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50.
小京都というイメージしかなかった金沢。
駅のホームは屋根で覆われ、駅構外も近代的な馬鹿でかい繭に守られているみたいだった。
そうか、これは雪対策なんだと気付いたのは、宣伝の看板に雪深い写真が使われていたからだ。
周くんに教えてもらったお店の名前を告げると、タクシー運転手は慣れた手つきで車を発進させた。
だんだん西門さんの新しいテリトリーに近づいて行く。
ようやく、ここまでやって来れたのだ。
招かざる客の突然の来訪に、「やあ、久しぶり、元気?」なんて軽い会話は期待できないこと、百も承知。
とっくに胆なんて据わってる。
さて、どんな風に突き放されるか。
罵倒されるのか、無視されるのか、いくらなんでも手を上げることはないだろう。
納得するまで、何度でもこの地へ来る覚悟は既にできている。
周くんの話によると、西門さんの滞在場所は、お母様のご実家である寛永より続く老舗和菓子屋の離れらしい。
加賀百万石の城下町として栄えた町だけあり、独自の雰囲気が漂う町並みを眺めながらふと思う。
『西門さんは、この町でこれからどうするつもりなのだろう・・・。』
ふいに、西門さんのお母様の言葉が蘇り、やはり会うべきでないかも、引き返すなら今のうちだと囁く自分が現れて、肯定と疑問を交互に繰り返すうち、胃袋の入り口でいたずらにチクチクやり始めた。
『今さら、ウジウジ考えてどうする、つくし!』
胸を張り、深呼吸をし、目を大きく見開いて姿勢を正す。
タクシーは、背が高く真っ白いクリスマスツリーをお洒落に飾っているお店やそんな事よりお正月がやって来るぞと緊張の気配を醸し出すお店が混在する通りをかけぬける。
視界は流れるマーブル模様さながら、何も無かったスクリーンにモノクロのカウントダウンが出てきたみたいに目に飛び込んできて、ゴクリと唾を飲みこみ身構えた。
タクシーは行き先を告げただけで、迷うことなくそこへ連れて行ってくれた。
今にも三味線の音が聞こえてきそうな風情ある一角。
まるで、映画のセットにいるような心地がする。
奥ゆかしい日本文化の香りを放ちながら、京都に似て軒の低い建物が、長屋のように繋がっており、新旧とりどりの格子戸がずらりと並んでいる。
その中でも、最も格式ありそうな焦茶の戸前にその店の看板を見つけた。
まるで他人(ひと)様のお玄関のようで、緊張しながら、ガラリと戸を開け入っていった。
「いらっしゃいませ~。」の掛け声に出迎えられ、歓迎されていることにホッとする。
西門さんと会いたい旨を告げると、別のお店にいる女将さんでないとわからないと一枚の案内を渡された。
案内どおりに歩いて見上げた先は、お母様のご実家なのだから当然だろうけど、予想以上に立派な店構えの和菓子屋店舗だった。
千石屋の5倍くらいある店舗面積に、正面中央に掲げられた茶色く古ぼけた看板には黒墨で屋号と加賀藩の文字が書かれており、眩しいほど由緒の正しさを誇示している。
女将であろう白地に赤い山茶花が印象的な帯を締めた50代の女性に近づき、声かけた。
「あの、私は牧野つくしと申します。
こちらに西門総二郎さんがいらっしゃると聞いて伺ったのですが、会えますか?」
「失礼ですが、総二郎さんとどのようなご関係の方でいらっしゃいますか?」
「友人です。」
「お友達?そうですか、それはようこそ。
少々お待ちくださいませね。」
そう言って、どこかへ行ってしまった。
しばらくして、戻ってきた女将さんは、西門さんに確認の電話を入れたようだ。
「申し訳ございませんが、あいにく、今日はお会いできないらしいんですよ。
今日は東京から、わざわざ来られたのですか?」
「あ、いえ・・。」
大丈夫ですから・・・みたいな言葉を続けるつもりだったのに、なんだかまごついて途切れてしまう。
「また、日を改めていらっしゃいますか?」
小さく肯定の返事をした。
『今日は会えない。』ということならば、次回は会ってくれるということ。
なんだか拍子抜けした。
けれども、これは余りに単純な発想による糠喜びだったと後から痛感することになる。
西門さんの様子を尋ねると、元気でいるらしい事を知らされ一安心もした。
「お嬢さん、今度いらっしゃる時は、事前に連絡を取っていらした方がよろしいですよ。
総二郎さん、また手術が入ってるそうですから。」
「また、・・ですか?」
「今度は、膝に入っているものの調整だとか言ってました。
年明けの予定だそうですから、またお見舞いに来てやってくださいな。」
明るく言う女将さんへ一礼し、手術・・・手術・・・と呪文のように考えながら、駅へと向かった。
次回、金沢へ向かったのは、クリスマスが終わり新年を迎える準備に沸いた最中で、もちろん携帯番号は知らないのでアポ無しの突撃だった。
先日と同じように女将に尋ねると、またどこかへ行って、申し訳なさそうに戻ってきた。
「牧野さん、ごめんなさい。
折角いらっしゃったのに、今から出かけなければならないそうなんですって・・・、病院かしら?」
