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信じてる

西門総二郎x牧野つくし

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信じてる 42
shinnjiteru42

42.

だだっ広いライトブルーの画板に白い和紙を好き勝手に千切って貼り付けたような空模様。
明け方までの怒ったような灰色雲と雷雨が、まるで嘘みたいだ。

アスファルトからメラメラ陽炎が立ち昇り、急にやってきた真夏のような照り返しに、思わずサングラスが恋しくなったが、今日は和装のため家に置いてきた。
何もかもが上手く行かない気がして、思わず舌打ちした。

こうして着物を着て涼しげにしていられるのも、ひんやりと空調を効かせた場所でこそ、ひとたび外を歩けばすぐにタラタラと汗が首筋に流れてしまう。
こんな蒸し暑い中、公的行事に参加するのは気が進まない上、和装着用なのは僕にとって未だに苦痛であり、いつになったら涼しい顔して居られるのか見当もつかない。
今日の役目は、兄貴の代理任務で西門流青年部ブロック大会に出席し、西門の冠名で会場を締めること。
先刻、滞りなく終了し、幹部たちに見送られ、リモに乗り込み一息ついたところだ。



いつもは、茶に向かう直前、気持ちの切り替えのためにするのだが、今日は先ほどの好奇心と心配が入り混じった視線の残像を拭いたくて、早速、目を瞑った。

冷たいシートの背もたれにすっかり身体をあずけ、大きく深呼吸して、心が空っぽになるまで、意識を我が身にだけへ持っていく。
いわゆる瞑想なのだが、忙しく研究室で働いた直後や、有機化学の反応式が頭にいっぱいの時には、茶室に入る前に欠かせない作業なのだ。

『総二郎様はもうダメなのでしょう?』
『家元は、次期家元をどなたにとお考えで?』
『噂通り、周三朗様でしょうか?』

実際、彼らが口にしたかったのは、こんな類のものだっただろうか・・・?

総兄の事故については、ニュースでも大きく報道され、あちこちで話題となったので、会場内で噂されるのも無理もない。
直接、詮索こそして来ないものの、門下生の中には、明らかに僕への態度を変えた者もいて、内輪だからこそ何かを聞き出したい、もしくは伝えた気な濃い視線に晒され続けた。



僕はまだ学生であり、西門家ではマスコット的存在の三男であることに変わりなく、総兄の容態について言及は差し控えるよう指示されている。
発言を求められても何と返答すればよいだろう。
何も聞かされていない代理人に過ぎないと正直に答えるべきか。
噂と呼ぶには濃すぎる視線に遠巻きにぐるりと囲まれて、それが更に僕をクタリと疲れさせた。

この約二ヶ月間、教授クラスと手分けして、学業と平行しながら総兄の穴埋めを遣り繰りしてきたけれども、通常稽古の他、研修会やセミナー講師、道具の見立て等、仕事は多岐に渡り、ここへ来て息切れしそうだ。


西門の名を背負っている以上、肩書きが必要な今日のような大会にはどうしても出向かなければならず、大学の研究の方も全く手を抜けないと言うのに、身体がいくつあっても足りないと愚痴りたい。

車中で一息ついて、携帯メールチェックすると、着信ランプが点滅していた。

プチッ

“ 白川教授の物化特論②のレポート期限は、今月末との事。 ”


発信元は、大学院で同じ専攻科の友人。
教授から伝言を頼まれたらしく、こうして連絡事項を教えてくれる。

白川教授と西門は縁があり、寛大な配慮をいただいているものの、やはり、抜けた講義はその分、自分にとってマイナスなので、そろそろ鬱憤が積もってきたとも言える。
改めて、今まで自分がどれだけ自由にさせてもらっていたか、そして、兄貴の存在のデカさを痛感し、また、茶道関連の雑多な仕事がやたら多い事に辟易してきた。

総兄の復帰を一日も早くなんとかお願いしたい。
切実に心から懇願したい。

リモは病院のロータリーを進みエントランス前で停止する。

「多分、小一時間で戻れると思いますから。」
そう運転手に告げ、エントランスへと向かった。

総合病院のエントランスをぬけると、人のまばらなロビーに座り込んでいる牧野さんが目に飛び込んでくる。

あの明るい笑顔が脳裏に浮かび、それだけで心が少し軽くなった気がして、近づいて行った。

「牧野さん、どうしたんですか?こんなところで休憩?」
「あっ、周くん!」
牧野さんは小さく微笑み、片手に持っていた缶ジュースを少し持ち上げる仕草をした。

「ちょうど、僕も出先から来たので喉が渇いてたところです。
横で一緒にいただいてもいいですか?」

返事も確認せず、自販機で適当なのを選び、牧野さんの横に腰掛けた。
「周くん、茶会だったの?着物で来るなんて、めずらしいよね。」
「青年部の集まりがあったので。・・・もちろん、総兄の代理でね。」
「そっかー、周くんも大変な中、頑張っているんだもんね。」

