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54.
「お前はあいかわらずのアホだな!
こんな時間に、しかもそんな湿った身体であんな所にじっとして、気でも狂ったか?
濡れ雀みたいな格好で情けねえ顔して・・・どう見ても不審者だろうが。
よく通報されなかったよな。
何時間くらいあそこに居た?」
「・・・・・。」
「昼に言ったはずだろ?とっとと帰れって。
とっくに帰ったんじゃなかったのかよ、ったく。」
「・・・・・。」
「あのなぁ、来られても迷惑以外何物でもない。
ここで牧野に手伝ってもらいたいことは何一つ無い。
見ただろ?
あの女の子と仲良くやってるし、あいつ飯だってうまいの作るんだぜ。
脚の方も心配するな。
また手術したせいで車椅子使ってるけども、結構良くなってるから。」
「・・・・・。」
「わかったろ!?」
西門さんは、私の後ろのドアが焦げそうなくらい睨んでいる。
「・・・・・。」
「牧野、聞いてるのか?」
「・・・・ッヤ・・。」
「はあ?聞こえない!声帯まで凍ったか?」
「・・・・ダメだったの。」
「・・・ダメだった?何がダメだと?」
西門さんは理解不能というように、力の抜けた表情で眉間に皺を寄せ、ゆっくり静かに私の言葉を繰り返す。
私は西門さん張本人に拾われた。
316号室のドアが開くと、玄関から真っ直ぐ伸びた廊下のつき当たりから黄色い光がもれていて、背の高い西門さんの形だけくり抜いて、後ろから射してくる光が眩しかった。
ともかく暖かい場所に入れてくれた西門さんは、ドアを締めるやいなや機関銃のように私がここに残っていたことを責め立てる。
相当頭に来ているのか、文句が尽きないといった様子に返す隙が無い。
めずらしく優しいレモンイエローのセーターを着ているのに、私を跳ね除けようとする冷たい言葉は竜巻のように荒々しくて、私は通り過ぎるのをひたすら待った。
受けるべき責めはサッサと受け入れ、その後ちゃんと話を持って行くつもりだった。
「・・・ダメ?何がだめだと?」と屈んで覗き込まれると、久しぶりに西門さんの瞳が間近に迫り、瞳の光が近くに感じられる。
あの懐かしい西門さんの香りが微かに鼻腔を通ると、色んな感情が夕立直前の積乱雲のように不気味に蠢(うごめ)き始め、コントロールを失い荒れ狂いそうだ。
にわかに、ちゃんと言い切れるか自信がなくなって、心もとなくなる。
ボロくなった涙腺がたちまち熱を持ち始めてくるから、口を一文字にして精一杯頑張ってみる私。
「・・あ・あんな気持ちのまま、電車になんて乗れっこないよ。」
「それは、お前の都合だろ。俺には関係ないことだ。」
「西門さん、私ね、西門さんが居なくなってすごく寂しかったよ。
すごくすごく・・・・会いたかったの。」
西門さんは、廊下の白い壁に顔を向けたまま何も答えない。
シャワーを浴びた直後なのだろうか、黒いサラ髪は所々何本かの束を作り、艶やかに光っている。
「毎日、自分でも呆れるくらい西門さんを思い出して、いろんな事後悔して。」
「話ってそういう事か?」
「え?」
「わざわざ、そんな事を話しに来たのか?」
「そんな事って、大事なことだよ。」
「牧野の居る場所はここじゃないだろ。
そんな話する暇あったら、美術館の一つでも回って身になることでも探せよな!」
「どうして?
さっきの女の人が居るから、話も聞けないってこと?」
「そうだと言ったら、納得するのか?」
「・・・納得なんかできるわけないじゃん。」
「牧野、俺は牧野が思っているほど出来た人間でもないし、今やひがみ根性の塊だ。
俺から学ぶことなんて何一つないぞ。」
「何か教えてもらおうなんて思ってない。
ただ、会いたくて仕方なかった、それだけなの。」
「じゃあ、もう気がすんだろ。
もうここには来るな。」
「どうしてそんな悲しい事言うわけ?
全然わかんない。
会いに来るのが、そんなに迷惑なことなの?
