音をたて、その不気味な手は俺の足を弱々しくも揺さぶり続ける。
払いのけようと、必死でもがき暴れ脚を掻くが、不思議と弱々しい力から逃れることが出来ない。

俺の左脚は抗うこともできない役立たずの棒で、それを見て愕然とした。
マジで何の役にも立たないのか?

残された右脚だけで踏ん張るが、左脚が闇側の手先となって俺を引きづっていくのだ。
着実にジリジリと深淵に引き寄せられていく。
闇雲に手を伸ばしても、寄る辺のない闇の中。
ジリジリ近づく、黒より深い闇色の大きな穴。
喉を鳴らし、今にも飲み込もうとさらに大きく開けたように見える口。

深淵がまた少し近づいて、俺は地面に手を付き体重を加え、必死で右脚を掻く。
焦るあまりどっと汗が噴出し、手が滑って苛立った。


『頼むから、離してくれ。』

『離せ!!離せって言ってんだろうが!!!』 


無我夢中で大声を張り上げ叫んでいた。
渾身の力を振り絞り、息を吸う隙も無いほど、残された三肢で必死に抗った。
何としてでも、耐え抜いて逃げ切らなければ、全てを失う気がした。

深淵に一度引きづり込まれたら、もう終わりだ。
魂さえ浮かび上がれない深みに、永遠に閉じ込められる恐怖が襲い掛かる。

息が苦しい。
上手く呼吸が出来なくてパニックになりながら、なぜか俺の頬にタラリと悲しみの涙が伝って落ちていった。
鼓動は、ますます激しいスピードでドンドン鳴り続け、目の前の視界がかすみ始め、もはや意識が薄れていきそうだ。

ズズっと大きく引きづられ、左足のつま先が崖っぷちで空に浮いた。

『クソッ!ここで俺は力尽きるのか?』

唐突に、ふっと全ての動きが停止した。

まさか、アルコール消毒液の中に俺は浸かって居るのか?
病院の匂いがする。

瞼を開けると、薄暗い病室だった。
全身、汗でびっしょりで、くたくたに疲れ果てていた。
肩に相当力がはいっていたのだろう、引きつるような鈍痛がして、肩に意識を向けるとひどい悪夢が生々しく蘇ってくる。


強い吐き気に襲われて、重い腕で呼び出しブザーを押すと、その電子音に目が覚める。
エレクトリックな音は、俺を夢から引き剥がしてくれた。
ふぅーっと大きな溜息が出て、ようやく肩から力が抜けた。


つづく

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