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45.
暦の上では立秋。
シャツは汗ばみ、「秋」なんて似合わないのに。
暑さが残るって表現じゃあ甘すぎる。
年間を通してみると、大きな行事や茶事の少ない季節だ。
アメリカ・シアトルにて非日本語圏在住の学生向けに、夏休みを利用したインターンシップ研修が行われる。
本来、青年部のトップ総兄が出向くところ、代わって僕が出席することになった。
僕は、まだ大学と茶道の板ばさみの中で大きく揺れていた。
まだ結論を出せないけれども、変化はある。
「男は腹を括らないといけない時もあるんだよ!」とまるで天命の響きを伴った牧野さんの言葉が耳にこびりついて、時折、研究室でもボーッと考えるようになったから。
銅鑼(どら)が鳴ったその日から、あっさり僕の心を揺さぶり続ける牧野さん。
たった一回だったけれど、僕の大切な夢にまで影響を与えている。
やっぱり、F4が認めた女ってことなの?
真っ直ぐ強いまなざしを向けて風を起こすように、あんな風にぶつかってこられるとは意表をつかれた。
僕が家元になったらどうなる?・・・って前向きに何度もイメージを重ねて、
そして、気付いたんだ。
僕は、総兄が茶を点てる姿が好きだったってことに。
総兄が中学の頃、僕はまだチャンバラごっこが大好きな幼稚舎生だった。
僕に一服点ててくれたことがあって、あの時、僕はお友達のゲームが羨ましくて、心にもない口喧嘩までしてへこんでいたんだ。
どこで知ったのかわからないけれど、そんな僕に総兄は言った。
「お前に心があるように、誰にでも心があって簡単に動かせないよな。
でも、誠意ってのは通じるんだぞ。
相手の気持ちに立って考えてみると、嫌な思いも軽くなんぞ。
嘘だと思うんなら、やってみろよ。」
そうやって、わかりやすく茶道の精神 『和・敬・清・寂』 の入り口を教えてくれたんだろ。
そして口をつむると、棗を清め、茶杓で掬った濃緑色の粉を大事そうに茶腕に入れた。
とっても大事な宝物のように。
白い開襟シャツから伸びた腕で柄杓を手に取り、スーッと風炉のお湯をくんで茶碗に湯を注ぐ。
そして、別れを惜しむように、丁寧に湯をきり柄杓を置く。
そんな一連の流れが、音符のように繋がって、子供ながらとっても優雅に見えた。
総兄って超かっちょいい!って思ったんだ。
僕が中学時代を振り返っても、そんな風に子供を感動させられたとは思えない。
だから僕は、まだ総兄が茶道の世界から離れることが信じられないし、許せないのかもしれない。
シアトルでの日程と詳しいスケジュールは、シアトル支部執行部と直接話がついており、それにただ従っていればいい。
総兄と打ち合わせを名目に、こうして代行の動行を知らせるのは、無意識に繋ぎとめようと思っているせいかもしれない。
「総兄、それじゃあ、聴講生の中にはその親とかもいるっていうことだよね?」
「ああ、通訳がつくが、余り詳しく話すより比喩を使ってイメージをとらえてもらうように話すといい。」
「うん、その後に実際、作法を見せるしね。」
「そうだ、牧野を連れて行けよ。
あいつに点前をたてさせて、お前が説明すればいい。」
「牧野さん?」
「ああ。」
「・・・・。」
「あいつにとっても、いい勉強になるし一石二鳥だろ。
シアトルだし、・・・ククッ、張り切ると思うぜ。
口説き落としてみろよ。」
その時、総兄の恋慕の外枠さえわからず、いや計れたとしても僕にどうすることができたろう。
結局、協力を惜しまない気でいた牧野さんは、「いい夏休みになる。」と同行に快諾してくれた。
夏のシアトルは、日本ほど湿度が高くないこともあって、朝の散歩が格別に気持ちよく、二人でしゃべりながら散歩を楽しんだ後、朝食をおいしくいただいて、フレーバー・コーヒーの甘い香りに外国の開放感を楽しんだ。
牧野さんは英徳大学を卒業しただけあり、日常英会話レベルでは危なげなく頼もしい助っ人となり、僕の初めての挑戦はさわやかなシアトルの思い出の1ページとなり無事に終わる。
帰国後、牧野さんの評判を耳にした親父は、正式に牧野さんの専任講師研修参加の推薦をし、家元から直々声がかかる意味に怖気づけながらも応えようと頑張っている彼女。