なんで、黙って姿消しちゃったのよ。」
「毎晩、夢が怖くてベッドで大汗かいてブルブル震えてる。
最近じゃあ、暗闇恐怖症か?真っ暗にできない神経症のガキみたいだ。
昔の頃に戻りてえ・・・ってメソメソ泣いてるとこなんて見せらんねえだろ。」
「いいじゃない、誰だって泣いたりするんだよ。
西門さんだけじゃないよ。
だから、一緒に頑張ろうよ。」
「・・・わかんねえ奴だな、牧野も。
そんなに簡単じゃねえんだよ。」
「西門さんは、頭で考えすぎてるよ。
ダメかもしれないけど、やってみなけりゃわかんないし、なんでも思ったとおりには行かないのが普通なんだよ。
私なんか、生まれてこの方、自慢じゃないけど思い通りに出来たことなんて、せいぜいお芋の煮っ転がしの味付けくらい。」
私は一歩前に歩み寄り、ダラリと下がっている西門さんの右腕に触れようとした。
すると、西門さんは振り払うように姿勢を変えて見下げるように言う。
「世の中、牧野みたいに根が素直なやつばかりじゃねえんだよ。
まさか、牧野に説教されるとは思ってもみなかったわ。
けど、それも仕方ねえか、俺はお前らの幸せを願ってる振りして、本当はちっとも願ってなんかねえ口先ばっかの小せえ男なんだし。
本心は、自分が可愛くて仕方ない狭量なヤツなんだぜ。
情けねえだろ、ふっ、落ちぶれて・・・・最低だ。
こんな俺じゃ、家元にならなくて正解だわ。
神様っているんだな。
ちゃんとわかってる。
何が“和の心を大切に”だよなあ、ックク、物事に動じまくりのこの俺が、ホント笑うよな。」
「止めて、そんなに自分を卑下するのは・・・らしくない!」
「こんな俺は見たくないか?
こんな卑屈にゆがんだ俺は見たくないだろ?
だったら、帰れよ!!
俺だって、見られたくないんだよ!
こんな恥さらしたくないんだよ!
帰れ!
二度と来るな!!周のことだけ見てろ!」
「・・・西門さん。」
「お前らから逃げて、暗闇から逃げて、女に逃げて、現実から逃げまくりだ。
こんなしょうもない男に関わらず、周を信じてついていけばいいだろ。
あいつは俺の弟だぞ、あいつなら大丈夫だ。」
西門さんは、真っ直ぐ私を見つめながら最後の言葉を吐き出すように言った。
「・・・一緒にいたい。
西門さんの喋る声や動く仕草を側で聞いたり見たりしていたいの。
同じ場所にいる、それが幸せだったんだもん。
今まで気付かなかったけど、どれだけ特別な時間を過ごしていたのかやっと気付いた。
ただ、側に居たいだけだよ。
他に何もいらない。
お茶を教えてくれなくてもいいし、どこにも連れて行ってもらえなくていいから。
私でも何かできるでしょ。
不自由だったら、手伝ってあげたいしマッサージもしてあげたい。
寒そうだったら、温かいスープを食べさせてあげたいし、
疲れていたら、声かけて元気づけてあげたいし、
もし、もしも、こんな私でよければ、西門さんのために何でもしてあげるよ///。
・・・私じゃあダメなの?」
西門さんの心に恥らう意味までちゃんと届くよう願いながら言った。
「・・・!?」
「私だって、好きなんだよ。
西門さんのことが大好き!
あの人に負けないくらい好きなの!」
「・・・牧野。」
ビックリしたような表情の西門さんに、さらにたたみ掛けるように言った。
「西門さんは一番大切な人なのに、あんな気持ちのまま帰るなんてできなかった。
お願いだから、私を拒まないでよ。
お願いだから・・・。」
西門さんの喉仏が上下するのが見えた。
「・・・勝手にしろ。」
西門さんは、踵を返して突き当たりの部屋へ入ってしまう。
煌々と光る黄色い明かりが、ドアの隙間から誘うようにこちらへ届いて、私は心を決めた。
求められれば拒まない。
女の意地だ。
「お邪魔します。」
囁くように声をかけて靴を脱いだ。
そして、その明かりの中へ歩いて行った。
つづく
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