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信じてる

西門総二郎x牧野つくし

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信じてる 48
shinnjiteru48

48.

会社では毎月新しい企画の締め切りに追われ、こちらの傷心をサメザメやってる暇がなく、かえってそれが心地よかったりする。

雑誌の表紙というのは、「この本は何だろう?買ってみよう。」と購入者の好奇心を煽るものでなければならない。

デスクにある一月号表紙は能面の女系、なかでも若女といわれる一般的に馴染みある真っ白い顔の能面で、

真正面に微笑んでるのか憂いているのか、微妙な表情。

現代風美人顔を大きく選り分けても、こののっぺりした細い目の若女の顔が美しい部類に入るとは到底思えないけどね。

禅の精神や歴史背景が影響しているらしく、能の舞台ではこの面が、美しい幽玄の美を表すというから、日本文化はつくづく奥深いと溜息が出る。



先日は、周くんと国立能楽堂のアニバーサリーとやらで、特別公演初日を観に行くことができ、私にとってはタイムリーな表紙ではある。

けれども、果たしてどれだけの人が興味を引かれるのか大きな謎だ。

周くんは、舞台が終わったあと、楽屋裏へ私を引っ張って行き、迷うことなく一つの暖簾をくぐっていった。


まだ衣装のままの役者サンと挨拶を交わす周くんを固まりながら見つめるだけだったけれども、重そうな衣装を身にまとう目の前の人は、先刻、見事な能舞を見せた役者サンで目の縁の極太アイライナーはひどく妖しい魅力を撒き散らし、心を奪われそうになる。

思わず、口を空けポーッとなってしまった。

舞台映えする大きな衣装に負けず、見られる人特有の魅せるオーラを放つ有望な若手の役者サンは、周くんと親しく交流があるらしい。

さすが第十六代西門流の家元を継ぐかもしれない人物、周くんも隅に置けない。
改めて見上げてしまう。

明らかに私を誘い、連れ出そうとしてくれている周くん。
いくら鈍な私でも、好意を抱いてのことだろうと察しもつく。


西門流の仕事とあらば、喜んで出かけるし、全くのプライベートでも誘われたら出かけている。

周くんの穏やかな性格と生真面目で誠実なところは、人懐っこい笑顔とはギャップがあり、またそれが彼のいい所だとホントに思う。


代行を一つ一つ立派にこなしていくのをすぐ側で見て、一緒に喜ぶにつけ、私達の間には信頼関係が育っている。
人として、とても好感のもてる人物で、好きか嫌いか尋ねられたら好きと答えるだろう。

西門さんが事故に遭った時、一人が怖かった時、同志のように手を取り合って夜を越したこともある。



そんな彼から好意を持たれてると分かっていながら、プライベートの誘いに乗るのは恋愛ルールからするとYESと言っているも同然かもしれない。


それがわかっていながら、誘われるままでかけているのは、根は秩序よく穏やかな周くんだから、土足で踏み込んで来やしないってわかっているから。

そんな周くんといると、楽なのだ。

いつのまにか、年下の彼に甘えてしまっている。
一人きりじゃないと慰めてくれる有難い存在を享受して、何がいけないのか。


断わることの方が、ずっと面倒くさい事なのだ。

何かと茶行事で顔を合わせるついでなのだし、それもいいのではないかと自分に優しくなるのはいけないことなのだろうか。



西門さんがいなくなって、なんだか、理性のネジが緩んじゃったのかもしれない。
こうしたのは誰?
心当たりの人物は、日に何度も私の脳裏にやって来ては、いまだに府に落ちない行動について一切語らず、私を閉め出し苦しめていく。

平気な顔して過ごしているが、何かが欠損したままアンバランスな自分は、いつになったらシャンとできるのだろう、教えて欲しい。

私は、そんなに強くない人間なのだと思い知る。

すっかり陽が傾き、グレイに滲み始めた夕暮れのビル郡を眺めた。
精一杯働いて、疲れきった日暮れが、夜の闇との交代を静かに待っている。

私は、机に視線を戻した後、渋谷の写真スタジオへ寄って、直帰する予定を入れた。

渋谷の街に入ると、とたんに若者がどっと増えて、肩に力が入ってくる。

髪の毛をまっ茶々に染め、細い腰をくねらせながら歩く09店員風のお姉ちゃん。
ホストかと見間違う長髪に、片側だけのピアスをキラリと光らせながら歩くイケメン風男子。
雑誌から抜け出してきたような、お洒落でスタイル抜群のカップル。
見るからわかる外国人や日本人離れした風貌の若者。
そして、くたびれたサラリーマンとパート帰りと思われるオバちゃん。


スクランブル交差点では、誰ともぶつからないよう視野を広げて、ちゃんと歩かなければ、運が悪けりゃ、理不尽にどやされるかも知れない世知(せち)がない居心地悪さを感じる。


そんな渋谷も、師走の声を聞くやいなや、クリスマス商戦を始めるのは地元商店街と変わらない。
競うようにクリスマスの飾り付けを大っぴろげに始めた街は、気の早いクリスマスソングさえ聞こえてくる。


