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5.
雑誌の仕事に携わるようになって、日本には世界に誇れる芸能があることに今さらながら気付いた私は、西門さんを口説き落としてお茶を教えてもらい始めた。
「牧野、だいぶ型がはまってきたな・・・。次のお茶会に客として来れるな。」
「客という事は、お茶とお菓子をいただくだけでいいのよね?」
「まあ、最初はそれで精一杯だろうな・・・。その次は初釜だし、丁度良い練習になるだろう。」
「私、着物なんて持ってない。」
「じゃあ、あとでお袋に頼んでやるよ。なんかあるだろ。」
着物で臨むのも一つの経験、ここは恥をしのんで西門さんのお母様にお願いすることにしよう。
「もう一服飲むか?」
「いいの?」
右に頭を傾け少し口角を上げながら視線を茶碗に移す西門さん。
それにしても、以前に比べると少なくなったとはいえ、あいかわらず女の子と遊んでいるというのに、お茶を点てる姿は凛として世俗のにぎやかさと無縁のような風貌を漂わす男。
真っ直ぐに伸びる背筋を上へとたどると、バランスの良い頭部へ続き、黒い前髪が妖しく額にかかっている。
きれいな鼻筋と時折伏せる睫毛はこの部屋の装飾品といっても過言でないくらい行き届いていて見入ってしまう。
神様は家元にふさわしい美貌まで与えたのだろうか・・・。
お稽古用の紬であろう着物さえ、正絹のような気品を感じさせ、衣擦れの音が耳に心地よく響いている。
茶杓を手にする西門さんの右人差し指がスーッと柄の部分をスライドすると、以前、西門さんにふざけてなぞられた感触を思い出し、体がゾクゾクッっとした。
「牧野!早く取りに来い。」
「は・はい!」
「ボーっとするな。茶をいただく側にも、相応の姿勢が必要だ。亭主のもてなしの心を味わう受け皿がないと、客も務まらないぞ。」
西門さんに全部お見通しなのではとヒヤヒヤしながら、茶碗の側へにじり寄り、白い湯気を見つめて右手を伸ばした。
「牧野。」
「はい。」
「お前、顔赤いぞ。」
「 /////////。 」
「くくくっ、おもしれぇ、トマトみたいになってるし・・・。」
私は、言葉の代わりに思い切り睨んでやる。
まだ口元に笑いを残したまま、知り合いのギャラリーへ茶碗を見に行かないかと誘ってくれる西門さん。
「お前んとこの原稿も、そろそろ書き始めないとな・・・。」
それって、遠まわしに恩を売ってる・・?気のせいなのかなんなのか、この男にかかったらわからなくなる。
悔しいから「夕飯付きなら・・・」って突慳貪に返事した。
着物から普段着に着替えた西門さんに連れられて、目当てのギャラリーへやって来た。
グレイの綿パンに黒皮ジャケットを羽織った姿は、途端にいろんな絵の具をぶちまけた世界の似合う姿に変身していて、
前髪をかきあげる仕草に周りの女の子達が色めき立っている。
せっかく習うんだからビシバシ教えてねと頼んだものの、稽古中は真剣な顔で厳しく叱ったりするから、最初はびっくりした。
茶道では厳しい姿勢を見せるのに、目の前の男は栄徳の延長線上にいる軟派男。
それでも、背負わされた重責を思うと、上手くやってると思う。
「ねえ、このお茶碗の柄も色もきれいだね。」
「ああ、これは清水焼の抹茶碗だな。 鮮やかできらびやかだから、女性に人気なんだ。 更って覚えてるか?あいつも好きだったんだ。」
「更さんでしょ?もちろん、覚えてるよ。元気かな?」
「さあな・・・。」
ガラスケースからもれてくる白い光に照らされた横顔が、遠くを見る少年のように見えた。
更さんは、昔、西門さんが好きだった人だ。優紀が西門さんに革命を起こしたって聞いたけど、確か更さんがらみだったと思う。
詳しくは聞いてない。
「西門さんも、お見合いとかするの?」
私は、何故だかつかみどころの無い西門さんに向かって、小石を投げたくなった。
「するだろうな・・・。まっ、まだまだ先のことだ・・・。行くぞ!」
鼻先で、透明の扉がパタリと閉められる。
いつもクールな面持ちでいる西門さんが、私に愚痴をこぼすことなんてありえないだろうけど、扉の向こうにどんな西門さんがいるのだろう・・・という考えが頭をよぎった。
つづく
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