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56.
ピー ピー ピーヨ
どこかから鳥のさえずりが聞こえる。
五感の中でも、ひときわ感受性豊かな聴覚神経が動き出した。
伝播された情報は凄い速さで脳へと伝わり、頭の中で細胞が猛スピードで活動を始める。
一夜明け、新たな一日の始まりなのに、まだ身体全身が耳になった感覚が残っていて、現実と夢との境界線が不明瞭、なんだか気だるい。
寝返りを打つとキッチンが視界に入り、続く白いドアで視線が止まった。
そうだ、西門さん家に泊まってるんだ・・・。
あのドアの向こうに西門さんがいると思うと心が騒ぎ、頭の中に昨夜の映像がながれ出す。
「じゃあ、俺があっちで寝るから。」
そう言って、私に触れることも無く、びっこを引いて歩いていった西門さん。
口ぶりと正反対に貞操つつましく、あっさり姿を消してしまった。
取り残された私は、実際襲われたなら、相当ビビッて暴れたりしたのかもしれないけれど、夜中に男に素通りされて肩透かしを喰った虚しさに、事態をどう解釈したらいいのかしばらく頭が回らなかった。
頑張る気持ちいっぱいなのに、ふとしたことで不安になって、強気の自信が影を潜めてしまう。
かつて、西門さんは自他共に認める女好き・女たらしの遊び人だっただけに、下半身はだらしないイメージを抱いていたせいかもしれない。
ベットに残った女性の毛髪が、忘れかけていたイメージを鮮やかに思い出させた。
どうして、私に触れもしなかった?
彼女のために守ったの?
久しぶりに西門さんに会えたと思ったら、いきなり泊まった挙句、夜中には自分から飛び込んで、昨夜の私はどうかしてたけど、深い仲の彼女がいるのにあんなことをしてと反省する傍ら、熱く燃える石のような自分の気持ちに気付く。
私の右頬は西門さんの程よくついた大胸筋の段差を覚えていて、そっと手を押し当てるだけでドキドキしてくる。
寝入った男に自分から身を寄せる芸当なんかしちゃって、頬がカーッと熱くなるし、大胆さにビックリするけど、不思議と恥ずかしいと思ってなくて、むしろ、ちゃんと目的を持って、抱きつくなりして迫った方が良かったのか、そういう場合どうすればよかったのかと反省する私が居る。
そんな思考回路に愕然とするやら、知らない自分に困惑してしまう。
目が覚めるにつれ、心の中がハッキリした形状を見せ始め、心にも瞼があるならすぐにでもシャットダウンしたかったのに、朝の光は、時に残酷に現実を見せつけるものだ。
自覚しても、何にもならない気持ち。
昨夜の私は瑠璃ちゃんと同じように西門さんに扱われたかった。
長い指で頬に触れてもらい、優しく撫でられたかった。
あの香りに包まれて眠れることが出来たら、それが慰めだとしても許せたのに。
女として扱われなかった悲しみが、鉛のように乗っかっている。
そんなこんな考えていると、どんどん虚しくなっていきそうだから、それ以上考えないことにして、とびきりおいしい朝食を作ることに決めた。
窓の外に向かって顔を上げ、思い切って起き上がった。
冷蔵庫にあったのはサラダ向きの食材だったので、いくつかサラダを作ることにした。
時間をやり過ごすため、カボチャをフライにしたり、胡瓜を甘酢漬けにしてみたりして、朝から手の込んだサラダを作る。
昔から身体を動かすと気分が明るくなる性質(たち)で、それが功を奏して元気が出てきた。
鳥のさえずりが美しくさわやかに聞こえ始めた頃、西門さんがようやく起きてくる。
「あっ、西門さん、お早う!」
満面の笑顔サービス進呈。
「・・・。」
現状把握に一生懸命努める眼差しは、中性的な男の子のそれで攻撃性はゼロ。
なんだか西門さんが幼く見えもする。
「ゴメン、うるさかった?もしかして、もう帰ったと思った?お生憎さまだよ~。 」
「いや・・・別に。」
「じゃあ、顔洗ってきて。朝ごはん、食べよう!」
西門さんは瞬きをした後、まるで看護婦さんに誘導されたように姿勢よく、素直に部屋へ戻っていった。
「これ全部、牧野が作ったのか?」
「うん、野菜がいっぱいあったからサラダづくし!どう?4種類のサラダのお味は?」
西門さんは、再びフォーク片手に黙々と食べ始める。
「でも、冷蔵庫に色んな野菜が入っていて、ビックリしたよ。
西門さん、野菜好きだったっけ?」
「身体を動かさない分、野菜を多く摂るようにしてる。
朝は自分で作るし、たまに昼も、適当にサンドしてつまんでる。」
「へえ~、西門さんのお坊ちゃんが自炊ですか。」
西門さんはギロリと睨んで、胡瓜を口に放り込む。
「掃除も?」
「基本的な衣・食・住は全部、母屋の人が来てくれてるから困ってない。」
「ふ~ん、だから私に帰れって?・・・はは。」
「ああ、何も困らない。だから、帰れ。」
一晩寝たら一皮分厚くなったのか、そんな程度じゃかすりもしないよ。
「可愛い彼女もいるみたいだしねぇ。」
触れるつもりなんてなかったのに、唐突に出た棘のあるセリフにあわてた。
「彼女?・・・ああ、あいつか。誰のことかと思った。」
はあ?それって、ステディではなく、遊び相手ってこと?