去年、クリスマスイルミネーションで輝く渋谷のど真ん中を、西門さんと歩いた。


あの時は、不安になんてちっとも感じなかったのに・・・。

誰かとぶつかって運悪く因縁つけられても、西門さんはきっとスマートに対処してくれたに違いない。


あの頃、まだ道明寺と付き合っていたんだ。

NYの彼とデート出来ない私にとって、夜の街を男の人と歩くなんて久々で、
すれ違う女の子たちの視線がちょっぴりくすぐったく感じた記憶が蘇る。



そうだった。
背が高く、カッコいい西門さんと一緒に歩くと、まるでクリスマスマジックをかけられたみたいに、乙女心が出たり入ったり忙しかったんだよ。

あの日の後姿は目に焼きついている。

夕食を食べて店から出ると、外気はとっても冷えていて、私はラッコのように両手をこすり合わせて息を吹きかけた。

そんな私の前を、冷気を意に介さずに歩く西門さんの革ジャン姿。

さぞかし暖かい上等なものなんだろうって思ったよ。

それに、渋谷のクリスマスイルミネーションに馴染む後姿が格好良く見えて、不覚にも胸がキュンとしたわけで。

「俺は、手をポケットに突っ込んでおくから・・・。」ってグレイの手袋を私に差し出す西門さんの瞳の色が銀色めいて、いなや、ドクンと大きく心臓が鳴ると同時にしばらくフリーズしたまま見上げていた。

昨日の事のように姿が浮かび、胸が熱くなってくる。
ドキドキ心拍も上がって、鼻の奥がツンとしてくる。

『西門さん・・・今、どこでどうしてるの?』

その時ふと、黒い革ジャンの優男(やさおとこ)がポケットに手を突っ込みながら横切る姿が視界に入り、一瞬心臓が止まりそうになる。

必死で目で追い、視界から外れないように、足早に追いかけた。

でもすぐに違いに気付いてしまう。
西門さんより背が低い。
胸の高鳴りが吐息に変わる。

さらに、西門さんとはちがう頭の形に気付いて、足運びから力が失せた。
そして、チラリと見えた横顔は、まるっきりの別人顔で、それが悲しくて深呼吸した後、馬鹿みたいっと呟いた。

けれど、足はまだ止まらない。
視線の先は遠くなる後姿を追いかけたまま、名残惜しげに見つめてしまう。

『西門さん・・・ホントにどこ行っちゃったのよ?』

渋谷の街で、目に涙を滲ませながら歩く女は目立つのだろうか。
二人組の若い男が、ジロジロ、無遠慮に眺めながら行き過ぎた。
ツーッと頬を伝う涙はクリスマス・ネオンの色を反射しているはずで、クリスマス前に男に振られた可哀想な女と見えたのだろう。

そんなに惨めじゃないよ。
でも悲しい。

『西門さん、救い出してよ。』

こんな場所から早く離れたくて、自然に恵比寿の方へ足が向く。

だんだん人影が少なくなり、落ち着いた大人のお店が目に付くようになる。

バサッと私を拒絶して、胸の内を語ることなく去ってしまった勝手野朗を許せないし、薄情な奴だと思うのに、毎日思い出すのをどうしてくれよう。

自棄酒に溺れても、仕事に精魂こめても、周くんと遊びにでかけても、西門さんの影が消え去らないのを一体どうしたらいい?

忘れたい奴なのに、たった今も幻想を追いかけてしまった。

『・・ったく、どこまで出てくる気?ホントに勝手な奴・・・。』

逃げて行ったのは私じゃないのに、いつまで振り回されればいいの。
そう思うと余計に腹が立つ。
思い出すたび腹が立つのか、腹が立つたび思い出すのか順番ははっきりしなくなったけど、腕の産毛が逆立つほどとにかく腹が立つ。


そして、ふわりと心に浮かんでは煙に巻いたように消えていくのは、西門さんの暖かい背中と銀色のあの瞳。
いつもセットでやってくるのだ。

「俺と付き合わない?」といってくれた真摯な瞳は銀色めいて、深層心理の奥のほうに住みついていたとは気付かなかった。

またあの瞳が見たいよ。

茶碗の話やバイクの話、女の子の話でも私をからかっても何でもいいから、すっと消えてしまわない本物の西門さんに語りかけてもらいたい。

あの声をもう一度聞きたい。

あの香りにもう一度包まれたい。


『会いたい。』


会いたくても、会わないつもりの相手とどうすれば会えるのか。

でも、私は西門さんに会いたい。

どうしようもなく会いたい・・・。

恵比寿の街は、ポロポロ涙を流しながら歩いても、そっと見守る優しさがある。
堪えきれない涙はもう誤魔化しようも無く、私の気持ちを気付かせた。

『私は西門さんが好きなのだ。』

家に帰ると、ダイニングテーブルに置かれた黄色い兎が、可愛らしくちょこんと座って主人を出迎えてくれる。

中には伽羅の香木チップを入れていて、部屋には陽の空気と落ち着いた香りを運んでくれているはずだ。

黄色い兎に向かい、ただいま!と小さく言うのも習慣になってきた。

“ほら、牧野みたいだろ。大きな目を見開いて、小っこいくせにピョンピョン飛び回るところとか。”

西門さんがそう言って、黒檀のテーブル越しに微笑んでたのは、水戸の帰りだったね。
こんな動物に見えてたんだ。
そりゃ、でっかい西門さんからみれば、私は小っちゃな小動物ですよ。

西門さんがいなくなって気付いたよ、その存在が私にどれだけ影響を与えて大事なものだったのかと。
例え、どんなに変わってしまってもやっぱり西門さんに会いたいのだ。

師として友人として大切な人であり、女25歳にして、理屈ぬきで引き寄せられて仕方ない男なのだと思い知った。
つづく

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