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46.
ねえ、どうして?
あの日の瞳は錯覚じゃなかったよね。
熱く求められて、揺さぶられた。
西門さんが戻ってきたって思ったのに。
勘違いなんかじゃなかった、そうでしょ?
ねえ、どうして、西門さん
目を合わせようとしなくなったよね。
何が怖くて、背を向け逃げようとしてるの?
ねえ、西門さん、心をひらいて。
私に向かってきてよ。
ねえ、どうして、西門さん。
私を避けるの?
茶事の打ち合わせやらで西門邸に出向くことが増え、すぐに昔のように楽しく会話できると期待していたのに。
会えたのは2回に1回程度。
更に3回に1回まで断わられ、それでも何も気付かない振りをし続けた。
季節は猛暑をようやく乗り越えたと思うと、いきなり肌寒い朝を迎え、夜が長く感じる季節が始まっていた。
また、衣替えか・・・。
その日、西門さんは不在だった。
留守であれば仕方ないと踵を返すと、いつもの仕え人が小さな声で背中に声をかけてきた。
背中に届いたそれが空耳のようで、振り返るともう一度同じ言葉が耳に届く。
“牧野様、ご伝言も控えさせてください。”
頭をもたげている。
驚いて訳を尋ねると、
“総二郎様は、もうここには居らっしゃいませんから。”
と固く口を一文字にさせたまま、さらに頭を下げられた。
居ない?何も言わずに、どこかへ行った?
つまり、姿を消したということ?
“すみません、何も伝えられないことになっているんです。”
と首を振る仕え人の声が遠くなり、其の後、どうやって自宅に戻ったのか記憶にない。
薄々気付いていたこととはいえ、やっぱり私は西門さんに避けられていたと叩きつけられたようで悲しくて涙もでてこないほどショックだった。
最後に交わした言葉は、「お前はお茶を頑張れよ。」だ。
それが、さよならの挨拶代わりだったの?
あんまりだよ・・・西門さん。
結局、全て一人で悩み完結したということ。
急いで走りこんで、出した答えがこれなら、つくづく呆れてしまう。
なんて自分勝手で意固地な馬鹿野朗なの?
いくら考えても納得いくどころか、だんだん腹が立ってくるよ。
そんな奴、もう知らない。
もう、こっちの方から願い下げだ。
『 忘れてやる。 』
その晩、初めて自棄酒とやらに頼ることとなる。
買い込んで来たワインと日本酒を、つまみを入れることなくガブ飲みした。
もうこの身体など、胃炎になろうが果てはアルコール中毒になろうが、もうどうなってもいいと思った。
ついでにあんな勝手野朗のことなんか、頭の中から放り出せればこんな悲しい思いもしなくて済むし、せいせいする。
どんどん飲んで脳までお酒に漬かれば、頭に浮かぶ西門さんの残像や心に残る言葉や甘い香りも、何もかも忘れてしまえる。
味もわからなくなってきた。
グラスの液体が、この部屋からなくなるまで飲み干すつもりだった。
Trurururuurrururururururru・・・・・・・
目の前で青い光が点灯し、ネオンのような綺麗に滲む光をつかむつもりで、ボタンを押す。
「もしもし・・・」
男?