「会えないってことですか?」
「ええ、そう伝えてくれと。」
「・・・。」
年末で忙しそうな女将を引き止めるわけに行かず、一礼して、後ずさりした。
「牧野さん、家の住所ご存知?」
「え?」
「屋敷が違うところにあるのだけど、総二郎さんはそこの離れにいるのよ。」
逸る気持ちを抑えながら、場所を聞き、急いでその場所に向かった。
正門から屋敷の屋根がかろうじて見える程度の豪邸で、お決まりのように見事に手入れされた松の枝が門の向こうでドーンと待ち構えている。
塀は切れることなく、ズズーッと四方を取り囲んでいるにちがいない。
西門邸に負けず劣らずの貫禄に、人知れず溜息をついた後、呼び鈴を押した。
「牧野つくしと申します。
こちらに総二郎さんがいると、女将さんに聞いてまいりました。」
「牧野つくし様ですね?暫くお待ちください。」
ややあって、目の細い使用人らしき女性が姿を現した。
「あの、総二郎様は出かけるご準備でお出になれないとのことです。」
「少しでも会いたいのですが、なんとか取り次いでいただけませんか?」
「そうおっしゃられましても、お断りするよう言われましたので。
申し訳ありません。」
「そうですか・・・。わかりました。」
「あの、何かご伝言でも?」
その使用人は、門前払いが気の毒に思ったのだろうか。
諦め顔の私に声をかけてくれた。
「あのぅ・・・では、また来るとお伝えください。」
外と内の境界が、実物より高く感じるのは豪邸の共通点なれど、その高い壁の前で打ち破れた悲しみに背中を丸めながらトボトボ歩いた。
そして、ピタリと歩みを止め、再び振り返った。
私はそこで待つことにしたのだ。
駅へ向かわず、そこが始めから決められた定位置のように。
『出かけるのなら、出て来るはず。・・・なんだか、まるでストーカーだ。』
10分・20分・・・40分たってくると、年末の金沢はカシミアコートを着ていても、足元からジンジン冷えて、もう限界に近いと思った。
その時、正門から向こうへ3mくらい離れた場所から、ゴーッと電動シャッターが開く音が聞こえた。
一台の黒いリムジンがのっそり頭を出し、私のいる所と反対方向へ進んでいこうとしている。
あわてて追いかけると、後部座席に一人座る西門さんの横顔が見えた。
私に気付いた西門さんは、車窓の向こうで驚いた表情をして身を乗り出した。
最後は戸惑いの表情を浮かべる西門さんを乗せたまま、リムジンは止まることなくどこかへ行ってしまった。
『やっぱり、現実は甘くないわ・・・。』
その次、金沢へ出向いて行けたのは、初釜が終わりようやく落ち着いた睦月の下旬だった。
その日は朝から雪が降っていて、空も道路もそこら中、雪の落ちる緩やかな回転数で動き、急ぐ者は誰一人いないように思えた。
屋敷の正門は白い冠を載せ、変わらない貫禄をみせている。
「牧野です。西門さんはいらっしゃいますか?」
インターフォン越しに挨拶を交わし、先日もやってきた同人物だとわかると使用人は不可思議なことを言った。
「総二郎様は、ここにはいらっしゃいません。」
「・・・?」
どういうこと?
追いかけられたら逃げるってこと?
猫が自分の尻尾をつかもうと、グルグル回り続ける様が浮かんだ。
瞬時に、現状について猛烈な勢いで頭を働かせる。
やがて、目の細い使用人が現れた時には、まるで100メートルを全力疾走した後のように微かな疲労感を感じていた。
「まあまあ、お嬢さん。傘も差さずに、風邪をひかれますよ。」
雪に慣れない私は、傘に思い至らず家を出て来てしまい、頭にも肩にも正門と同じように白い冠を乗せていたのだ。
「どうぞ、中へお入りください。」
親切なその使用人は、私を玄関へと導いた。
お借りしたタオルで濡れた髪を拭いて、温かいお茶をいただいてもなお硬張った表情をしていたかもしれない。
「ここは古い日本家屋ですから、家の中に段差が多く、総二郎様にはつらいだろうと旦那様がおっしゃられて、すぐ近くのマンションへ越されたんですよ。」
脱力し立ち上がれない私に向かって、ニッコリ微笑みながら教えてくれたその人のお陰で、ようやく手足が温まっていくのを感じた。
「近くですか?ホントに近く?」
「ええ、すぐ近く。こちらの所有する新しいマンションなんで、快適だと思いますよ。」
目の細い使用人の顔が、天使のように輝いて見える。
「教えてください!お願いします。」
そこはオートロックシステムの近代的なマンションで、まだ新しい建材の匂いが立ち込めていた。
『316号室』
教えてもらった部屋番号を押してみた。
赤く点灯したランプを凝視し、微かな音も聞き逃さないつもりで息を詰める。
何度も何度も鳴らして待った。
黒いモニターの色は変わらないまま、何も音は聞こえないまま時が過ぎ、管理者への連絡番号を押そうか迷いに迷った末、出直すことにした。
来訪者の様子をカメラを通し確認していた居住者は、後姿を見て何を思っただろう。
雪は勢いを増し、しんしんと降り続いていた。
つづく
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