「ああ、あいつかって・・・、
こっち来て昔の病気が再発したんじゃないの?」
黙れ、私!話が挑戦的になっていく。
さわやかな朝、目の前にはおいしいサラダがあるというのに、どうしてドラマみたいに和やかにいかないのかな。
「あいつは彼女とかじゃないし。」
あいつあいつって、名前くらい覚えるもんでしょ、普通。
三歩あるいたら忘れるニワトリじゃないんだから。
「でも随分仲がいいみたいじゃない。良かったね、親切な友達が出来て。」
ヤバイ、これは角がミエミエじゃん?
「だったら悪いか?
人に迷惑かけてるわけじゃないし、俺の勝手だろ。」
遊び相手でよかったと安堵する自分が居るのに、素直に喜べず、喧嘩するつもりも無いくせに、吹っかけ続けるこの口が悪い。
西門さんは、案の定真っ直ぐ返してきた。
ここで言い返したりしちゃあダメ。
言いだしっぺの私が折れなくちゃ、振り出しに戻って馬鹿みたいだ。
「う~ん、あ!そうだ、西門さん!
宿の御礼にお昼ごはん、私が作ってあげるからさ、今日はDVDでも借りて一緒に見ない?」
「はあ?」
「ほら近くにあったじゃない、レンタルビデオ屋さん。
あそこにゆっくりお散歩がてら行って、何本か借りてこようよ。」
「お前、何考えてんの?」
「一緒に楽しめることに決まってるじゃん!」
外に出ると、白い雪の照り返しが眩しくて、西門さんのグラサンが恨めしい。
軒先からポタポタと水が垂れ落ち、北陸に春が来るのを感じた。
西門さんとこうして歩くなんて久しぶり。
松葉杖を使っていても、普通に歩くスピードと変わらなくて、拍子抜けした。
「西門さん、車椅子使わないんだね。」
「昨日は一応使ったけど、この通り歩けるし。
良くなってるから心配するなって言っただろ。」
「うん。」
端に寄せられた雪が車道を狭くして、車は人とすれ違うように通り過ぎる。
ショベルでかき集められた歩道の雪を避けながら歩いていると、ヌーッと松葉杖が出てきて、私の太腿辺りを押さえ込んだ。
「おい、危ないからもう少し外側を歩け。」
「あっ、ありがとう。ちゃんと見ながら歩かないとね。」
「ボーッとして、滑るなよ。」
「わかってるよ。西門さんこそ転ばないでよ~、そんな大男持ち上げられないからね。」
西門さんは微かに口角を緩ませ、もう一度松葉杖を前に突き出してアゴをしゃくる。
「ほら、前見て歩く!お前が転んだら、置いてくからな。」
私は振り返って、鼻をフンと鳴らしてやった。
ちょうどその時、一滴の雪解け水が西門さんの瞼を濡らし、西門さんはそれを腕で拭おうと立ち止まった。
「冷て~。」
「そんなイケズ言うからだよ・・・っはは。」
「うわっ、ちょ・・牧野、早く進め。また落ちてきやがった。」
「水も滴るいい男じゃない。・・・いい眺めだったのに・・・クスッ。」
私はバックから取り出したハンカチで、まだテカってる西門さんのおでこと瞼をそっと拭いてあげた。
「両手塞がっている人限定サービスだよ。」
見上げた先には、じっと私を見つめ返す瞳があって、ハンカチから伝わる体温と皮膚の柔らかさがそこに西門さんがいる、生身の身体がここに在るってことを、この場で突きつけられるように感じた。
西門さんが私を見て、何かを感じる。
私も何かを感じて言い返す。
それだけで、幸せで胸がいっぱいになる。
西門さんの側にいたい。
ただそれだけで何もいらないって思っていたのに、昨夜は色々あって見失うところだった。
こうして過ごす時間が恋しくて、会いたくてどうしようもなくてやって来たのだ。
瑠璃ちゃんは彼女でないって言うなら、それでいい。
西門さんが私に触れなくてもかまわない。
同じ時間を少しでも長く一緒に過ごそう。
時間というタネを薄く長く伸ばして、広げれるだけ広げてみる。
そう、そこに西門さんが居るのだから。
つづく
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