「もしもし、僕、周ですけど・・・。」
「周・く・・ん・・・?」
「もしもし??牧野さん?」
「ふ・・・ん~・・、わたしだよ~。」
「・・!・・ちょっと、大丈夫ですか?」
「・・・。」
酔っ払いすぎて、喉が痺れて声がすぐに出てこない。
「酔ってる?・・・相当、飲んだりした?」
「ふっ・・・ん、まっね、こんな日もあるさぁ~。」
頭が重くて、視界が下がってきて、
いよいよ声がだんだんフヤケて小さくなっていく。
「今、家ですよね?20分で行きます!」
ブチッ・・・。
言葉どおり急いでやってきた様子の周くんが玄関に立っていた。
「しゅ~うく~ん、今から・・付き合って・・くれるの?それとも・・ヒック、止め~にきた~?」
「・・・・・。」
「怒ん・・ないで・・よぉ~!」
「心配で来てみれば・・・、牧野さん、一体何本飲んだんです?ワインと?日本酒も、うわっ、3カップも空になってる。
無茶ですよ、いっぺんにどうしてこんなに飲んで・・・、意識失ってそのまま倒れたりしたらどうするんですか?」
「周・・くん・・だけだよ~、そうやって・・、心配してくれて・・・サンキュー、サンキュー♪」
僕がかけつけると、しどけなく背中を曲げながらしどろもどろに話をし、完全に目が座っている牧野さんがいた。
こんなに乱れた女性と二人きりになったことは無かったし、ましてや憧れの牧野さんなのだから、どうしていいか混乱して、しばらく玄関に立ちすくんだまま棒立ちとなる。
頭に浮かんだのは総兄のこと。
胸ポケットから携帯を掴み実家に電話した。
家の者に2・3尋ねると、やっぱり思ったとおり牧野さんは今日あのことを聞かされたようだ。
遡ること1週間前、親父と母親から茶室に呼ばれ、お茶を点てるように命じられ、一服すすり上げた親父の口から総兄の話がでてきた。
「代々世襲制で継承しているのは、今さら説明するまでもないな。
( 中略 )
周三朗、お前は三男で、まさかこんなことになるとは思っていなかっただろうが、これも人生、受け止めてもらえんか?」
「総兄は、どうしても・・・だめなのでしょうか?」
「う・・・む、残念だが、何せ正座できないことには示しがつかない。
あいつは、小さい頃からトップの立場としての責任感を人一倍意識しておったからな。
一番自分が許せんのだろう。」
「僕は、研究をあきらめられません。でも・・・、ちゃんと考えますから時間を下さい。」
「ふむ、それでいい。
まだまだ、わしは元気だ。たっぷり考える時間はあるぞ・・・ふっ。
そのくらい骨太でなけりゃ、この仕事に心血は注げん。
研究の夢をあっさり捨てるのも情けないこと。
普通の親なら、自慢の息子として研究を応援してやれるものを・・・。
だが、言っておくぞ。
これは私の口を通してご先祖様が言っていると思って、肝に銘じて受け取ってくれよ、
“周三朗、もうお前しかおらんのだよ。”
よくよく、考えて返事してくれ。」
「はあ、わかりました。」
「それと、もう一つ。
総二郎は、この家を出て貴子の実家に世話になるそうだ。
静かに色々考えたいと相談されてな。」
「出るって、どのくらい?」
「それは、わしにもわからん。
何ヶ月になるか何年になるか、あいつなりに納得いくまでだろう。」
僕は沸騰しそうになる気持ちを抑えながら、その足で急いで総兄の部屋へ向かった。
トントン・・・
「僕だけど、入るよ。」
そして、いきなり言葉をぶつけた。
「牧野さんの勝負はどうするつもり?
僕は何年も待てないよ。」
「周、前にも言ったろ。
お前には、この西門を盛り上げていって欲しいと思ってる。」
「総兄は、それでいいの?
お茶も牧野さんのことも、簡単にあきらめられるの?
牧野さんだって、少なからず総兄のことを想ってるんだよ。
そんな中途半端なまま、姿を消されたらこっちも迷惑だよ。」
「簡単にこんな結論を出せるはずないだろうが!
毎朝、目を開けたら事故は悪い夢で、左足はピンピンしているんじゃないか?って期待して、
急いで布団をめくれば、視界に飛び込んでくるのは包帯がグルグル巻きのこの使えない足だ!
朝っぱらからどん底へ落とされ続けて、それがどうしようもない現実で、もうつくづくどうしようもないって身にしみてきたよ。
体験した者にしかわからんさ。
牧野と暮らす?
それは、現実でなく夢だ。
お前に牧野を譲るなんて言葉はおこがましい、でもなぁ、俺は降りるから。
あとは、お前の好きなようにしろ。」
今までの生活を全て断ち切ることを決めた総兄。
心の中では、そんなのおかしいって叫んでる。
けれど、自分の先行きさえ決心し兼ねる僕は、総兄に向かう術を持たず脆弱過ぎて、太刀打ちできなかったのだ。
つづく
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