そう言うと、溜息をつき視線を床に落として、どんよりした横顔を見せた。

「どうしたんですか、いつもの元気はどこに行っちゃたんです?
今日は、らしくないッスね・・・。」

「・・うん・・・。」

訳を話すには、気が沈みすぎて気力が湧かないのか、口をつむったまま動きそうもない牧野さん。

だから、僕は僕のことを話すことにした。

「いやぁ~、僕が出来ることは総兄の仕事のほんの一部なんですけど、実際やってみるとやっぱり大変です。
茶道の啓蒙活動くらいまでだったら、まだいいんですけどね。

精神的にきついんです。

なんというのか、総兄の代理となれば、一挙手一投足まで細かく観察されて、お点前は勿論ですけど、講話内容や礼儀作法や世間話までひっくるめて、西門流の教科書の勢いで眺められて、一分たりとも隙をみせられないプレッシャーですよ・・・。

疲れちゃって、ホント肩懲ります。」

牧野さんは、大きな目を開け興味深げに僕を見た。

「それ、西門さんが前に言ってた。
何が正しいのか答えを出さないといけない立場になるには大変だって。」

「そう言ってましたか。
それにね、茶とは無関係なドロドロした感情も意識しちゃって、僕、どうやって回避したらいいのか途方にくれちゃいます。」

「皆、色々、噂してるんだろうなぁ。
それも西門さんが言ってた通り・・・ハア~。」

「もしかして、総兄、今後の事で何か牧野さんに話したの?」

牧野さんは驚いたように真っ直ぐ見つめた後、大きな溜息とともに視線を反らしてボソッとつぶやいた。

「私さ、どうしていいかわかんないんだよ・・・。」

次の言葉を静かに待った。

「西門さんから、もうここには来るなって言われたの。」

「そんなっ!そんなこと総兄が本気で思ってるわけない。
きっと、病院の空気に塞ぎこんでるだけで、またすぐ元気な総兄に戻るって。」

「きっと・・・、多分だけどね、西門さんは事故の責任を感じてる私の顔なんか見たくないんだと思う。
西門さんの前であんまり笑えてないし、私、一人で不幸を背負ってますって顔しちゃってるのかもしれない。
類にも、注意されたんだけどな・・・ははっ、ダメだね私。
結局、西門さんにつらい思いをさせちゃうのなら、言われた通りした方がいいのかもって思ったり。」

「牧野さんは、責任感だけで見舞い続けてるの?」
「だけって・・・事はないけど、毎日、西門さんのこと考えちゃうし、気付いたら足を運んでる感じで・・・、よくわかんないよ。」
「よくわかんない・・っか。」



僕は次の言葉を飲み込んだ。
『もしかして、友達以上の気持ちを持ってる?』
喉元まで出掛かったけれど、返事を聞くのが怖かったし、なんせ今は休戦中だと思ってる。

牧野さんのことは、正々堂々と戦おうと二人で決めたのだから、ましてや総兄がどん底の時に抜け駆けしたなどと誤解されたくもない。
行動を起こせないなら聞かない方が無難だ。

「ああー、早く兄貴治んねえかなあー。」

「ップ、突然だね。」
「まあ、こっちもわけわかんないこといっぱいあってさ、本当のところアップアップだし・・・。」

僕が口をへの字に曲げて少しおどけると、少し笑ってくれたから、僕も嬉しくなって笑顔を向けた。
すると、さっきより大きく柔らかく笑ってくれた。
その笑顔が僕をあたためてくれる。

不思議だけれど、総兄の回復を心から願うもの同士、心を通わせ合い、痛みを慰めあえる気がして、
同じように牧野さんもそう思ってくれればいいのにと願う余り、手を取り抱きしめたい気持ちを押しとどめ、笑顔を向ける。

「じゃあ、病室に戻る?」
「え?今日は、まだ行ってないよ。色々考えこんじゃってた。」
「じゃあ、一緒に行こう。ほら、さっきの笑顔を総兄に見せてあげるといいよ。」
「そうだね。」

二人で肩を並べて廊下を歩いた。

「手に持ってる白い袋、なに?」
「ああ、これ?これは、美味しいと評判のシュガーレス・ガム。
最近、また煙草の量が増えてるみたいでさ。
だから、煙草の代わりに勧めようと思って買ってきたの。」

「そういえば、煙草買うのにtaspoカードが要るんじゃなかったっけ?
総兄どうやって、煙草を手に入れてんだろうね。
病院には、売ってないでしょう?」

「ほんとだ、確かに・・・。
きっと、例の口八丁で若い看護師さんに頼み込んでるんじゃないの?」

「クスッ、総兄は根っからの口説き上手と思われてんだ・・・ふ~ん。」

「あったり前じゃない、英徳時代を知る人は皆そう言うよ、絶対。
なんせ、歩く生殖器・・・っ////、いやっ、あの~」

「ククククッ、全くひどい言われようだったんですね。まあ、当たらずしも遠からずでしょうがね。はっはは。」

「そうだよ、しゃべっただけでも妊娠させられちゃうかと思ってたもんね。」

僕と目が合うと、柔らかく笑ってくれて、どうにかいつもの牧野さんらしく見える。

「ほら、開けるよ、笑って!」

そして、病室のドアをノックし、そっと引き戸を開けると、無表情で僕たち二人をしっかり見つめる総兄と目が合った。
なんだか拒絶されたような悲しい後味のある眼差しだったから、僕は瞬時に誤解された事を悟った。

つづく

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