「私が茶道の先生の資格取るなんて、ありえないよね~。」なんて言いながら、いつの間にかこの西門流の渦に取り込まれているのをどんな思いでやり過ごしているのか。
僕達二人は商業イベントやセミナーでタグを組まされることが増え、門下生達の間で二人が家元公認カップルだとの噂がひろまっているらしく、ギョッとした。
しかも、宗家側つまり僕の母親等はそれも想定内のように受け止めているのだ。
総兄が何か親父に頼んだのだろう・・・な。
僕にとってみれば、牧野さんと一緒に仕事をするのは、当然楽しい。
彼女の着物姿や色んな表情を、ゆっくり眺められるし、僕のテリトリーの中にいると思うと、面映(おもはゆ)くなる。
僕の指示に従う牧野さんは可愛くて、そのまま抱き寄せ僕の手の中に閉じ込めたくなるのはちょっと困る時もあるけど。
野朗ばかりの研究室を離れ、疲れた神経を癒してくれるのは、鮮やかな牧野さんの笑顔で。
仕事へ向かうモチベーションの触覚を立ててくれるのは、牧野さんの伸びやかな声と微かなシャンプーの香りで。
僕に頑張りをくれるのは、ガッツのあるその瞬発力で。
側にいる牧野さんの存在感がどんどん膨らんでいく。
興味からマジ恋へ、そして離れたくない女性へ重要度が増してきて、これ以上進むとコントロールが効かないと黄色信号が点滅し始めた。
総兄が戦線離脱している中、勝手に盛り上がるのはさすがに後ろめたく、一人相撲するには僕は誠実すぎるのだろう。
冷静になって、牧野さんとのことは進めるつもりでいるのに、僕の心配を他所に益々二人で過ごす時間が増えて、いろんな牧野さんを知れば知るほど総兄のことを忘れ、走って行きそうになる。
「今日も総兄に会っていくの?」
「うん、まあね。でも、また会えないよ、きっと。そんな気がする。」
しょんぽりと答える牧野さんに、なんて慰めてあげればいいのかわからなかったけど、
「この時間は、庭に出てくることもあるよ。」って教えてあげた。
総兄の部屋に立ち寄っても、会えない事が多いのだと悲しそうな顔を見せる牧野さん。
「元気になってくれるって思ったのに、やっぱり、無理なのかな~。」
「無理?」
「もう前の西門さんじゃないのかな~。ふぅ~。」
事故の責任を感じて、友人として純粋に、そして、異性としても・・・色んな角度から総兄を思っているのだろう。
大きな溜息を吐いて、ダイニングテーブルに突っ伏す牧野さんの黒髪がテーブルにタラリと落ちて両頬を覆い、
すごく華奢な肩が僕の目の前に現れた。
こんなに小さな身体で健気に頑張っているのに・・・。
今すぐ回りこんで、肩を引き、頭ごと大きく包んであげたいと思った。
僕は右手で、タラリと落ちた黒髪の束を耳に掛け、頭頂部をゆっくり撫でてあげた。
ややあって、ヌクッと起き上がった牧野さんは、はにかんで笑っている。
思わず触れた牧野さんの艶やかな黒髪の感触を右手に感じながら、僕も照れくさくて笑って誤魔化すことにした。
「おっ、二人で打ち合わせ中?」
「西門さん!!」
松葉杖をつきながら、ダイニングへ入ってくる総兄と目が合って、なんとも言えない気分がした。
「牧野さん、なかなか総兄に会えないってボヤいてるよ。」
「ちょっと、周くん!」
「後から総兄の部屋に行くつもりだったんだよ。まさか、寝たふりするつもりだった?」
僕は、意地悪く言ってやった。
でもそれには何も答えず、ジロリと僕を一瞥した後、思い出したように牧野さんに話しかける総兄。
「牧野、高校の接遇研修で講師したらしいな。」
「え?うん。そんなことになっちゃって・・・・。でも、周くんもいてくれたから落ち着いて出来たよ。」
「頑張れよ!数をこなしていけば、牧野ならそのうち余裕かますんじゃねえ?」
「そんなに、神経、図太くありません。」
「そ?わりぃ、今からちょっと出かけるから。またな。」
そういい残し、キッチンへ上手に松葉杖を使って入っていった。
僕はその時、総兄が出した結論をまだ知らなくて、まだ戦闘中だと思い込んでいた。
つづく
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