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6.
地下から地上に出ると、夏の盛りを終え冬の準備をする銀杏並木が続いていた。
それでも、半袖のシャツからのぞく両腕はまだ夏を感じるらしく、少し焼けた肌を太陽の下に晒したがる。
私は、会社までのこの通りが好きだ。
地下出口から見上げる空は、いつも同じ額縁の中に納まって人々を公平に誘い出す。
一歩踏み出すごとに明度をあげていき、最後の一段に両足が付いた時、並木の世界がふわりと優しく包んでくれて少し幸せになる。
あと半月もすると、芥子(からし)色に通りが染まるだろう。
冬支度を始める木々のように、私も前に進まなければいけない・・・。
考え事をしながら、会社のエレベーターを降りた。すると、向こうから同僚の平野さんがすごい勢いで走って来るのが視界に入る。
「ちょっと、牧野さん!ずっと、彼氏がお待ちですよ!!」
「はぁ?」 思考がクネクネして、間抜けな返事しか出来なかった。
「牧野さん、彼氏居るって噂で聞いてましたけど、そりゃあ、あんなものすごい凄い人と付き合ってたら、ペラペラ話せませんよね?
もう、びっくして腰抜かすところでした・・・。フロアに激震が走りましたからねー。」
「えっ?・・・えーっ?!!」
まさか、まさか、まさかだよね?
でも、俺様のあいつなら突然やってくるのも、むしろ当然かも・・・。
そんなこと、ここ5年余り無かったけど、あいつが帰ってきた・・・?
「で、今どこにいるのぉー?」 平野さんに向かって、大声をはりあげ睨みつけるように尋ねる。
「デ・デスク・・・に・・。」
ヒールがポキリと折れそうなくらい思い切り走り、ドアを蹴飛ばす勢いで開け、自分のデスクにカツカツ近づいて行った。
飾りっ気のない机の前に座っていた人物を、急いで視界に入れる。
その男は、私を視線の先に捉えるやいなや、スローモーションのようにゆっくり片手を挙げてニッコリ微笑んだ。
いつもと変らないガラス玉のような瞳で・・・。
「あん、あん、あんた!何でここにいるの?」
素っ頓狂な声に我ながら情けなくなったけど、出したものは戻らない。
「迎えに来るって言ったでしょ?」
悪びれもせず、飄々と答える類には、今の私の気持ちなんて説明するだけ無駄な気がした。
「一応、牧野がお世話になっているし、挨拶もしとかなきゃね・・・。社長に応接間で待つように言われたけど、こっちの方がいいからここで待ってた。」
お母さんにいい事を報告した後もなお、ずっと見つめ続ける子供のような類・・・。
「類、ここは職場なんだから、目立つでしょ?」
とにかく、刺さるような視線から早く逃れたい一心で類の相手もそこそこに、手早く片付けて、帰り支度をした。
類とエレベーターに乗り込むなり、今後は職場に訪ねてこないようにしっかり釘を刺し、
もし、またやったら、もう迎えに来なくていいからと言うと、途端に寂しそうな表情になるから、言いすぎたかなと良心がチクリと痛んだ。
類だって、悪気があったわけでは無い。
うちの会社は類の会社と提携してるから、挨拶だって仕事上当然あってしかるべき。
仮にも、私のために挨拶をしたと言っていた。そう思い始めたら、頭ごなしに類に叱ってしまった自分が悪かったとどんどん思えてくる。
「類、さっきはごめんね。言い過ぎた。」
「よかった。いつものまきのだ・・・。」
高校生の頃から変らないガラス玉の瞳が、とても嬉しそうに私を見つめた。
道明寺がNYへ行って寂しくなった頃、見計らったようにふらりと姿を見せて、私を和ませてくれた類。
いつの間にか自然に、花沢類のことを類と呼ぶようになった。
約束の4年が過ぎてからも、それは変わりない。
けれども、私の変化に一番早く気が付いた類は、事あるごとに道明寺に会えと言う。
けれども、その度、色々言い訳して誤魔化しているのだ。
類の心配がとてもありがたいのに、いう事も聞かず、お礼すらできていない。
申し訳なくて、類が大好きだと言ってくれる笑顔を向けると、白い歯を覗かせて大きく微笑んでくれた。
そもそも、今日は桜子のお店がオープンするので、みんなでお祝いに行くことになり、類が迎えに来てくれる事になっていたのだ。
そして、類のところの車で桜子のお店までやってくると、中には既に何人かの人達が来ていて、シャンパングラスを片手に立ち話をしていた。
お店は表参道大通りに面する商業ビルの一角にあって、内装は桜色で統一されていて、 桜子が選んだビューティー・グッズやアクセサリー、アウトフィットがずらりと並べてあった。
驚いたことに、アウトフィットは全てお犬様とお揃いで用意されている。
「桜子、オープンおめでとう!」
「花沢さん、先輩!!来てくれたんですね、ありがとうございます!!」
「これ、全部、犬とペアルックで着れるの?」
「そうですよ。どうです?かわいいでしょ?」
「桜子、本当にこんなの犬が着れるの?」
すぐ横に置いてあったスケート選手が着るような濃い青色のラメ付きレオタードを指差して聞いた。
「これは、一押し商品ですよ。今、スケートブームですから、人気出ると思います。」
話していると、そこへ西門さんと美作さんが揃ってお店に入ってきた。
「「よぉ!」」
「いらっしゃい!来てくださって、桜子、嬉しいです!」
「すげえピンク・ピンクした店だなぁ・・・。」 店内を見回す美作さん。
ライトピンクのストライプシャツに茶系のスラックスをはいている美作さんは、いつもラブリーな物に囲まれているから、案外抵抗が無いようだ。
「桜子、この店ピンクすぎて、落ち着かねぇぞ。」
黒の革ジャンに黒く光るつま先のとがった靴で、店内を歩く西門さんが言う。
確かに、西門さんにはこの甘ったるい雰囲気は似合わない。
「西門さん、これは桜子のテーマ色なんで、色は変えられませんから!女の子には、幸せを連想する色だと思うんですけどね・・・。ねえ、先輩?」
「そうかもね・・・。満開の桜を見てると、幸せな気分になるよ。」
「そうですよねぇ?!いい色です。」
私の答えに満足した桜子は、鼻をフンと鳴らして西門さんを見返した。
店の端にはシャンパンとアペタイザーが用意されている。
西門さんは、肩をすぼめてドリンクコーナーへ退散した。
つづく
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