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47.
牧野さんは、ちゃぶ台に片肘をつき、空いた手で誘うようにヒラヒラ隣を指している。
僕はとりあえず、泥酔の牧野さんが漏らしていく愚痴と本音を選別しながら受け止めることにし、上手く収拾できればいいと思った。
「周くんは・・・いつから、ヒック・・知ってた~?あの馬鹿野朗がさぁ~どっか消える・・・ってのを?」
「そんな前じゃないよ。」
「行き先・・・知ってるんでしょ?」
「・・・。」
「・・んふっ、また、口止め?・・口は・・災いのもと・・だもんねぇ~。だんまり・・・ね。」
「・・・・。」
牧野さんから離れたかったんじゃない?って喉まで出掛かったけど飲み込んだ。
「はぁ~。
・・・んっもう、ホントに・信じらん・・ない!
もぉ~優しさのぉ・・・、欠片(かけら)もないね?あいつは~。
ねっ?・・そう、思うっしょぉ~~?」
「相当苦しんだ末、出した結論だから。」
僕がそう言うと、待ってました!とばかり、身体を重そうに支えながらパッと顔をあげた。
「苦しんでた~?
んじゃあ・・・な~にぃ?周くんはさぁ~、ヒック、私が何にも、苦しんでない・・っていうのぉ??
ど~んだけ、心配したのかぁ・・わかってるっしょ~。
ああいう奴を、・薄情もん!・・っていう・・。
・・ウフッ・・違うね・・軽薄よ~!軽薄もんってんだぁ~!!ヒック。
んふぅ~っ、むっかしから、そうだったよ・・・牧野つくし、今、納得・・しました!
っへへへ・・・ふぅ~ん。
キレイな女の子ぉさぁ~、取っかえ引っかえ・・して、ジゴロだったもん~なぁ。
女を、なんだと思ってやがるぅ~?あんのやろ~ぅ。
・・えっと、ここに可哀想な・・周くん~がいますぅ~。
せっかいいち・・軽薄野朗っ・・が・・お兄さんなぁのぉ~?
っははは。」
話はアッチャコッチャ飛んで支離滅裂。
まあ、酔っ払いの戯言と聞き流すには総兄が少し可哀想だし、西門兄弟のプライドも形無し。
けどケチョンケチョンにポンポン言う女性って、むしろ、感情に率直で悪くないと思いながら聞いていた。
そんな牧野さんをどうやって宥めようかと試案していると、ふと、牧野さんと目が合ってドキリとする。
牧野さんの瞳は、酔いのせいか潤い豊かに揺れていて、たじろぎもせず懸命に僕を見つめていた。
まるで射程内の小動物を逃さないよう、そっと近づき、いつの間にか覗いていたみたいに静かにじっと。
それでも、大きな黒い瞳はいつまでもそこに残りそうな強さを呈している。
僕は、とたんにドギマギした。
牡丹のような赤みの唇を半開きにし、僕をもの言いたげに見つめているのだ。
見ようによっちゃ、これって妖しく誘っているようでもあり、自ずと鼓動が早まり、雄モードとの境界線上で途方に暮れる。
でも、天地がひっくり返っても誘ってくるはずないし・・・。
素面(しらふ)で冴えてるはずの僕が、どうすりゃいいのか思考はほぼ停止の役立たずで、勉学が何の足しになるか分厚い本を放り投げたい気分だ。
じっと見つめられ、とうとう僕は無意識に、その艶やかに光る唇へ身を乗り出してしまった。
そうすることが、その場で一番自然な行為だったのだ。
チュ・・・軽く、けれども短くはないセクシャルなキス。
柔らかな唇が触れるやいなや、テーブルがなければそのまま押し倒して、嫌がるまで進んでいたと思う。
「西門・・さん・・。」
はぁ?
総兄と間違えてる?
「手を・・貸して・・・。」
「手?」
なおも、じっと真正面から僕を捕らえて誘ってくる瞳。
「ねえ、牧野さん、僕は誰?」
少し顔を近づけて聞いてみる。
「・・・周・・くん・だよ。」
僕は安堵の溜息と共に左手を差し出した。
すると、牧野さんは僕の左手を両手でつかんで、手のひらを下に向けテーブルに置いた。
そして、まるで枕のように僕の手の甲に右頬を載せると、幸せな少女よろしくスーッと目を瞑り、眠りに落ちたようだ。
眠った?
僕の左手を枕代わりにして?
こんなの初めてのことで、正直ウケる。
想定外の流れに、戸惑うよりも久しぶりに胸が高鳴り、嬉しかった。
正真正銘、この気持ちは・・・『僕は恋してるんだ』って、賞品が当たって轟くような鐘音が頭の中で激しく鳴っている。
牧野さんの寝顔を眺めながら笑みがこぼれる。
きっと、酔いのせいで僕と総兄を混濁したのだろう。
それでもいい。
このおかしな姿勢のままでも、朝まで触れていられるなら嬉しかった。
これが牧野さんにできる精一杯の心の解放だと思うと、柔らかな頬が触れる場所が温かく感じられ、牧野さんが愛しくて、僕の保護本能がムクリと起き上がる。
僕が、牧野さんを守ってあげよう。
総兄のことを忘れさせてあげる。
それから、僕は遠慮なく牧野さんを連れ出すことにした。
再びスノボーに誘い始め、ともに汗を流した後は、スポーツショップを回って飯を食う。
牧野さんの仕事に役立ちそうなセミナーは残さずチェックして、可能な限り僕もついて行った。
お稽古は、僕が引き継いで見ることになり、茶行事では牧野さんを積極的に付随させ、周囲の視線を肯定するかのように振舞った。
時には、西門の名を使い、人間国宝の能舞台チケットを取って出かけたこともある。
僕の生活は、依然として二束の草鞋を続行していたため、多忙の極みであったが、睡眠を削っても、若い僕はビクともしなかった。
『健気に頑張る牧野さんを支えられる男になりたい。』
そんな思いが僕を強くさせ、やる気をあたえる。
毎日が楽しく充実していることに更なる喜びを感じ、歯車は大きな修理を終え再び上手く回り始めているかのようだった。
牧野さんも、まるで当然のように誘いに乗って付いてきてくれて、笑顔もみられるようになった。
総兄の後釜として牧野さんを指導しているうち、ひょっとして、僕を学生じゃなく大人の男として見てくれてるんじゃないかって思える瞬間もあり、もしかしたらと期待してしまう。
総兄には悪いけど、いなくなってくれて、初めて僕をちゃんと見てもらえた気がする。
穴を埋めるのは、仕事も牧野さんの心も僕しかいないということか。
『歳月人を待たず』
確実に月日は流れ、総兄が家を出てからあっという間に2ヶ月余りが過ぎ、僕たちの口から総兄の話もあまり出て来なくなった。
街には、緑と赤のモールがレース状に飾られ、クリスマス商戦がポツポツ始まりかけている。
ロマンチックな恋人たちの季節にふさわしく、クリスマスの奇跡が起きるんじゃないかと淡い期待を抱いた。
つづく
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