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7.
滋さんと合流したあと、場所を南仏料理店に移して改めて乾杯しなおした。
話は、桜子のお店設立の話から、当社の雑誌で広告掲載できないか。
そして、私の担当コーナーの話。そのコーナーに載せる原稿を西門さんに依頼したことへ移った。
「原稿は、初釜が終ってからでもいいんだったよな?」
「うん、急がないのでお願いします。西門さんの企画はスペシャルだから、原稿見てから考えるつもり・・・。」
「へえ~、牧野も編集者らしいこと、言うようになったな。」 と美作さん。
素直に耳を通過する美作さんの言葉に、少し気分がはしゃいだ。
「こないだは、西門さんにギャラリーへ連れて行ってもらって、茶碗のことや置いてあった美術品のこと色々教えてもらったんだ。
知れば知る程味わい深くて奥が深いんだよね・・・。西門さんって、お茶だけじゃなくて、色々詳しくて見直しちゃったよ。
何でも答えてくれるから、歩く美術辞典かと思ったよ!うちの会社にいたら、引く手数多(あまた)だね・・・。」
西門さんに向かって笑いかけたのに、西門さんの目線はちらりと類へと走り、それから私へ戻った。
「おいおい、なんだよ見直したって・・・。
茶道というのは、茶道具だけでなく、美術品全般、生きる考え方・目的、宗教まで含蓄に富む総合芸術なの。 知っていて当然だ。
牧野、もっと勉強しろ!俺に頼るなよ!」
「つくし、お茶も習い出したんだよね?滋ちゃんも一緒に教えてもらおうかなぁ。」
「うん、日本にはすごい文化があるんだから、勉強しなきゃもったいないよ。こんなすぐ側に、すごい先生もいるしさ・・・。」
「ねえ、つくし、NYへ一緒に美術品を見に行かない?!滋ちゃん、新しくなったMOMAにまだ行けてないんだよねー。
あっ、MOMAには東洋モノはないかな?じゃ、MetのJapanese Section見に行こうよ!結構立派らしいから、つくしの仕事にも役立つんじゃない!」
突然の話にびっくりしたのと、行き先がNYなだけに返事に困っていると、類が私の心を見透かしたように言う。
「まきの、夏休みまだ取って無いでしょ?」
「うん、この時期だと取れると思うんだけど・・・。」
「ヤッター!なら、決まりね!桜子も一緒に行こうよ!」
「NY、いいですねぇ。でも、桜子は当分お店から離れられませんから、今回はお留守番します。」
『 ニューヨーク ・・・・ 』
この都市の響きは、道明寺に冷たく追い返され、バッテリーパークで途方に暮れ、震え泣いた経験を思い起こさせる。
あの時、類がいなかったらどうなっていたのだろう・・・。
身も心も冷たく凍えそうになっていた私を、優しく包んでくれた類。
ゆっくり顔を上げ、類にどんよりした視線を向けた。
類は、まっすぐ私を見守ってくれていた。
そして、『会ってきな。』と言わんばかり、頷いた。
いい加減ズルズル悩むのは止めなきゃ、気持ちをハッキリさせて前進したいと思っていた矢先の滋さんからの誘い。
言葉に出さないけど、皆、私と道明寺のこと心配してくれている・・・。
道明寺のことが好きだった滋さんは、見ていられないのかも知れない。
今、動かなきゃだめだ。
断る気は起きなかった。
「滋さん、ヨロシク・・・。」
思い切り滋さんに抱きつかれながら頭に浮かんだのは、今まで何百回と考えていたこと。
『道明寺の顔を見て、どんな話をしよう・・・。』
『会ったら、どうなるんだろう・・・。』
会えば簡単に昔に戻れる?
楽しく言い合える仲に戻れるのか、それとも、はっきりと別れることになるのか、どちらか一つしかないような気がした。
― ニューヨーク -
私は5日間の休暇をもらい、12時間強のフライト後、ようやくNYに着いた。
道明寺にNYへ行くことを連絡したら、とっても喜んでくれて、JFK空港に迎えを寄越すから、あとは俺に任せろと言われた。
時差というのは、本当にやっかいだ。
体のリズムは一日の終わりのクールダウンを示しているのに、着いた場所は真昼間で、しかも、これから充実した半日が始まろうというのである。
まったく、面食らう。
到着ゲートから出ると、いっせいにたくさんの視線に出迎えられる。
中には、顔も知らない相手を待っているのだろう、待ち人の名を記した白い紙を胸の前に掲げながら、目を凝らしている男が何人もいた。
その中に、ピシッとスーツを着こんだ懐かしい顔を見つけ、会釈する。
「ようこそNYへ、牧野様、大河原様。」
「西田さん、お久しぶりです。今日は、プライベートなのに、わざわざお迎えに来ていただいてすみません。」
「いえいえ、私も牧野様とまたお会いできるのを楽しみにしていましたから・・・。どうぞ、こちらへ。」
建物を出ると、とたんにNYの空気に包まれた気がする。
高架の下にいるせいか、周りの人々の身長が高いせいか、なんだか空気が息苦しく感じた。
私たちを乗せたリムジンは、白く大きなShea Stadiumの横を通り、Bronxをぬけスイスイ進んでいく。
「つくし、今日は道明寺に会えるのかな? 連絡してみたら? 」
「う・うん・・・」
携帯を取り出そうとすると、助手席に座る西田さんが道明寺からの伝言だと告げる。
「司坊ちゃんは、今晩のご夕食を一緒にされるそうですが、それまではご自由にお過ごし下さいとのことです。」
そして、車は一般道を走り、豪邸街の中へ進んでいた。
視界に入った道明寺邸は、あの時の姿のまま威圧感を感じさせている。
玄関の車止めで静かに車は止まった。
つづく
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